ある一日
162
「トシ、ちょっと良いか?」
ヨゼフが朝飯の席で俺に聞いて来た。
「おう」
「昨日の奴らの件だ」
「何か判ったのか?」
「ああ。ある商人の子飼いのチンピラだった」
「チンピラか」
「うむ」
確かに昨日の奴らは強そうには見えなかった。
「みんなにも聞いてもらおう」
「……そうするか」
ヨゼフが答えるまで一瞬の間があった。
何か考えがあったのかも知れない。
「みんな!ヨゼフの話を聞いてくれ」
うちのパーティメンバーと《殲滅の剣》のメンバーが食事の手を止めた。
そして何事だろうかと不思議そうに見てくる。
「今回の岩の魔物の魔石を狙ってくる奴らがいる。既に魔石は俺達の手から離れているが売上の金も狙っている」
やっぱりそうだったか。ここまでは想定の範囲内だ。
「ある商人と、冒険者崩れが狙っているのは判っている。だが狙って来るのがそいつらだけとも限らない」
確かにそうだ。
「俺達を襲ってくる可能性が濃厚だ。油断するなよ」
ヨゼフが続けて言う。
「一人で行動するな。何かするときは誰かに報告する事」
俺もみんなに伝える。
「はいな」
「はーい」
「解った」
「面倒ねぇ」
「承知しました」
うちの子達は素直で助かる。
「今晩は入札があるからな。忘れるなよ?」
ヨゼフはそう言って部屋へ戻っていった。
オークションか……楽しみだね。
どういう品物が出品されるのかな?魔剣とかあったら買おう。
現金も天光貨で二枚もある。
他にも資産として売っていない魔石も沢山ある。
最近は貯まる一方だ。
花ちゃんの屋敷にも置いてある。
「トシ、うちらは何をするん?」
アッツさんが戻ってきていないので、今晩のオークションまでやることがない。かと言ってクエストを受ける気にもなれない。
襲撃者を誘い出すってのもアリかも知れないが、相手の全容が解っていないから安全にとはいかない。
遺跡も上層じゃ金にならない。
どうしようかね。
「俺からは特にない。何かしたい事がある人ー?」
「はーい。お店に行きたいのー」
なっちゃんが手を挙げた。
「買い物?」
「この間人魚のディンちゃんに解毒薬をあげちゃったから、もうないのー」
そうか。各人でそれぞれ持っているから、まったくなくなった訳ではないが補充しないとな。
「よし。解毒薬の補充に行こう」
「はーい」
「私は厩舎に行っても良いですか?」
なっちゃんの返事の後にアリーナが聞いて来た。
ふむ……ゴンタ達と一緒にいたいのか。
一人じゃないなら良いかな。
「そういう事なら我らも厩舎にいよう」
「ええ。そうしましょうか」
アンドロメダとシーダも残る事にしたようだ。
たぶんアリーナのためだろう。
ずっとゴンタの側にいられる訳じゃないからな……トイレにも行くだろうし、水を飲むだけでもゴンタから離れるだろう。
「解った。一人にならないように気を付けろよ?」
「ああ」
アンドロメダが俺に答えてくれる。
アンドロメダなら大丈夫だな。シーダもいるし攫われたりしないだろう。
「昼には食堂に戻る」
「解った」
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃいませ」
三人に見送られて、俺とかっちゃん、なっちゃんで買い物に出た。
なっちゃんは俺とかっちゃんの手を握ってブンブン振って歩く。ご機嫌だ。
体格が合っていないが、お父さんとお母さんと子供って感じかな?傍から見たら違う風に見えるんだろうけどな。
「この間の魔法屋にも売ってるよね?」
「解毒薬も売ってたで……あ、髪留めを渡してなかったなぁ」
魔法屋繋がりで思い出したようだ。
かっちゃんがマジックバッグをゴソゴソしている。
なっちゃんにあげるって言ってたもんな。マジックアイテムの髪留め。
おっと、俺も蜘蛛の銀糸でシャツを作ってないや。今度作っておこう。
「なっちゃん、これをあげるでー」
「わー!綺麗だね!」
「髪に着けたるから、しゃがんでや」
「はーい」
嬉しそうな声で返事をして、しゃがみ込んだなっちゃん。
かっちゃんは狼の被り物を捲ってなっちゃんの綺麗な金髪を束ねて髪留めを着けた。
外で活動している間は被り物を外さないから見えないね。
「着けたったで」
「かっちゃん、ありがとー!」
「大事にしてや」
「うん!」
なっちゃんは、かっちゃんにギュッと抱き付いている。
かっちゃんは、なっちゃんの背中をポンポンと叩いてあやしている。
微笑ましいなぁ。
俺が参加したら通報案件だね……絵面も悪くなるし。
かっちゃんは髪留めの効果を解説をしていなかったな……なっちゃんには効果が薄いからかな?エルフには装飾品でしかないのかも知れないね。
それから魔法屋へ行って解毒薬を四本買った。
オーガの緑色魔石が結構あったので売却もした。五個売ったので白金貨一枚になった。
クエストを受けていれば終了報告として提出すべき魔石だが、俺達は遭遇戦しかしていないからな。
適当に魔石を買って提出すればクエスト詐欺が出来そうだが真偽官って人がいるからなぁ……あまり目立つと出張ってくるだろう。
実際、貴族の子息などが箔付けのために冒険者になり金でランクを上げたという話は聞いたことがある。
しかしランクが二つ上がる毎に昇進試験がある。
上のランクでは戦闘試験だと聞いたから、実力も必要になる。
不正は出来まい。
その後も雑貨屋や服屋を見て回った。
かっちゃんとなっちゃんは楽しそうに買い物をしていたね。
俺?俺は空気ですよ。女の買い物には付き合いきれない。
マジックバッグがあるから荷物持ちですらない。
他の人達からは付き人って感じに見られてそう。
特に怪しい奴に絡まれることもなく買物を終えて宿へ戻った。
みんなで宿の食堂で昼飯を食べた後は厩舎で過ごした。
ミナモの許可が出たのでゴンタ、ヤマト、ミズホとの戯れタイムです。
ヤマトとミズホの体はミナモと同じくらい……大型犬以上になっている。
成長が早い。
戦闘もしているし、魔物の肉も食べている。
森や山で駆け回っていたし健康的に育っていると思う。
かっちゃん達、魔法使い組が魔法を教えていたが、ヤマトとミズホはゴンタの戦い方に憧れがあるのか、あまり魔法を使わない。
船を動かすくらいしか見ていない。
かっちゃんや、なっちゃんほどの魔力がないってのもあるんだろうけどね。
「そろそろヨゼフ達が待ってるんとちゃうか?」
厩舎で戯れていると、かっちゃんが聞いて来た。
時間を忘れて遊んでいた……もう夕飯の時間だった。
ヨゼフ達と一緒に夕飯を食べた後でオークション会場へ行く約束なのです。
十五人の冒険者達も都合がつく者は一緒に行くらしい。
彼らもどれだけの値段がつくか興味深々だろう。そのまま報酬に直結するからね。
俺達は井戸で顔や手を洗い食堂兼酒場へ行った。
「遅いぞ」
「悪い悪い」
俺はヨゼフに謝る。気持ちが籠っていないって?ヨゼフとは仲良しだから良いんだよ……ちょっと嘘くさいね。
「なっちゃん、ここに座れよ」
「おら、どけっ!」
ダンテとフリオがなっちゃんの席を作っている。
ひでぇ……座っていた冒険者の一人が泣きそうだぞ?お前ら強面なんだから手加減しろよ。
それを見ているカミッラが呆れている。
そしてフリストは黙々とワインを呑んでいる。お前の仲間だろうが!もうちょっと興味を持とうよ!
パン、トマトと羊肉のパスタ、ステーキといった夕飯を食べる。
トマトのパスタはニンニクも利いていて美味い。癖のある羊肉も食べやすい。
軽くワインも呑んだ。水代わりみたいなもんだ。
そろそろ花ちゃんの和食が恋しくなって来たぞ。
イモの煮っ転がしや味噌汁が食べたい。未だに米が見つからないのが残念だ。
アッツさんがそろそろ戻ってくる。
ラミアの里での仕事が終わったらダッシュで帰らないとな。
「トシ、会場へ行くぞ」
「おう」
さぁ、オークションだ!楽しみです。