小さな天国
160
「あれ?」
「どしたん?」
「岩の魔物の気配が消えてる……」
「ホンマや……」
潮の匂いがする所まで来た所で、俺は岩の魔物の気配が消えている事に気付いた。
移動したのか!?離れた所ならば上陸出来る場所もあるだろう。
俺とかっちゃんは崩した崖を目指して走る。
「崖の下にみんなの気配があるね」
「危険はないって事やな」
あぁ、確かにそうだ。
そして木にロープが結びつけてあるのを見つけた。
崖の上からでは何が起きているのか判断出来ない。
やはり下へ降りるしかないな。
「俺が先に降りるよ」
「はいな」
俺はロープが木にしっかり結ばれているのを確認した後で下へ降りた。
まだ夕方には早いので視界には問題ない。
わうー!
下からゴンタの声が聞こえた。
がうー
ばうー
ヤマトとミズホもゴンタに呼応するかのように吠えた。
ゴンタの声からして緊急事態って感じでもない。
俺が昨日の場所まで降りると、更に下へ降りるロープが岩に結び付けてあった。
俺は更に降りる。
今度のロープは長いな……ちょっと怖い。
「トシちゃーん、お帰りー」
下へ降りると、なっちゃんが出迎えてくれた。
おぉ!崖の下はプライベートビーチみたいになっていた。
岩場に囲まれた砂浜があった。
そんなに広くないが俺達だけなら十分楽しめる広さだ。
海水浴だな!ってそれどころじゃなかった。
「ただいまー。岩の魔物はどうなったの?」
「あのねー、いきなり気配が消えたのー」
「何と!」
「かっちゃんも上にいるよねー?」
「うん。呼んであげて」
「はーい」
かっちゃんをなっちゃんに任せて俺は岩場の方へ向かう。
岩の魔物は、岩場の先に落ちたはずだ。
岩場にはゴンタ一家とアリーナの姿が見えた。
アンドロメダとシーダは海へ潜っている様だ。
「ただいま」
わう
がう
ばう
「お帰りなさい。岩の魔物の気配が消えました」
「ふむ。アンドロメダとシーダが潜ってるみたいだけど大丈夫なのか?」
俺はアリーナに聞く。
「何度か潜っているのですが今の所問題はないようです」
「そうか」
ラミアは水との親和性が高いし泳ぎも上手い。水の魔法も使えるから俺達の中では一番潜水に向いている。
俺も潜って見てこようかな。
やはり自分の目で見てみたい。
「戻ったでー」
「戻ったのー」
「お帰りなさい」
「なんや、ええ感じの砂浜やなぁ」
かっちゃんがいわばから砂浜を見て嬉しそうに言う。
「海水浴が出来るね」
「後であそぼー!」
なっちゃんが弾んだ声で宣言する。
「おう!」
わう
わふ
がう
ばう
「そうやな、みんなで遊ぼうな。しかしゴンタ達はどうやって降りて来たんや?」
わうー
わふー
「それじゃ登りは大変やなぁ」
わう
「ゴンタはええやろうけど、ミナモは無理やろ?」
わふぅ
「何だって?」
ゴンタ一家とかっちゃんが何やら話しているので聞いてみる。
「ゴンタ達は岩の足場を飛び跳ねて降りて来たんやと。ゴンタに至っては登ることまで出来るんやとさ」
「あんな所をか……」
俺は崖に張り出したいくつかの岩を見上げて言う。
山羊が断崖絶壁を移動するってのは聞いたっことがあるけど、ゴンタも出来るのか。
ミナモじゃ無理だろうなぁ。子供達なら出来そうな気もする。
「ゴンタちゃんは凄いんだよー。ぴょんぴょん飛んでたのー」
わうー
「恰好良かったです」
なっちゃんに続いてアリーナもキラキラした目でゴンタを見て言う。
お、アンドロメダ達が上がって来たな。
気配が近づてくる。
俺は岩場の先へ向かう。
裸足じゃ怪我をしてしまう様な岩場だ。
ザパッ!アンドロメダとシーダが海面から顔を出した。
「お帰り」
「トシ、戻ってたのか」
「お帰りなさい」
「おう。ただいま」
俺はアンドロメダとシーダに手を差し出す。
そして二人を海から引き上げる。
あぁ、良い眺めだ……すっぽんぽんだもんな。
思わず拝みたくなるぜ。
濡れている髪が肌に張り付いて色っぽい。
「どうやった?」
俺の背後からかっちゃんが声を掛けた。
俺の邪な気持ちが見抜かれたかと思ってドキッとしたぜ。
「岩の魔物は死んだようだ。今も海中で岩の体が崩れつつある」
「岩って言うより砂みたいに崩れていたわね」
気配の消失は、死んだからか。あれが死ぬとはな。
やはり生物の類で間違いなかったようだ。
あの自重で海中に落ちては身動きもままならないようだった。
作戦は間違っていなかった。
「岩の魔物が死んだなら『錬成』で魔石を抜き出せるな」
「そうだな。トシに任せよう」
「一緒に潜りましょうねぇ」
シーダが俺の手を取って言う。
「俺でも潜れるかなぁ」
「そこまで深くはない。岩の魔物の体が崩れているとはいえ、まだ大きいしな」
「早速行きましょう」
俺は装備を脱ぎ捨ててパンツ一丁になる。
なっちゃんの教育上、パンツは履いておかないとな。
そしてアンドロメダとシーダの先導で海へ潜る。
透明度が高いのもあり、日の光が海の底を照らしている。
距離感が掴みづらいが底まで十mほどかな。
先ほどまでいた岩場が海の中にも続いている。
その岩場の先に岩山があった。
切り崩した崖の一部と岩の魔物だと思われる。
身体能力が上がっているので、激しい動きさえしなければ三分くらいは余裕で息は持ちそうだ。
俺の泳ぎの遅さのせいか、アンドロメダとシーダが俺の手を引っ張って下へ潜ってくれた。
でも、これって息が持たなかったら死んでしまうのではないだろうか?とても怖いぞ!
ちゃんと打ち合わせをしておくべきだった。
これは魔石を取って速攻で戻らないとな。
水を蹴る足に力を込める。
きっと赤い魔石だ!イメージを固める。
岩の魔物っぽい塊に手を当てて『錬成』で抽出する。
一発で成功した。デカイ!今までで最大の魔石だ。
俺は指で海上を指差してアンドロメダとシーダに上がろうと伝える。
アンドロメダとシーダが俺の両脇を抱え込んで高速移動してくれる。
ザパァッ!!ブハッ!
俺は海上に顔が出た瞬間に大きく息を吐き出した。
空気のありがたみが解るぜ!
うん、人間は陸の生き物だ。間違いない。
「かっちゃん、コレ」
俺は岩場から俺を見てるかっちゃんに赤色魔石を渡す。
かっちゃんは両手で受け取った。
「なんやこの大きさは……」
「大蛇の魔石の三倍はありますよ!」
「大きいねー」
わうー
「本当に大きいな」
「びっくりねぇ」
あぁ……俺が褒められている様で嬉しくなる。
岩の魔物の赤色魔石は人の頭ほどの大きさがあった。
大蛇の魔石はソフトボールほどもあって驚いたものだが、その上を行く。
これだけ大きいとどれほどの価値があるか想像も出来ない。
ドラゴンの魔石の大きさが気になる。これよりも大きいのだろうか?夢があるなぁ。
「砂浜の方へ行こうぜ」
俺はキャーキャー騒いでいるうちの子達に提案する。
少し休みたい。
「はいな」
俺達は岩場を慎重に歩く。
砂浜の奥は切り立った崖になっている。
さすがに崖の下は、何か落ちてきたら怖いので波打ち際に拠点を作る。
マジックバッグから木材を出して板にして敷き詰めた。十畳ほどかね。
更に直射日光を避けるために丸太を柱にして屋根も付けた。
板の上には花ちゃん作成の座布団をいくつか並べた。
やっと休める。
「この大きさの赤色魔石やと、ドラゴンの魔石の大きさに匹敵するで!」
「ドラゴンですか!」
かっちゃんの言葉に大きく反応するアリーナ。
「か、価値はどうなんでしょう?」
アリーナが続けて言う。
だれもが聞きたい所だな。
「天光貨で……三十枚は下らないやろなぁ」
アリーナが何も言わないなと思ってアリーナを見たら、恍惚とした顔でどこかへトリップしていた。
町の家を買うなら三十軒以上買える。村が作れそうな金額だもんなぁ。
他のメンバーも驚いてはいるが、アリーナの様な反応ではない。
種族や個人の資質、生きて来た環境が関係しているのだろうが、金にそれほどの執着はないのかな。何となく嬉しい。
金は人の関係を壊す要因として首位争いをするだろう。冷めた愛情と良い勝負だと思っている。
「冒険者達と均等に分けるとして、ヨゼフ達が五人、冒険者達が十五人、我らが六人とゴンタ一家。三十名だから一人当たり天光貨一枚か」
「凄いわねぇ」
アンドロメダが大雑把に計算している。
あ、アリーナがピクピク痙攣しだした。
幸せそうに見えるので放っておいてやろう。
「贅沢をしなければ一生食べていけそうだな」
「そうやな。大金や」
そう答えてくれたかっちゃんの口調は穏やかで淡々としている。
何かをする経過が楽しく、結果にはそれほど興味が無いのかも知れない。
ケットシーの人生観なのだろうか?俺はそんな風にはなれそうもない。
わう
「ゴンタが水が飲みたい言うとるで」
かっちゃんが通訳してくれた。
「おう。どうせだから、氷を大量に作ろうぜ」
「ええな!」
トリップ中のアリーナを除いたみんなで波打ち際へ行く。
かっちゃん、なっちゃんの氷の魔法で作れるのだが、水がある方が魔力の消耗と手順が少なくて済むらしい。
『錬成』でジャバジャバ垂れ流しにした水を、かっちゃん、なっちゃんが氷にしていく。
木のお盆へ積み上がっていく氷の山。
零れ落ちていく水をゴンタ一家が頭から浴びる様に飲んでいる。
そういや前もこうやってゴンタに水を飲ませてたなぁ。懐かしいぞ。
そのゴンタがお父さんだもんな。
嬉しいけど寂しくもある。
寂しいのは、もう俺の世話は要らないからだな。
ちょっとシンミリしてしまった。
みんなで大量の氷を小屋へ運んだ。
部屋の隅に置いただけで、かなり涼しくなった。
これは良い。
それからかっちゃん、なっちゃんが果物のシャーベットを作ったり、ワインのアイスキャンディーを作ったりしてくれた。
ワインのアイスキャンディーはいまいちだった。アルコールが悪いのだろうか?良く判らない。
一人恍惚としているアリーナを放って、みんなで泳いだりした。
かっちゃんと、なっちゃんは泳がずに砂の城を作っていたね。
ゴンタはミナモ、ヤマト、ミズホに泳ぎの特訓を施していた。
更に速さを求めているのか!現状に留まる事を良しとしない姿勢には頭が下がる思いだ。
そんなスパルタなゴンタを横目に俺はアンドロメダとシーダとのんびり泳いで遊んでいた。
泳いでは小屋で涼みつつ休み、また海へ行くのであった。
俺達はそうやって海水浴を楽しんだ。
岩の魔物という問題がなくなったので、とても楽しかった。
水着を着ないラミア達の素晴らしさを再確認したし、泳ぎも上達した。
なっちゃんの嬉しそうな顔もみれたし満足だ。
夜になるまでニヤニヤしていたアリーナが怖かったけどな。
夜には火を起してBBQで盛り上がった。
遺跡の村で買って来た野菜達も活躍した。
タレは醤油ベースだが果物と煮込んで少しとろみと甘みが加わって中々の出来だった。
大蛇の肉を凍らせてチマチマ食べていたのだが、遂になくなってしまった。
大蛇のジャーキー、猪のジャーキーは大量に残っているけどな。
塩も十分にあるし、胡椒も少しある。
他の香辛料を補充しないとな。
ワインもどんどん減っていった。昼間に失った体の水分が補充されていく様で心地良かったね……酔いは早く回ったけどな。
アッツさんが戻ってくるギリギリまでここで遊ぼうとの提案はみんなに受け入れられた。
明日からも、まだまだ遊ぶぜー!