三人組
184
ラミアの里には土魔法の使い手が一人しかいなかった。
彼女が里の要塞化のために土台を作っているのを見て、俺がかっちゃんに手伝ってくれないかとお願いした。
また魚を取って刺身を食べさせるのを条件に引き受けてくれた。
そして三日間で土台を完成させた。かっちゃんを先生と呼ぶ人が増えてもいたり。
俺達も見ているだけでなく木材の加工と運搬を手伝った。
ラミアの里にいる数少ない男達と初めて交流を持てたのは、この時であった。
彼らは種族は様々だったがラミアが大好きな男達で彼らから熱くラミアの良い所を語られたりもした。
蓼食う虫も好き好きとは良く言ったものだ。
まぁ俺も蓼食う虫になりそうではあるけどな。
そして今朝シーダと別れの挨拶をした。
彼女が穏やかな顔でいたので俺達は別れの言葉以外を言うことはなかった。
アンドロメダ、アリーナ、なっちゃんも前ほど悲しそうには見えない。
シーダが元気で生きてさえいてくれれば良いと割り切れたのかも知れないし、穏やかな顔でいられるなら十分だと思っているのかも知れない。
再会の約束を信じようと思う。
久しぶりの森、山なのでゴンタ一家が嬉しそうに走り回っている。
特にヤマト、ミズホがはしゃいでいるのが俺にも解る。
ミナモもそうだ。
ゴンタの様に人と暮らせる方が特殊なのかもな。
そんなヤマトとミズホのはしゃぎっぷりを見てアリーナがにやけている。
でへでへ言うなよ……良い奴なんだが怪しい人に見えるぞ。
まぁ切り替えが早いのは悪くない。
ギルスア王国の北西の辺境に建設中の港町までの間に湖で魚を取った。
かっちゃんへの貢物である。
大きな亀の魔物に驚かされもした。
船が転覆しそうだったね。
急に水中から出てくるんだもの。
幸い動きが鈍かったので放置したが、前の岩の魔物に近い大きさだった。
アリーナは倒しましょう!と張り切っていたが、俺とかっちゃんが湖での戦いを嫌ったので逃げ事になったね。
俺は水回りでの戦いと相手の大きさが嫌で、かっちゃんも水回りの戦いと未知の魔物が嫌だったという理由だ。
「ずいぶん形になっとるなぁ」
「凄いよな!」
かっちゃんと俺は建設中の港を見て感嘆の声を上げる。
ここは建設初期から知っているので驚かずにはいられない。
既にバッキンの港町と同レベルの大きさはある。
小型船も何艘か見える。
宿や商店も増えていた。
「これからは船と野営になるから、ここで泊まっていこうか?」
わう
「はーい」
「そうしよう」
「解りました」
「そういえば人魚にも会ったなぁ」
みんなの了承が得られた所でかっちゃんが呟いた。
何かのフラグが立った気がしないでもない。
「ディンちゃん、元気かなぁ」
なっちゃんも人魚の事を思い出したらしい。
俺もマイペースな人魚を思い出した。
あいつの事だから、また何かくれとか言ってきそうだ。
「「「おぉ!!」」」
町の中から野太い声が響いたのは、そんな事を考えていた時だ。
まだ日は落ちていないが一番熱い時間帯は終わっている。
町の中央辺りから聞こえてきた声に興味が湧く。
「なんだろうね?」
「さぁ?」
俺の問いかけに両手を広げてジェスチャーを交えて返事をするかっちゃん。
俺達一行は町の中央へ向かった。
「「おぉ!」」
町の中央には人垣が出来ていた。
何か盛り上がっている。
「あんちゃん、何の騒ぎだい?」
「お?いい所なんだから邪魔すんなよ」
人垣の一人に声を掛けるが取り付く島もない。
「何があるの?」
「ん?あぁ、拳一つでの腕っぷしを試しているのさ」
なっちゃんが聞いたら返事をしてくれるとか……狼の被り物をしているから美女とは解り難かろうに、能力者か!?なんちて。
あんちゃんはさて置き、人垣の中を見る。
司会者と立っている人物が一人と倒れている人物が一人見えた。
腕試しって所か。
倒れているのは犬っぽい獣人だな。
あれ……立っている人物に見覚えがある。
「あの女の人見たことないか?」
「あるで?」
かっちゃんは軽く返してきた。
「えっ!?誰だっけ?」
「アレゾルアのダンジョン前の酒場にいた三人組の一人や。たしかヴァンパイアの一人に止めを刺したんやったと思うで」
「マジっすか!」
黒っぽい髪のおかっぱで拳法の胴着風の服を着ている長身の女だ。
気配は以前より小さい……抑えているんだな。
「あー、あのおねーちゃんだね」
なっちゃんも覚えているらしい。
わうー
ゴンタも知っているみたいだ。
「もしかしてヴァンパイアの騒動を聞いてこっちに来たのかね」
「何やヴァンパイアと因縁がありそうやもんな」
「もうあっちにも情報が伝わっているのか」
「ずっとアレゾルアにいたとも思えんで」
「それもそうか」
人垣の中には他に見覚えのある者がいた。
拳法女と一緒にいた三人組の残り二人だ。
ローブの人と頬に切り傷のある男だ。
切り傷の男は気配を抑えていない。前にも思ったが強そうだ。
「さぁ、もう挑戦者はいないかー!?」
司会者らしき男が声を張り上げる。
「行っても良いかな?」
「今のトシなら勝負になるやろ」
「じゃあ行ってくる」
ちょっと目立ってしまうが、それ以上に興味が惹かれた。
俺は鎧を脱ぎ荷物をアリーナに預けて右腕を高く掲げて中央へ足を向ける。
「トシちゃん、頑張ってー!」
「トシ負けるなよ!」
わうー
仲間達からの応援だ。嬉しい反面プレッシャーが……。
「おぉ!挑戦者だー!!」
「「「いいぞー!」」」
俺に気付いた司会者が声を上げる。周りからも歓声が上がった。
あちこちで賭け事の声も上がった。
娯楽に飢えているんだねぇ。
体を解す。十分ではないかも知れないが、ずっと歩いて来ていたので体は温まっている。
「武器はなしだぞ?籠手も金属製はダメだ」
司会者から注意が飛ぶ。
俺の籠手はアーマーリザード製だ。金属ではないがずるいか。
俺は籠手も外してアリーナへ放る。
「ん……あのケットシーは……」
おかっぱの拳法女もアリーナの隣にいるかっちゃんに見覚えが有った様だ。
俺は眼中になかったな……ちょっと悔しい。
こうして目の前に立つと俺より少し身長が高いな百八十cmって所か。
ノースリーブの胴着なので腕が出ている。筋肉がありながらもガッシリという感じでもない。
今は籠手は外しているのだろう。日焼跡が残っている。
下半身は俺と似たようなズボンだ。
地球で言えば東洋系の顔立ちだな。珍しい。髪の毛も黒っぽいしな。
そういう地域があるのかも知れない。
「用意はいいか!?始め!!」
司会者の合図で戦いが始まった。
拳法女は悠然と立っている。
左手を前に構えている。
王者の風格というか余裕が感じられる。
俺が挑戦者って事なので俺から仕掛ける。
一気に踏む込む。
拳法女は反応鋭く、右のローキックを放ってきた。
俺も憲法女も右利きの様だ。
蹴りを貰うつもりで更に右足も踏み込み距離を詰める。
蹴りを放ちながらも左足一本で後方へ飛ぶ拳法女。
良い反応をするな。
俺が蹴りでは止まらないと判断したのだろう。
相打ちならば俺の方がダメージを与えられた自信がある。
上手く逃げられた。
「お前やるな」
「そっちこそ」
初めて女から俺に声が掛った。
そこからは双方の攻撃が入りだしたものの、ほとんどの攻撃を回避しあった。
拳法女のスピードは俺より少し上だが大差はない。
彼女の戦闘スタイルは一撃離脱だと解った。
そして守りは回避中心だ。
周りのギャラリーからは歓声とともに怒声も上がる。
足を止めての殴り合いじゃないからストレスが溜まるのかも知れないが知ったこっちゃない。
俺も強くなったもんだ。
えっ!?結構やられてただろ!って?いや灰白蜘蛛や大蛇が強すぎただけだ。
拳法女は以前見た時も武器を持っていなかった。
近接格闘が専門だろう。
それと互角にやりあえるんだから、強くなっている。
俺の体術が高いのもやりあえる理由の一つだろう。
そして拳法女の気が一瞬で高まった。
やはり隠していたか。
俺も相殺出来るくらいに気を高める。
彼女は少し驚いていた。
俺も気配を抑えていたとは思わなかったのだろう。
彼女の気を込めた右手はもう目の前だ。もう止められまい。
俺も気を乗せた右手を振る。
ドゴッ!人の手で殴り合ったとは思えない音がした。
俺の体は後方へ弾き飛ばされた。
拳法女は俺より飛んでいるけどな!
俺の方は体勢が良かったのか倒れずに踏み留まれた。
彼女は一度倒れたが受け身を取っており、転がりながら片膝立ちの状態になった。
「「「おぉ!!」」」
周囲から歓声が上がる。
そして結構長い時間戦っていたと気付いた。
相打ちになった時は、丁度日が落ちる瞬間であった。
俺達の周りに篝火が持ってこられた。
人垣の人数もかなり増えている。
酒を売りに来ている者や軽食を売っている者もいる。
商魂逞しいな。
「町長からの指示が来た!時間の制限を付ける!この砂時計が落ちるまでだー」
周囲からは批判の声が上がる。
だが司会者は気にせずに砂時計をひっくり返した。
俺は決着は着きそうもないと思いつつも、盛り上げるために積極的に打って出た。
彼女も打撃以外に技を繰り出してこなかったので、俺には少し余裕がある。
何か隠しているとは感じているがね……。
俺が盛り上げるために動いているのを感じたのか、彼女も合わせてくれている気がする。
何となく拳舞の様になっていたと気付いたのは俺達だけであろう。
「終了ー!!」
「「「あー!!」」」
司会者の終了の声とともに、悲鳴のようなものも聞こえてきた。
結局勝負は着かなかった。引き分けである。
引き分けを残念に思っているというような悲鳴ではない。
おそらく賭けの胴元だろう。
「やるな」
「あんたこそ」
俺と拳法女は握手をして健闘を称えあった。
「時間があるなら、ちょっと呑まないか?」
「色っぽい誘いじゃなさそうね」
俺の誘いに悪戯っぽく返してくる拳法女。
ユーモアもあるらしい。
「どこか良い店を知っているか?」
「私らの宿の飯は美味いよ」
「そこにしよう」
「ああ」
俺は話を纏めたので仲間達へ伝えに動く。
みんなも俺と互角に戦った拳法女に興味がある様で文句は出なかった。
そして拳法女とその仲間の二人に着いていった。
その移動中に見知らぬ男達から健闘を称えられたりもしたが、女に声を掛けられたかったね。
「ここよ」
拳法女が指し示したのは、まだ木の匂いの強い如何にも新しい店って感じの店だ。
彼女に続いて一階にある酒場の席へ着く俺達。
店員に酒を頼んだ。拳法女が適当に料理も頼んでくれていた。
「俺はトシ、今はバッキンの冒険者だ」
「同じくカッツォや。かっちゃんでええで」
「なっちゃんだよー」
「アンドロメダだ」
「アリーナです」
ゴンタ達は厩舎で休んでもらった。宿もここにしたからね。
「私はファリンよ」
「イオンだ」
拳法女に続いて名乗ったのは左の頬に傷のある大男だ。ぶっきらぼうな感じである。
「ミハイです」
ローブを頭から着ている人が名乗った。
男だったね。魔法使いは女ばかりだったので女だと思っていたよ。
それでも髪や顔を大っぴらにはしなかった。
何か訳アリっぽい。
「以前にアレゾルアで見かけたよ」
俺が話を切り出す。
「ああ、カッツォ……かっちゃん達は覚えてるよ」
かっちゃんからの無言のプレッシャーに押されたファリンが言う。
目が怖いよ、かっちゃん。
なっちゃんみたいに最初からかっちゃんと名乗る事を薦めておこう。
まぁ愛称を名乗って怒られない保証はないけどな。
「俺はダンジョンの中でヴァンパイアと交戦していたからな」
「あんただったのね!ヴァンパイアを一体仕留めた奴らがいたとは聞いていたのよ」
ファリンが興奮して俺に詰め寄ってくる。テーブル越しとはいえ興奮しすぎだ。
女性の顔が間近にあって緊張する。
「はいはい。離れろ」
アンドロメダがファリンを押し返す。
「あ、あぁ」
ファリンも我に返ったようだ。
「俺以外に《赤い旋風》のメンバーが一緒に戦ったんだ」
「そうか、名前は聞いている。そうだったか……」
「ヴァンパイアの中で一番ごついハルバードを持った奴の相手をしたぜ」
俺は痛い目を見せてくれた相手の事を思い出す。嫌な思い出だ。
「良く倒せたな。三体のヴァンパイアなんて、一パーティで抑えられるような相手じゃなかったろう」
「そうだな。痛い目にもあったさ」
「だろうな」
そこで酒が届いたので呑みだした。
かっちゃんやなっちゃんを中心にあの時の話をしている。
アリーナとアンドロメダも興味深そうに聞いている。
イオンとミハイはファリンへの相槌くらいしか反応しない。
会話はファリンだけでしたね。
「隣国で騎士団連合とヴァンパイアらしき者達が激突した話は聞いたか?」
俺の言うとイオンとミハイがピクリと動いた。
「ああ、私らはそれでこっちに来たのさ」
やはりヴァンパイアと因縁があるらしい。
「辺境の砦が一度は落ちたらしいが、取り戻した所までは聞いたぞ」
「私らもそこまでの情報は聞いている」
この話はかなり広まっている様だ。
「こうして知り合ったのも何かの縁だ。無茶をするなよ?」
「ふふ、そうだな。と言いたいが、奴らを目の前にしたらどうかな」
引くに引けない理由があるのだろう。
それを聞けるほどの仲ではない。
触れてはいけない雰囲気がある。
そこからはヴァンパイアの話は抜きで酒を呑んだ。
イオンとミハイの事は良く判らなかったが、ファリンの事は気に入った。
拳を合わせたからというのもあるが、さっぱりしていて付き合いやすそうな奴だった。
アンドロメダはファリンの何かが気に入らないようだったが、困ったことがあればラミアの里で自分の名前を出しても良いとファリンにいっていたので実力は認めているのだろう。
思わぬ出会いではあったが、楽しく酒を呑めた。
彼女らも明日にはこの町を出ると聞いた。
俺達も世界樹を目指す。
出会いと別れはここにもあった。