尾白
198
エティゴ商会の二階に応接室があった。
案内のおじさんに連れられて応接室に入る俺とアリーナ。
「会長、お連れしました」
「ご苦労。下がって良いぞ」
低いが良く通る声だ。
「はい」
おじさんは一礼して部屋を出て行った。
応接室には一人の人物だけがいた。
護衛すら連れていない。
気配的には強いとは思えないが、気功術によって気配を抑えているのを俺は知っている。
「お座りください」
良く通る声が俺達に向けられた。
革張りのソファーに座ったままの人物はテーブルを挟んだ対面を手で示して言う。
「失礼します」
俺は一礼してソファーに腰かけた。
思ったより沈み込んで気持ち悪い。
だが高級そうだ。
アリーナは緊張しているのか黙ったまま俺のマネをしている。
俺は座っている人物……尾白を見た。
綺麗な金髪をオールバックにしていてナイスミドルといった感じの男性だ。
鼻の下に八の字の髭を生やしている。
目は細目で眉の方が太いくらいだ。
鼻も高く整った顔立ちである。
ムカつく……が俺は顔に出ないように抑える。
男でイケメンというと真偽官のレナートが一番だったが、それに並ぶほどのイケメンだ。
歳は尾白のほうが上に見えるが良い歳の取り方に見える。
貫禄もあり妙な威圧感もある。さすが商会の会長といった所だろうか。
グレーのズボンとベストを着けている。
シャツは真っ白だ。
座っていても目線は俺より少し上なので身長は百八十cmくらいありそうだ。
手は戦士の手には見えない。
指先まで綺麗なもんだ。
だが俺は尾白がいくつもの力を持っている事を知っている。
俺達の武装すら解かないだけの力を持っている。
正直、敵に回したくない奴だ。
「私がエティゴ商会の会長のオジロ・エティゴだ」
「私はバッキンで冒険者をしているトシと申します。こちらは仲間のアリーナです」
尾白が先に紹介をしてくれたので、俺も紹介を返した。
俺の隣に座っているアリーナは軽く礼をした。
「花とは誰の事だ?」
尾白が探りを入れて来た。
「あなたもご存じの人物ですよ」
「はて、知らんな」
「座敷童の花ちゃんですよ」
「……ッ!?」
尾白は言葉には出さないが顔は驚きに満ちている。
「は、花もこちらに来ていると言うのか!!」
冷静そうな尾白が狼狽えてテーブルを挟んで俺に詰め寄って来た。
近い!近いよ!?俺は尾白の肩を抑えた。
「落ち着いてください。花ちゃんもこちらに来ています」
この場合のこちらはこの世界と言う意味だろう。
俺は尾白をソファーに押し返しながら言う。
「花が……」
尾白はソファーに凭れかかって天井方面に視線を飛ばしている。
尾白は何か考え込んでいる様子だ。
俺は尾白が思考の海から戻ってくるのを待った。
「どこにいるのだ?」
尾白は平常心を取り戻して俺に聞いて来た。
「ここから東の山中に屋敷ごと来ています」
「屋敷ごとか……」
「俺達が初めて会った時には存在感が薄く消滅の一歩手前という感じでした」
「何ぃ!?」
尾白は花ちゃんの事をなると冷静さを失うね。
それほど花ちゃんが大切なのか……尾白は冷たそうな奴に見えるが俺は好感を抱いた。
「今は元気ですよ。存在も安定しています」
「そ、そうか」
あからさまにホッとしている。
「会いたいですか?」
俺は遠見の水晶で花ちゃんが覗いているのを知っている。意地悪な質問だったろうか?
「もちろんだ!直ぐに行こう。案内しろ」
尾白は妙に上から目線だな。商会長だからかね。
「アリーナ」
「はい」
俺の意図を読み取ったアリーナがマントを外した。
そしてマントを折りたたんで台座にし、遠見の水晶を上に来るようにしてテーブルに置いた。
「何のマネだ」
尾白が警戒している。
「これは遠見の水晶と申しまして、対になった水晶を通して離れていても様子が伺えるマジックアイテムです」
「ま、まさか……」
尾白はテーブルの上の水晶を覗き込んだ。
そして尾白から息を呑む音が聞こえた。
「花!花ー!!」
尾白は遠見の水晶越しに花ちゃんを見て叫ぶ。
幸い水晶を掴むような事はしなかったので壊されたりしないだろう。
アリーナが紙とペンを取り出している。
どうなるか解っているね。
俺達の座っている側からは花ちゃんは見えない。
誰もいない畳の部屋が見えるだけだ。
あー畳の部屋で横になりたい。
「おぉ!なるほど」
花ちゃんが紙に何かを書いたのだろう。
尾白が感心している。
アリーナも察した様で、紙とペンを尾白の方へ押し出している。
「すまんな」
尾白がアリーナに礼を言った。
推察は当たっていたらしい。
尾白は文字を書いて遠見の水晶へ紙を向けた。
『花、元気か?私は元気だぞ』
尾白の顔はにやけている。クールそうな顔が台無しだ。
そして花ちゃんと尾白の紙による会話が始まった。
俺とアリーナは完全に放置された。
しばらくは尾白の書いた紙を見ていたが、求婚やら惚気やら見ていられなくなったので、俺とアリーナは雑談に移った。
(何か意外ですね)
(だな。出来る人っぽかったのになぁ)
(花ちゃんにぞっこんですよ)
(喜ぶべきなんだろうけど、残念な人としか見えなくなった)
(ですねぇ)
俺とアリーナは小声で失礼な事を言い合った。
既に日が傾き、応接室が橙色に染まっても尾白は遠見の水晶から離れなかった。
なんてこった、泊まる予定なんてないのに……しかし嬉しそうな尾白を見ていると止められなかった。
『そうか、そうだな。任せろ』
尾白が俺とアリーナに視線を向けて来た。
花ちゃんが何か言ったのだろう。
「君達のおかげで花と再会出来た。話も出来るとは思わなかったぞ!」
尾白は嬉しそうだ。
「それは良かったです。花ちゃんも喜んでいたでしょう?」
「もちろんだ!」
「それで花ちゃんは最後に何と言っていましたか?」
「あ、あぁ、君達の宿の手配と歓迎してやってくれと言われたよ」
「そうでしたか」
さすが花ちゃんだ。でも……もう少し早く言ってほしかったぞ。
俺の隣のアリーナも似たような事を考えていそうだ。
「三階に泊まれる部屋がある。そこを使ってくれたまえ」
「はい」
「相談なのだが……この水晶を売ってはくれまいか?言い値で買うぞ」
「花ちゃんは屋敷から出る事が出来ません。外の様子を見せてやれる遠見の水晶は譲れません」
「そうか……うむ!それならば仕方あるまい。諦めよう。私は私で別の水晶を探して見せる!」
尾白は立ち上がって宣言した。
当初のイメージがどんどん崩れていく。
花ちゃん絡みだけであってほしいと願うばかりだ。
そして夕飯は尾白の顔が効く高級レストランで取った。
メニューは尾白に任せたが、ワインから魚、肉、デザートに至るまで全て美味しかった。
内陸部なのに海の魚が出て来たのには驚いた。
氷の魔法を使える者がかっちゃん達以外にもいるのだろうか?と思って調べたら冷蔵庫の様なマジックアイテムのおかげであった。金が掛っている。
肉は単純に塩コショウのステーキだったが、肉自体が特別なのか大変美味でした。
俺とアリーナはおかわりまでお願いしてしまった。
赤ワインも昼間の食堂より上等な物だった。
この国の赤ワインは世界で一番だと尾白が自慢げに話してくれた。
確かに言うだけの事はあった。
肉料理に良く合う。
そしてデザートはパンケーキに葡萄のジャムだった。
ジャムには砂糖も使われていて甘く美味しかった。
久しぶりに甘い物を食べたって感じだ。
「トシ、お前はいつまで花を花ちゃんと呼ぶのだ?花様と呼べ」
尾白は酔っているのか俺に絡んで来た。
「あ?花ちゃんは花ちゃんだ。俺の大切な仲間なんだぞ」
「不遜な!」
「そんな事言ってもいいのか?花ちゃんに言いつけるぞ?」
「ごめんなさい……」
なんだこいつ……変な奴だ。
これ以降の会話が畏まった物でなくなったので楽にはなった。
そして今は仕事の関係で動けないが、いずれ花ちゃんの屋敷に行くとも言っていた。
商会の会長ともなれば、そういう事もあるだろうとは思っていた。
さっきは直ぐに行こうと言っていたのに……よっぽど興奮していたんだろうね。
大雑把な地図を書いて渡し、俺達がいれば気配を察知して迎えに行くとも伝えた。
とにかく花ちゃんと尾白の関係は昔と変わっていないらしいと言うのだけは伝わって来た。
花ちゃんをがっかりさせなくて済んだのは、俺にとっても喜ばしい事だ。
尾白の奢りなので心行くまで上等な赤ワインを呑んだ。
アリーナもいつも以上に呑んでいたね。
タダ酒はいいねっ!