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想い

169


 俺が起きても部屋にはゴンタとアリーナしかいなかった。


「ゴンタ、おはよう」


わう


 俺が起き上がると伏せていたゴンタが俺の方を向いたので挨拶をする。

ゴンタは人の動きに敏感だ。


「みんな戻ってきてないね……」


わぅ


 何だか日課の訓練をする気になれなかったので、ゴンタの隣へ座り撫でる。

しばらくゴンタの毛並を堪能したが、誰も戻ってくる様子がない。


「見に行ってみようか?」


わうー


「アリーナも起こすか」


 俺は寝ているアリーナの肩を揺する。


「おーい、起きろー」


 ユサユサと強めに揺する。


「朝だぞー」


わう


「おはようございます!」


 ゴンタが一声吠えたらビヨンッ!と上半身を起こした。

何この人怖い。


「朝だぞ。まだみんな戻ってこないから様子を見に行くぞ」


「そうなんですか……」


 アリーナは部屋を見回して呟く。


「まずは顔を洗いに行くぞ。先に行ってるからな」


 朝の支度があるアリーナを部屋に残し俺とゴンタは部屋を出る。

トトトッと軽快な足取りで俺の後を着いてくるゴンタ。

裏口から井戸のある所へ向かう。

井戸の上にある覆いを外して紐が付いている桶を井戸へ落とす。

そして組み上げた水を台の上に置いてあった木のタライに移す。

顔を洗い、手も洗う。

あぁ、今日も良い天気だ。

だが、アッツさんの所から誰も戻ってきていないので何か不安だ。

清々しい朝の空気でも気分が晴れない。


 ゴンタにも水をやった後で、アリーナ用に水を汲んでおく。

アリーナも身支度を整えて井戸へやってきた。

アリーナが顔を洗った後で、一緒にアッツさん達がいる部屋へ向かった。


 コンコン、俺は扉をノックする。


「入ってええよ」


 アッツさんの声だ。

起きてはいるんだなぁ。


「「おはようございます」」


わう


「おはよーさん」


 俺とアリーナが揃って挨拶をすると、眠そうにしているアッツさんが挨拶を返してくれる。

他のみんなは椅子や床で寝ている。里長の姿は見えない。

ヒッコリーだけはベッドで上半身を起こしている。

そして部屋に入ってきた俺達をボンヤリと見ている。

起きていて拘束されていないって事は解除が成功したって事だな。

良かった。


「アッツさん、無事に解除出来た様ですね」


わう


「あー、解除は出来たが無事とは言えんなぁ」


 アッツさんの言葉に首を傾げる俺達。


「どういう事でしょう?」


「自分で確認してもらった方が早いやろ」


 アッツさんはそう言って、ヒッコリーの側へ近づいた。


「ヒッコリー」


「うぅー?」


 アッツさんがヒッコリーの名前を呼ぶと反応した……したんだけど様子がおかしい。


「ごぁん?」


「んー?ご飯か?」


 アッツさんが言うとヒッコリーがコクコクと頷いている。

これは……幼児退行?言語機能の異常?俺の頭の中にヒッコリーの症状からいくつかの可能性が思い浮かぶ。仕草が幼いから幼児退行かな……なんてこった。


「アリーナ、普通の朝飯を一人分持ってきてもらえんか?」


「はい」


 アッツさんがアリーナに頼んできた。

呆然としていたアリーナもやるべき事が出来たので再起動した。

そして部屋を出ていくアリーナ。


「幼児退行ですか?」


「トシは知っているんやな。おそらくそれや」


「……」


「もう操られる事はないんやが、この状態から復帰せんのや……」


 アッツさんは悲しそうな顔で言う。


「でも、自分がしてきた事を思い出して苦しむよりも良いのかも知れませんね……」


 アッツさんの悲しそうな表情を見ていたらフォローをしたくなった。

だが俺が心から思った事でもある。


「トシもそう言うんやな。里長やアンドロメダもそう言っていたで」


 そうか……俺と同じ様に思う人達もいるんだな。

里長がそう思ってくれるならヒッコリーも酷い罰を受けないかも知れない。


「ラミアの里へ残る限り罰は免れませんからね。ラミアは種族を第一に考える傾向にあるようですからヒッコリーも自分を許せなくなっていたでしょう」


「うぅー?」


 俺の口から自分の名前が出たからか、ヒッコリーが俺の方を向いた。


「そうみたいやな。アンドロメダはヒッコリーが自害してもおかしくなかった言うてたな」


「自分から進んで精神操作を受けた訳ではないでしょうし、一番良い結果になったのかも知れません」


 俺はアッツさんと話していて、本当にそう思えてきた。


「そうかも知れんな」


 アッツさんは俺とは意見が違うのかも知れない。アッツさんの返事からそう感じた。

かっちゃんと同じでアッツさんも自己責任で行動する人らしい。

自分の罪も罰も全て自分で受け止めるのだろう。

俺の様な日本人的な逃げを良しとしないのかも知れない。

日本にあった切腹も、俺が腹を切って責任を取るから他の誰にも責任を問わないでくれって面もあるからな。


「アッツさんは寝ていないのでしょう?俺がヒッコリーを見ていますから寝てください」


「そうか?すまんけど頼むわ」


 アッツさんはそう言ってかっちゃん、サムが横になっている所へ行った。


「ヒッコリー、シーダを知っている?」


 俺はヒッコリーに話しかけてみた。


「しーだ!よいこぉ」


 ヒッコリーはニコニコしながら答えてくれた。

この笑顔が痛々しく感じる。

俺が事情を知っているからだろうね。

シーダの事は記憶にあるのか……これなら生活に支障がないかもな。

この子はこのまま生きていく方が幸せに違いない。俺はそう思った。


「お待たせしました」


 アリーナがお盆に朝飯を乗せて戻ってきた。

アリーナはベッドにいるヒッコリーの側へ行き椅子に座ると、ヒッコリーの世話に入った。


「ヒッコリー、私はアリーナです。よろしくね」


「あいーな?」


「アリーナです」


「ありーな!」


 そんなやり取りをしながらもアリーナはヒッコリーに牛乳?何かの乳を入れたカップを持たせている。


「自分で飲める?」


 アリーナの声が優しく響く。


「うん!」


 ヒッコリーは両手でカップを持ち、口許へ持って行く。

一人で飲めるね。零したりはしなかったが口の周りに白い物を付けたままだ。

アリーナがハンカチで拭ってやっている。保母さんか、お母さんだな。


「はい。パンを食べましょうか」


「うん!」


 アリーナがパンを千切ってヒッコリーに渡す。

固いパンの様で千切るのに苦戦していた。

ヒッコリーはモムモムと食べている。

牛乳も飲んでいる。

アリーナが羊肉を串から外してあげている。

レタスの様な葉っぱで包んでもいた。


「フォークで食べられる?」


「うん!」


 ヒッコリーが逆手でフォークを握ったのでアリーナが持ち直させた。


「こうよ?」


「うん」


 ヒッコリーが羊肉のレタス巻きをフォークで刺して食べた。

幸せそうに食べている……本当に子供っぽい仕草だ。

アリーナはアンドロメダとシーダからヒッコリーの話を聞いているのだろう。親身になって世話をしている。

口許の汚れをハンカチで拭いてやったり、パン屑を拾ったりしている。


 俺がアリーナとヒッコリーをジッと見つめていたら、俺の後ろに起きて来たみんながいた。

ヒッコリーの仕草を見たり、今後の展開を考えていたので気づかなかった。


「おはよう」


「おはよーさん」


「昨夜は遅くまで起きていたの?」


「おっちゃんが頑張ってくれたんやけどなぁ……元通りにはならんかった」


「さっきまでアッツさんも起きてヒッコリーを見てくれていたよ」


「うちも交代するつもりやったんやけど、起きれんかったなぁ」


 かっちゃんは俺に挨拶をしながらもアリーナとヒッコリーから視線を外さなかった。

アンドロメダは穏やかな顔をして見ている。

シーダの表情からは心情が伺えない。

なっちゃんはアリーナの側へ行って、近くでヒッコリーを見ている。

サムはいつも通りかな。いつもの朝って感じだ。

ヤマト、ミズホはゴンタに何やら、がうばう言っている。

ミナモは欠伸をしているね。夜遅かったのだろうか?人間には興味を示さないのはいつもの通りだ。


 それぞれ各人の想いがあるのだろうが、ヒッコリーの今後の事を里長に聞かないといけない。

俺はそんな事を思いながら、みんなと一緒にヒッコリーの様子を見守っていた。


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