最深部
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「さて、あの扉の向こうには何があるんやろうな!」
「楽しみやわぁ」
アッツさんとかっちゃんが顔を見合わせている。
俺にとってはゴーレム討伐が目的だったが、そういう物もあったな。
そう言われれば俺も扉の奥に興味が出てくる。
ずっと塞がっていた扉の向こう……ロマンがあるな。危険もあるかも知れないけどさ。
「ガストン頼むで!」
アッツさんがガストンに言うと、ガストンは扉を調べ出した。
罠の有無、鍵の様子を調べているんだな。
アリーナが熱心にガストンの動きを目で追っている。
同じ系統の職業持ちだからか……その向上心は見習わないとな。
「下がっていろ」
ガストンの怪しい笑い以外の声を初めて聞いた。
俺達は素直に扉から距離を取る。
何か危ない罠でもあったのだろうか?ガストンはいくつかの道具を取り出して何か作業を始めた。
扉の向こうへの興味と扉にありそうな危険で心臓がドキドキしている。
あー、焦れる。
しばらくガストンの作業が続いたが、ガストンが手招きした。
「開いたか」
エディはドカドカとガストンの方へ歩いたので、俺達も後へ続く。
「何があるか判らんから、わしらが先に行くで」
扉の前でアッツさんが言う。サムとかっちゃんも行く様だ。
ケットシーの彼らにとって一番楽しみな時間なのかも知れない。
「おう、任せたぜ」
エディが返事をする。
その声からはアッツさんへの信用が伺える。
扉の先を調べに行くケットシー組以外の者は扉が見える所で待機だ。
アッツさんが扉を押し開ける。
キィッと古い扉の様に音を立てて開く鉄の枠と木で出来た扉が開く。
扉の奥が俺達にも見えた。
劇場の様に見えた。
段々になった床と長椅子があった。
その先には祭壇?っぽい物も見えた。
神殿?教会?何だろうかそんな感じだ。
全体的に薄暗いが祭壇の辺りは明るく照らされていた。
アッツさんがガストンさんとアリーナを呼んだ。
斥候組も調査に入った。
取り敢えずゴーレムなどのガーディアンや危険はないらしい。
残念ながら宝物庫ではなかったようだ。
図書館でもない。
この二つ辺りを期待していたんだけどなぁ。
これだけの階層がある遺跡の奥深くにある物としては意外な物だ。
宗教施設ならあり得るのかねぇ……信仰のない俺にとっては良く判らない。
「みんなも入ってきてええで!」
扉の向こうからアッツさんの大声が聞こえた。
安全が確認されたんだろうね。
俺達は、待ってましたと言わんばかりに部屋に入る。
扉の所へ立つと部屋の中が見渡せた。
視線は斜め下へ向かう。
階段状に長椅子が並べられている。
そして正面には祭壇っぽい物がある。ガストンとアリーナが祭壇周りを調べているね。
やはり宗教施設の様だ。
これは金目の物やマジックアイテムの期待は出来そうもない。
なっちゃんは中央の通路を進み祭壇にいるかっちゃんの元へ、アンドロメダは壁に沿って祭壇の方へ向かっている。
ゴンタ、ミナモもなっちゃんの後を追っている。
ヤマト、ミズホは長椅子の間を走り回っている。
俺は中央の通路を通ってかっちゃんの元へ歩く。
下へ下へ降りるので天井が高くなっていく。
開放感があって良いね。
天井、床で明かりがボンヤリと点いている。
ある冒険者が明かりの部分を取り出した事があるらしい。取り出した物は水晶の玉の様だったらしいが、二度と光る事はなかったとか。
天井や床の明かりは、ずっと点いたままなので、どこからかエネルギーが供給されているんだろう。
そのエネルギーの元には興味ある。
どういう仕組みになっているのやら……家に組み込めたら日本の家の様に便利になりそうだ。
祭壇は檀上にあった。
俺は階段を十段ばかり上り壇上へ行く。
檀上の左右の脇にはそれぞれ小部屋があった。
劇場の控室に見える。机や椅子、棚があったが物は何も置いてなかった。
祭壇は雛祭りのお雛様の様に、いくつかの段と儀式に使うのか何かの道具が置いてあった。
ガストン、アリーナ、アッツさん、サムが調べている。
かっちゃんはなっちゃんと何か話をしている。
「かっちゃん、何か判った?」
俺もかっちゃんの側へ近寄り声を掛ける。
「どうもここが遺跡の最深部みたいやね……隠し通路なんかは見つからんかった」
かっちゃんの声からは残念そうな響きを感じる。
失望しているのかも知れない。
「教会みたいなもんやと思うけど、世界神と十二神には関係なさそうや」
アッツさんが俺達の所へ来て教えてくれる。
この遺跡で信仰されていたのは他の神なのか。ヒミコの例もあるけど珍しい。
その土地に関わる山の神や川の神にお供えをするってのは聞いたことがあるけど、主要神以外で大々的に祭るのはヒミコの所くらいしか知らない。
「遺跡の最深部がコレとはなぁ」
かっちゃんがアッツさんにぼやく。
「最深部に教会ってのは珍しいなぁ。遺跡に宗教施設は付き物ではあるんやけど……」
多くの遺跡を巡っているアッツさんが言うのだからそうなのだろう。
遺跡に宗教施設があるのは常識らしい。
この遺跡には人が暮らしていた痕跡があった。
地下で暮らすなんて普通じゃない。
ここを使っていた当時の人達はどんな人だったのだろうか?宗教を一番大切にしていたのかね?この地下に逃げ込む様に暮らしていたのなら強力な外敵がいたのかもな。
それを打破するために神に祈っていたのかも……俺は次々に連想する。
「祭儀用だと思われる盃、ネックレス、冠、ナイフはそこそそ価値がありそうだが、マジックアイテムの類はないな」
ガストンが祭壇の調査を終えてアッツさんに報告している。
不気味な人だと思っていたが普通だ。
「こういう所の物には手を出さん方がええ」
アッツさんが断言する。
「そうやな、後でよくない事が起きやすいもんなぁ」
かっちゃんも同意している。
そういう呪いの類の経験をした事があるから、さっきの時点でがっかりしていたのかな。
「持って行かないんですかぁ!?」
アリーナが悲痛な声を上げる。
「アリーナ……神を祭る物には手を出さん事や。手を出すと災いが降りかかるで!覚えとき」
かっちゃんがアリーナを諭している。
アッツさんとガストンもかっちゃんの横で頷いている。
そう言うものらしい。
神は実在する。天罰ってのもあるのかもな。
「数少ない金目の物なのに……」
アリーナは目に見えて悲しそうだ。
それでもそれ以上の抵抗はしなかった。
「オトン!」
最後まで祭壇を調べていたサムがアッツさんへ声を上げた。
俺達は一斉にサムを見た。
「なんや!?」
アッツさんはサムへ問い返す。その声には緊張感がある。
「宝珠や!宝珠があったで!!」
「なんやと!!」
「サム、ホンマか?」
サムに詰め寄るアッツさんと、かっちゃん。
サムの言う宝珠に反応しないのは俺、アンドロメダ、ゴンタ一家くらいだ。
他の者達は多かれ少なかれ反応している。
宝珠って何だろう?玉ってのは解るけど、魔石とは違うんだろうねぇ。
魔導炉のエネルギー源みたいな物かも知れない。
俺達全員が祭壇の側にいるサムへ近寄った。
サムが持っている箱には握り拳ほどの大きさの水晶っぽい玉が四つあった。遠見の水晶に似ているが色が付いているのが違うね。薄い赤色だったり、青っぽかったりしている。
「ホンマやんけ!」
「お宝や!!しかも四つも!!」
アッツさんとかっちゃんが興奮している。
シレっと宝珠が何か聞いても良いものだろうか?空気読めって言われそう。
俺は興奮しているアリーナの袖を引き話しかける。
(アリーナ、宝珠って何?)
(何で小声です?)
(みんな大喜びしている中で、それは何?とか聞きずらいじゃん)
(はぁ……)
(で、あれは何なの?)
(正式名称は継続の宝珠と言います。通称が宝珠ですね。遺跡から発見されるらしいのですが初めて見ました)
(ほー)
(反応が薄いですねー)
(なら早く詳細を言えよ)
(宝珠にはギフトが封じ込められているそうです。宝珠に願うと封じ込められているギフトが自分の物になるそうですよ)
(……凄い物じゃん)
(解ってもらえて嬉しいですよ)
わう
俺の足元で聞いていたゴンタも凄いねーと言ってそう。
何も持って帰れないと思っていた所に凄い宝物が出てきたものだ。
ギフトは強力だからな。
俺のは世界神からの贈り物だから特別だろうけど、かっちゃんの危機察知といいギフトは高性能だ。
そんなギフトが封じられた玉が四つもあったのか……殺し合いをしてでも欲しくなりそうだ。
もちろん、そんな事はしないがそれくらい魅力的な代物です。
ガストン、アリーナは見落としている物がないか再度祭壇を調べなおしている。
「かっちゃん、何のギフトが封じ込められているか判るの?」
「鑑定系の力が無いと判らんなぁ」
「ふむ」
今の段階では判断出来ないらしい。
誰かに判断してもらわなくてはいけないってのか……人の手に渡すってのは抵抗があるな。
そのまま使われてしまうかも知れない。
「かっちゃんの知り合いで信頼出来る鑑定士はいないの?」
「信頼か……いない事もないんやけど、直ぐに会えるような所にはおらんなぁ」
かっちゃんは誰かの顔を思い出している様だ。
「わしに当てはあるから、任せとき!」
アッツさんが自信ありげに言う。
「さすが、おっちゃん!」
「照れるでー」
かっちゃんとアッツさんは仲が良いね。
ちょっと羨ましい。
「どうやったら宝珠を使えるの?」
仲の良い二人の邪魔をする様で心苦しいが聞いておきたい。
「宝珠を持って、宝珠に封じ込められているギフトの名称を心の中で言えばええんよ」
かっちゃんが教えてくれる。
そっか。封じられているギフトが判明しない限り勝手に使われる事はないんだな。
安心出来た。
ガストンとアリーナは何も見つけられなかった様だ。
それから檀上で飯を食べつつ宝珠の話で盛り上がった。
宝珠は封じ込められているギフトによっては凄まじい値段が付くそうだ。
だが売らずに使う人がほとんどらしい。
気持ちは判る。
俺達のパーティに宝珠を二つ、アッツさんのパーティに宝珠を二つの山分けにした。
後で揉めない様にと既に二つ渡された。
封じ込められたギフトが知れた後では揉め事になりそうだもんな。
俺達は宝珠に封じ込められたギフトの事を考えて、お茶を飲みます。
とても幸せな時間です!