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重み

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 ヒミコに農地を買って農業をする事を伝えたり、地球で使われていた農機具を鉄で作ったりして数日をバッキンで過ごした。

今日は、なっちゃんの草木魔法で土地の雑草を取って土地を整備した。

そういえば、なっちゃん一人で農業が出来るんだな……まぁずっとバッキンにいたらの話だ。

ビアンカの友達に会うつもりはなかったが、犬の獣人達の結束を固くするためという理由もあって農地へ来ている。

ビアンカが友達を引き連れて農地へ向かってくるのが見えた。

彼らの結束を固めるのは俺ではない。

彼らの崇めるであろう、ゴンタ一家の出番だ。

ゴンタもビアンカとデイジーの後押しをするのは吝かではないようで、大人しく農地の入口でお座りをしてくれている。

俺となっちゃん、アリーナ、アンドロメダはちょっと離れて様子を伺っています。


 おぉ!!見事なジャンピング正座ですぞ。

ぴょーんと音が聞こえてきそうだ。

今にも土下座をしそうな勢いです。

ビアンカが何か言っているが聞こえない。

しかし俺達の思惑通りゴンタの影響は強い。

置いてあった農機具を手に持ち頭上へ掲げている。

ヤル気満々って所だな。

ビアンカへの援護は成功した模様。

後は頑張って結果を出してもらおう。


 トトトッとゴンタ一家が俺達の所へ来たので一緒に町へ戻った。

犬の獣人達が歓声を挙げて俺達を見送ってくれた。


 俺達は馬を連れてそのままバッキンを出た。

町を出た途端に、ゴンタ一家と馬達が爆走しだした。

やはり町は窮屈だったらしい。

ストレス発散とばかりに街道を突き進んだ。

バクシンオーは女の子三人を乗せても足取りは軽く見えた。

タフな奴だよ。


 俺は以前の事も覚えている。

花ちゃんの屋敷へ帰る途中の船上で襲われた事だ。

そのおかげで《闘族》の転移野郎が生きている事も調べたし、俺がバッキンへ来ている事に気付かれた事も知っている。

転移野郎の手下が海上を見張っていたらしい。

そいつから転移野郎へ連絡が行った。

そしてこれから襲ってくる事も解った。

これは大きなアドバンテージだ。

既に仲間達には伝えてある。

気配も抑えてもらっている。こちらの実力と戦意を悟られたくないからだ。


 ゴンタの攻撃力の高さと速度、俺の『錬成』が生物対象になったことで勝算はある。今回は魔剣もある。

俺が触りさえすれば臓器だろうが魔石だろうが引っこ抜けるからだ。

今回は魔剣もある。

ゴンタだけでも倒せるかも知れない。

それくらいゴンタは強くなっている。


 俺は常時転移野郎の情報へアクセスしてタイミングを見計らっている。

来た瞬間が勝負の時だ。

向うは奇襲出来ると思っているだろうからな。

ただ今回は街道で襲ってくるつもりらしく、斧野郎もいる。

さすがに船の上は懲りたらしい。

街道の先に遠眼鏡を使っている見張りがいる。

そして見張りが見える位置で転移野郎が既に待機している。

見張りの合図で転移してくるだろう。


「おーい、休憩しよう!」


「はーい」


 俺はみんなに声を掛ける。

もちろん誘いだ。

馬が爆走していたら戦えないからね。

みんなも解っている様で気を抜いて見せているが武装は解いていない。

街道での休憩の定番の場所へ行って馬を降りた。

街道側の森で切り株が多く椅子代わりに使われている。小川もあり水の補給も楽だ。

だから休憩の定番の場所だ。

俺は右手に魔剣を持ち、左手で『錬成』を使えるようにしている。

魔剣は見張りから見えない様に持っている。


 タイミングは読めるが、どこに来るかまでは解らない。

だが一撃で俺を狙って来るだろう。


 まだ来なかったので、切り株へ座るふりをしてしゃがみ込む。

恐らく俺の背中へ来るはず!


 連絡係から合図が出た!!


「来るぞ」


 俺はボソリと言った。

みんなに緊張が走る。

ゴンタも俺の背中に来ると読んでの位置取りだ。

さぁ来い!!


 シュッ!読み通り!!

背中に気配を感じた。

俺は振り向きざまに魔剣を振るう。そして反動で左手でも触れようと動かす。

ゴンタも動いた。


「死ねっ……っ!?」


 それが転移野郎の最後の言葉であった。

俺の魔剣が転移野郎の右腕と胴を切り裂き、ゴンタが転移野郎の背中に爪を叩き込み首へ噛みついている。

転移野郎はビクビクと痙攣をして動きを止めた。

俺の『錬成』の出番はなかった……情報とは恐ろしい物だ。つくづく実感した。


 転移野郎は斧野郎を連れて来なかった。

連れて来ていれば違う結果もあったろうに。

よほど自分の手で俺を始末したかったらしい。

その斧野郎は手下を引き連れて馬で向かって来ていた。

よもや転移野郎がやられているなんて、これっぽっちも思っていないのであろう。

森へ入ったミナモ、ヤマト、ミズホが退路を断ちに動いてくれている。

大変優秀で助かる。


 転移野郎の首と顎から鼻にかけて爛れており紫色に変色していた。

前回の俺の毒による後遺症である。

目をカッと見開き口角が上がっている……狂気を感じる死に様だ。


 そんな転移野郎を木に寄りかからせて木に固定した。

斧野郎を騙す手伝いをしてもらうためだ。

見た目だけなら生きている様に見えるだろう。

遠眼鏡でこっちを監視していた見張りも馬で移動中だ。

代わりに俺が倒れている振りをした。気配も極限まで絞る。

アンドロメダは木の上で弓を構えている。

なっちゃんとアリーナは俺の側で転移野郎と相対している様に立ってもらった。

ゴンタは転移野郎を括り付けた木の裏で転移野郎の代わりに気配を出している。

ちゃんと気配を伺えば別人だと解るが、早々味方の気配を調べたりしないはずだ。

これに引っかかってくれると楽が出来る。


 斧野郎もきっちり仕留めれば《闘族》の他のメンバーに俺の存在がばれる事はない。

それも情報を確認済みだ。

転移野郎は、前回俺にやられたなんて他のメンバーに言えなかったのだ。

とても助かる。

そして馬に乗っている十名にもギフト持ちはいなかった。

転移野郎がいない今、既に時間の問題になっている。

斧野郎が俺より強くてもゴンタには敵わないだろう。

それから、うちの後衛からの援護もあるし、こうやって罠も張っている。


「おぉ、やったか」


 斧野郎が俺達の様子を見て転移野郎に向けてニヤケながら言った。

ドシュッ!斧野郎の首へ矢が刺さった!アンドロメダ良い仕事をする。

そしてゴンタも走った。

俺も起き上がり走った。

アリーナも俺に続いて走っている。

なっちゃんから斧野郎へ向かって氷の槍が飛ぶ。

斧野郎の後方にいた賊達から悲鳴が上がる。

ミナモ、ヤマト、ミズホが襲い掛かった様だ。


 斧野郎は気道をやられたのか驚愕の表情を見せながらも言葉は紡がれない。

それでもなっちゃんの氷の槍を斧で叩き落としている。

アンドロメダの二撃目も躱した。

馬を反転させようとした所をゴンタに狙われ足に噛みつかれている。

あ!ゴンタに斧が振り下ろされる!!

ゴンタが噛みつくのを止めて飛び退き、ダッシュで馬の前に立ちはだかった!

馬はゴンタの威圧を受けたのか棹立ちになって斧野郎を背中から落とした。

斧野郎も大した物で受け身を取り、ゴンタから目を離さずに体勢を整えた。

矢は折れているが鏃は首に刺さったままだ。血も流れている。

こんな劣勢でもヤル気を失っていないのは、気配の充実から伺える。

だが、お前の敵はゴンタだけじゃないぜ?

アンドロメダの矢となっちゃんの氷の槍が立て続けに斧野郎の背中を襲う。

矢は右の肩に当たり、氷の槍が右の太腿に当たった。

ゴンタに意識を取られ過ぎたな。

斧野郎はタフな奴だ。

攻撃を喰らいながらも俺達全員を視界に捉えられる位置へ移動した。

ゴンタの追撃を斧で凌ぎつつである。

虚を突いた攻撃から始まったのにな……あのまま終わってもおかしくなかったぞ。

敵ながら感心しちまうぜ。


 だが俺の感心とは無関係に、ゴンタが速度で攪乱し、うちの後衛から放たれた氷の槍、矢が斧野郎を襲う。

俺とアリーナも好機と見て斧野郎との距離を縮める。

二刀流の斧は、それぞれ重そうなのに奴は軽々と振り回している。

まるで枝でも振っている様だ。

ゴンタも斧が当たればタダでは済まないのを解っているのか無理に攻撃を仕掛けない。

だが斧野郎は矢傷から血を流し、氷の槍を喰らった足の動きも悪くなっていった。

そしてゴンタが斧の攻撃を掻い潜り左足に噛みつき、引きずり倒した。

倒れた斧野郎の顔になっちゃんの氷の槍とアンドロメダの矢が連続して当たる。

そして斧野郎の動きが止まった。

ゴンタが首に噛みついていたのは念のためであろう。

斧野郎の顔は血まみれで見れた物ではなくなっていた。

二人目の強者が倒れた事によって俺達にも余裕が出来た。


 馬に乗った賊の二人が街道を逃げていたが、ヤマトとミズホに追撃され気配を失った。


 各国から賞金をかけられている《闘族》の幹部の二人を仕留めた。

斧野郎は声で威圧出来る力を持っていたのでアンドロメダの首への初撃が大変有効だった。

やはり情報と言うのは恐ろしい。

転移という強力な力を持っていても、この結末だ。


「みんなのおかげで決着が着いたよ。ありがとう」


 俺は心からの気持ちを言葉にした。


「うん!」


「良かったです」


「情報と言うのは凄い物だ」


わうー!


 ヤマトとミズホも戻って来た。

ゴンタから褒められて嬉しそうな子供達。

ミナモもゴンタから褒められてご機嫌だ。

珍しく尻尾を振っている。


「きっちり仕留めたから、俺達の情報は他の《闘族》には知られていない」


「良かったです」


 アリーナがホッとしている。

俺もだよ。

血で血を洗う抗争なんて御免だ。


「ここで逃がしていたらバッキンにいるビアンカ、デイジーも狙われていたかも知れない。良かったよ」


 ヤマトとミズホが倒した監視役はバッキンへも潜入していた。

俺達の事は知られていないが、どこで消息を絶ったかは把握される可能性がある。

転移野郎と斧野郎の首には莫大な懸賞金が掛っているが、届けたらそこから俺達にたどり着かれるかも知れない。

ちょっと悩んでしまう。


「なっちゃん、ヒミコに送話で連絡を頼む」


「はーい」


「《闘族》の幹部二人を仕留めた。俺達の情報は伏せたいからヒミコ達が倒した事にして懸賞金も受け取ってくれと。《闘族》に狙われたくないのなら、自分達でなく他の冒険者や騎士団を差し向けてくれても構わない。街道の休憩所にいますってな」


「わかったー」


「懸賞金は惜しいですねぇ」


 すかさずアリーナが俺に言ってくる。


「金と俺達の情報を天秤に掛けたら情報の方が重いさ。今回の戦いで解ったろう?」


「うむ。情報の方が重い」


 アンドロメダが俺の隣で頷いている。


「それはそうなんですけど……」


「俺達には、こいつらの持ち物があるさ。転移野郎の持っている炎の魔剣はアリーナにやるぞ?」


「情報って大事ですよね!」


 アリーナ……良い性格をしている。

掌返しの見事さに惚れちまいそうだ。

そして俺達は持ち物を増やしていった。

魔剣は固有名持ちでファイアザッパーです。

名前を呼ぶと剣先へ向けて炎が湧き上がる魔剣だ。

名前は口に出さず心の中で呟いても良いらしい。

転移野郎は魔剣以外にも持っていた。なっちゃんやアンドロメダが魔力を感じると言っていたのでマジックアイテムらしい。

指輪二つだ。

あ、俺は調べる事が出来るんだっけ。

指輪の一つは固有名持ちだった。

アンバーアイという名前で、対象に指輪の宝石を当てて指輪の名前を言うと体を固まる樹液で覆い動かなくさせるマジックアイテム。ただ解除出来ないのが難点で、捕縛には使えない。そして再使用に一月ほど魔力の補充時間が掛る。

もう一つは回復力増強のマジックアイテムで体力を早く回復させられる。

籠手、脛当ても良さそうな防具っぽい。胸当ては俺の斬撃で壊れてしまった。

斧野郎の持っていた斧も魔力を帯びていた。二刀流なので二つです。

そして似合わないネックレスをしていた。これもマジックアイテムで五感を強化してくれる物だった。

懸賞金が無くとも、かなりの儲けであろう。

他の賊はそれなりであった。

現金も全部で白金貨三枚とちょっとあった。

馬も回収したが、これは亡骸の運搬用に上げてしまおうと思う。


 俺は川で返り血を拭い顔を洗った。

みんなも水を飲んだりして休憩に入った。


 俺達は昼飯としてパンにレタスとトマト、燻製肉と挟んだサンドイッチを食べていると馬の一団が街道を進んで来た。

先頭にいる人は知っている人であった。

少し目つきが悪く、見覚えのある鎧を着た女性、マリアです。

それから五名の女戦士も来ている。

結局ヒミコの所で処理することになるのか。


「やぁ、マリア久しぶり」


「トシ、やったな!」


 マリアは下馬して大きな声を出す。


「うん、でも俺達の情報を漏らさないのが引き渡す条件だよ?」


「ああ、解っている……しかし凄いな」


 荷台に並べてある亡骸を見てマリアが言う。


「持ち物は頂いたからね?」


「ああ、問題ない」


「《闘族》の転移野郎こと『陽炎』のゲイル、それから斧野郎こと『怒号』のオルヴェだ」


「何っ!!転移使いか」


 マリアも噂を聞いていたらしい。

ランク0のアドルフとアンドレから逃げた転移野郎の事は知れ渡っている。


「かなりの懸賞金だろ?」


「あぁ……」


 マリアは俺の言葉を上の空で聞いているのか、生返事だ。

教会の地下にいたゴーレムで潤ったとは言え、お金はいくらあっても困らないからな。

そしてマリアは笑顔になった。


「トシの事はヒミコ様に、ちゃんと報告しておく」


「ビアンカとデイジー、新しく農業を始めた者達をよろしくって言っておいてよ」


「ああ、任せろ」


 そしてマリア達一行は荷台と馬を連れて街道を戻っていった。


「これで枕を高くして眠れるな」


 俺はマリアを見送って言う。


「トシちゃんは低くてもぐっすりだよー」


 なっちゃんのツッコミによって、俺達は高らかに笑いあった。


 明確な敵を倒す事が出来た。

俺を狙っていた敵は転移野郎だけだったからな。

賞金首として狙って来る奴らもいるかもしれないが明確な敵とも言えまい。

一度目は俺の完敗だった。救援が来なければあの時点で俺が死んでいたはずだ。

二度目は俺の優勢だったが、引き分けだろう。

そして三度目の今回で決着がついた。

俺達の情報も漏れていないので今後の憂いも断てた。


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