冒険者
158
「トシ、こっちや。これで上に登るで」
かっちゃんの手には一本のロープがあった。
「一人ずつやで?うちが登り切るまで登ったらアカンで」
「あいよ」
かっちゃんがロープを使い上へ登っていく。
あー、なんか危なっかしい。
これはあれだな……肉球が邪魔をしているせいでロープを掴みにくいんだな。
かっちゃんにも苦手な事はあるんだ……少しホッとしている俺がいた。
別に仲間の弱点を見つけて喜んでいる訳ではない。
人間らしさが感じられるというか、身近な存在だと再認識出来たというか、上手く説明できないけどそんな感じだ。
「ええでー」
かっちゃんの
声が上から聞こえた。
どうやら登り切ったようである。
「あいよー」
俺もロープを使って上を目指す。
ロープはしっかり上で固定されている様だ。引っ張った感触は問題ない。
暗くて良かったな。きっと下が見えたら高さを感じてしまう。
「トシちゃん、怪我はないー?」
登った先には、ロープが結びつけてある木と、かっちゃん、なっちゃんが待っていた。
「おう。怪我はしてないぞー」
「良かったー」
ニパッと笑ったなっちゃん。つい頭を撫でてしまった。
「えへへー」
なっちゃんは嬉しそうに照れている。ナデリナデリ。
「気配は小さくなっとるけど、無くなっとらんなぁ」
かっちゃんが呟く。
あぁ、岩の魔物の話か。
下の方で未だ大きい気配を残す存在が感じられた。
かっちゃんが言うほど小さくなっているとは思えない。そのくらいの変化しか感じられないぞ。
「もう俺達に出来る事はないさ。放置だ」
「それもそうやな。ヨゼフ達が集まっとる所へ行こか」
「あいよ」
「はーい」
俺達三人はのんびりとした空気に戻った。
一仕事終えたし、もう危険はないだろう。
足取りも軽い。
わうー
わふ
がうー
ばうー
ゴンタ一家が出迎えてくれた。
「そうや。土の魔法は凄いやろ?」
良く解らないがヤマトとミズホが興奮してかっちゃんにすり寄っている。
たぶん崖の崩落について話をしているのだろう。
わう
「あれだけの大物や、簡単には死んだりせぇへんみたいやな」
未だ健在な岩の魔物の気配についての話か。
俺もゴンタ達と話してみたいよ。
俺の隣にいるなっちゃんも羨ましそうにかっちゃん達を見ている。
「かっちゃんは話せて良いよねぇ」
「うん。楽しそうー」
「トシ!無事だったか!」
「ご無事で何よりですー」
「お話したい……」
俺がなっちゃんに話しかけた所で、アンドロメダ、シーダ、アリーナも俺達に駆け寄ってきた。
若干一名のセリフは俺の心配をしていないな。気持ちは解るが建前だけでも心配しようぜアリーナ。
「さすがかっちゃんね!」
「あんな事が出来るとはなぁ」
ヨゼフ達が集まっている所へ着くと既に野営の準備が整っていた。
そしてカミッラ、ヨゼフから声が掛る。
「なっちゃん、無事だったか」
「姿が見えないから心配したぜ!」
ダンテ、フリオからも声が掛る。
「トシちゃん、かっちゃんと一緒に頑張ったのー」
「凄いぜ!」
「さすがだぜ!」
ダンテ、フリオはなっちゃんと仲が良いなぁ。
子供の仲の良さっぽいので微笑ましい。
「まぁ座って休めよ。もう危険は無いだろう」
ヨゼフが焚火で赤く照らされながら俺達に言う。
「なんだ、もう呑んでいるのか?顔が赤いぞ」
「ばーか。まだだよ」
ヨゼフとも軽口を叩ける間柄になって来た。
最初は敵対してたのにな……一緒にバッキンへ移動したり、ユリさんの探索をしたり、飲み食いを共にしたおかげだろう。
カミッラがワインの入ったカップを手渡してくれた。
「トシ、乾杯の音頭をとれよ」
ヨゼフが俺に言ってくる。
「えー、皆様の協力の元、岩の魔物を海へ叩き落とす事に成功しました!未だ気配は強いですが落ちた場所から動く気配はありません。安心して呑もう。乾杯!!」
「「「「「乾杯!」」」」」
そして宴会が始まった。
火には鍋も掛っている。
酒の瓶も結構ある……うちも持ってきているが、他の者達も持ってきてたのか。
最初から騒ぐ気満々だったらしい。
大勢の者達が、かっちゃんの側で岩の魔物を如何にして海へ落としたのか詳細を聞いている。
俺もその一人だ。
「でな、崖の中腹で斜め上に向かって土の魔法で穴をいくつも掘ったんよ」
「「おぉー」」
「そのまま崩れないように慎重に作業をしたで」
「「おー」」
「なっちゃんから、今だ!と声が届いたんよ。そこで最後の仕上げに掛ったわけや」
「「「おぉー!」」」
「見事に岩の魔物を巻き込んで崖が崩れ落ちたで!」
「「「「おぉぉぉ!」」」」
「明日、明るくなったら見に行くとええ。凄い事になっとるで」
かっちゃんが身振り手振りを交えて面白おかしく状況の説明をしてくれた。
みんな冒険者らしく、興奮してかっちゃんの話を聞いていた。
やはりこういう話が好きなんだな。連帯感というか仲間意識が湧いてくる。
「しかし、ありゃ死にそうもないな」
「ゴーレムだと言われても驚かないぜ」
ダンテとフリオがワインを片手に話しかけてくる。
「まったくだ。あの岩の魔物は何なんだろうな?誰も知らないなんてなぁ」
「あんなの聞いた事が無いぜ」
「噂になっていてもおかしくないよな」
「だな」
「あれならドラゴン並の魔石を持っているかもな」
「持ってない方がおかしいぜ」
あれだけの大物だ、フリオが言うようにドラゴン並の魔石を持っていない方がおかしいだろう。と言ってもドラゴンを見た事はない。
希望的観測が混じっているのはご愛嬌だ。
思わぬ戦い?になったが取れる物は取っておきたい。
大きな赤色魔石に思いを馳せる。
もっともアレが死んだとしても海の底だ。どうやって魔石を取るかは考えないとな。
取らぬ狸の皮算用です。
こういう時間が楽しいんだよね。
ドキドキワクワクが止まらない。
「あ……そういや俺達はゴブリンの集落を潰しに来たんだったな。どうなったんだ?」
本来の目的を忘れていた。
「お、おぉ!そういやそうだったな」
ダンテも忘れていたようだ。
「まったくだ」
フリオもだな。
「ちゃんとゴブリンリーダーと取り巻きのゴブリンウォリアーは倒したし、回収も済んでいる」
俺の質問に答えてくれたのはヨゼフでした。
ゴブリンリーダーはその名の通り集団を率いていた奴かな。取り巻きは幹部って所か。
ゴブリンキングでもいたんじゃないかと思ったが違ったらしい。
「ゴブリンの気配が消えたと思ったらアレに追われていたから回収出来ていないと思ってたよ」
「回収班を作っていたからな。戦闘はしないで剥ぎ取り専門にさせておいて正解だったぜ」
ヨゼフは自画自賛だ。
でもその通りだな。せっかくクエストを終わらせたのに無駄になる所だったものな。
「やるなぁ」
俺はヨゼフを褒める。
何かと気苦労の多いヨゼフだ。素直に褒めてやろう。
「もっと褒めても良いんだぜ?」
「ヨゼフはカッコイイだけじゃなく、頭も切れるんだなぁ。頼りがいはあるし最高のリーダーだよ!それでいて戦闘までこなすんだから参っち……」
「がーっ!!」
俺がヨゼフを褒め千切っていると、ヨゼフが俺の言葉を遮って来た。
やはり耐えられなかったか。
「何だよ。せっかく褒めてやってんのに」
「トシは人の嫌がる事も的確にしてくるなぁ……」
「褒めすぎだぜ」
「褒めてねーよ!?」
「失礼なっ!」
そして辺りは笑いに包まれた。
ギャハハだの、ブフッだの様々だ。
それからは堅苦しい話よりも馬鹿話などで盛り上がった。
誰かの失敗談だの、女に振られた話だのが次々と飛び出した。
上品な話題ではなかったが楽しかった。
そんな男どもとは別にかっちゃんを中心とした女達も楽しそうだった。笑い声が聞こえて来たからね。
料理は物足りないが酒が美味い夜だった。
そして岩の魔物の気配を感じたまま横になる。
起きたら気配が消えていると良いな……ゴンタが夜番を請け負ってくれたので安心して眠れる。