投網
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海で遊んだ翌日『錬成』で船を作った。
今日も良い天気だ。
「ヤマト!ミズホ!おいでー海へ出るぞー」
俺は船の上から子供達を呼ぶ。
子供達は波打ち際でパチャパチャ水を叩いて遊んでいた。
わう
わふ
ゴンタとミナモが揃って吠えると子供達が来た。
ヤマトとミズホは砂浜から軽いジャンプで船に乗り込んでくる。
がう
ばう
「行くでー!」
「しゅっぱーつ!」
かっちゃんとなっちゃんが仲間に声を掛け船が海へ向けて動く。
水の魔法と風の魔法だね。
アンドロメダとシーダもいるので船の推進力は高そうだ。
船は穏やかな海を滑るように走る。
ヤマトとミズホが船縁で海の中を覗き込んでいる。
子供達には何でも面白いのだろう。ここらの海は透明度も高く綺麗だ。
「ヤマトー、ミズホー、風の魔法で船を動かそうねー」
なっちゃんが子供達を呼び何か説明している。
ヒュゴッ!突風が吹いた。
おぉぉ!子供達が船の運航に参加した様だ。
船は背が高くないので海面が近い。凄いスピード感がある。
俺は船の作成までで仕事が終わっている。
ちょっと時間が出来たので船の後方へ移動し網を投げた。
何でも良いから魚が引っかかればなぁ、かっちゃんが喜ぶだろう。
何度か投げたが投網の作り方が悪いのか魚は引っかからなかった。
うん。違う物はひっかかったけどね。
「ちょっとー早くとってよ!」
網に引っ掛かったのはラミアに似た人だった。
怒ったような口調だが怖くない。
本来、足がある所には尾びれが付いていた……そう、人魚ですね。びっくりするくらい人魚だ。
海水で脱色されているのか白っぽい茶髪だ。長い髪がべったりと水に濡れているが色っぽい。
貝殻を胸に張りつかせていたりはしなかった。女性だね!やはり服とかで隠す必要はないと思うんだ。
陸地の人達にも見習ってほしいものだ。
俺の仲間たちも船の後方へ集まり人魚を見ている。
かっちゃんが何やら考え込んでいる。魚として食べられるかじゃないだろうな……涎は見なかったことにした。
「ちょっと待ってくれ」
俺は網を手繰り寄せて尾びれの部分を網から外してやった。
「もー、酷い事しないでよね!」
「あー、すまん」
「判れば良いのよ。じゃあね」
人魚は文句を言うだけ言って身を翻そうとした。
待った待った!もうちょい話をしたいぞ。
俺は初めて見た人魚に興味深々である。
「ちょっと飯でも一緒に食べないか?」
俺はそう言って大蛇のジャーキーを取り出して齧って見せた。
そして俺を見ている人魚にもジャーキーを差し出す。
一瞬躊躇した人魚だったが、俺の手から掻っ攫う様に持って行った。
ガジガジ齧っているね。
「あら、美味しいじゃない!もっと頂戴!」
人魚はそう言って手を差し出してきた。
人魚が釣れた。
「人魚なんて初めて見たわねぇ」
「我らに似ているな」
シーダとアンドロメダが人魚をジロジロ見て言う。
下半身が蛇か魚かだもんな。
何となく近親種なんじゃないかと思うね。鱗のスベスベ感も似ている。
「うちも初めて見たで。警戒心が強くて人前には出て来ないと聞いていたんやがなぁ」
かっちゃんも初めて見たのか。
言葉のニュアンスから呆れている気配が感じられる。
でも表情は楽しそうだ。
かっちゃんは大量の水が嫌いなのも忘れて船縁から乗り出して見ている。
「カッコイイねー」
なっちゃん的には恰好良いらしい。
まぁ下半身の魚の鱗が綺麗な銀色で鎧の様でもある。日の光を反射してイカス。
上半身は普通の人間に見える。綺麗な顔立ちだがポッテリした唇が色っぽいね。
あ、手の指の間に膜が張ってる、水掻きだ。指をくっつけていたら判らないだろうけどね。
「これが人魚……ラミアに似てますね」
アリーナも初見らしい。
ゴンタ一家もガン見している。
ゴンタ以外は食べられるか考えていそうで怖い。視線は下半身に集中していた。尾びれが振られるたびに目で追っている。俺は違う所を見ているがな!
俺はみんなの分のジャーキーと木苺、水を出した。
昼には少し早いが良いだろう。
人魚は少し伸びあがって船縁に両腕を乗せてその上に顔を乗せて俺達を見ていた。
コテンと首を傾げて可愛らしい。
「はい、あーん」
「あーん?」
なっちゃんが人魚の開いた口にジャーキーを放り込んだ。
いきなり口にジャーキーを放り込まれて驚いた人魚だが、そのままモグモグ食べている。
「あーん」
今度は人魚がなっちゃんに催促している。
またなっちゃんが人魚の口に入れた。
「あ、あーん」
なっちゃんと人魚の様子を見たアリーナがヤマトとミズホに同じ事をした。
アリーナの手からそれぞれ食べるヤマトとミズホ。
幸せそうな顔のアリーナ。
ミナモも横にいたが怒ったり止めたりはしなかった。大蛇の肉に夢中だったという可能性もあるけどな。
ミナモはガジガジとジャーキーを齧っていた。
ゴンタ曰く、肉の旨みもさることながら噛みごたえが良いらしい。
犬は骨とか犬用のガムとか好きだもんな。
「水も飲むー?」
「水なんて一杯あるわよ?」
人魚は海を指さす。
「この水の方が美味しいよー」
「あらそう?それじゃちょうだい」
なっちゃんが人魚の世話をしている。
カッコイイとはいっていたが何がなっちゃんの琴線に触れたのやら。
みんなで大量に大蛇の肉を食べて、デザートとして酸っぱい木苺を食べた。
「なぁ、この辺りは人魚が多いんか?」
さっきから人魚と話したくて仕方がないって様子だったのは、かっちゃんだ。
「ここら辺には小さい群れしかいないわね」
飯を食べてご機嫌だからか、人魚は素直に答えてくれた。
どうやら、人魚にはいくつかの群れがある様だ。
「いつも一人で行動しとるんか?」
たしかに他の気配は感じない。
単独行動なのかね?人魚からは強そうな気配は感じない。
「今日は用があって一人なのよ」
「何処かに住処があるんか?」
かっちゃんの好奇心が刺激されたのか質問は止まらない。
「あるけど場所は教えないわよー」
律儀に答える人魚。
何だか良い奴っぽい。
「泳ぐのは速そうやね?」
「もちろんよー!ここらじゃ一番よ」
人魚のドヤ顔を見た。
「私はなっちゃん!人魚さんのお名前はー?」
「なっちゃん……私はディンギーよ」
「よろしくねー」
「ええ。よろしく」
なっちゃんのペースに巻き込まれたな。ホンワカした空気が生まれている。
「あっ!私は急いでたのよ。ご飯ありがとうね」
ディンギーは何かを思い出したようで、俺達の返事を待たずに海へ潜っていった……マイペースな奴だ。それを引き込めるなっちゃんはもっと凄いのかも知れない。
俺ももうちょっと人魚の話を聞きたかったな。御飯の礼も言える奴だ、ちゃんと付き合えそうな種族に違いない。
みんなも展開についていけずに呆然としている。
なっちゃんだけはニコニコして手を振っている。
「人魚の生態をもっと知りたかったなぁ……残念や」
かっちゃんは心底残念そうな顔だ。
「もっと話を聞きたかったね」
「貴重な体験でした」
アリーナが少し興奮して言う。
かっちゃんですら始めて会うって言ってたもんな、レアレアだ。
人魚は群れで行動し住処も持っている。そして大蛇のジャーキーも木苺も食べていた。
木苺を食べた時は梅干しを食べた時の様な顔をしていたね。
俺達は人魚の第一人者になったのではないだろうか?人魚については噂も聞かなかったもんな。
「似たような種族がいたのだな」
「ええ、不思議なものねぇ」
アンドロメダとシーダも良い物を見たという感じだ。
「あんたらも気づいたやろ?」
かっちゃんがアンドロメダとシーダの話に加わった。
「ああ、トシが網に手を伸ばした時にディンギーの魔力の高まりを感じた」
「凄かったわね。魔力量があんなに変わるなんて初めて見たわ」
「そうやねん!偽装しとったんかなぁ?気になるで」
「人魚も魔法を使えるのだな」
「そうねぇ」
お、俺が網から人魚の尾びれを外そうとしたときにそんな事があったとは……危機感のなさそうな声につい手を伸ばしてしまったからな。反省だ。
俺には異種族を引き寄せる力があるのかも知れんぞ。
ケットシーにエルフ、ラミアに人魚……とにかく凄い引きだ。
今回は魚を取ろうと思っただけなのにな。
この調子だと下半身が鳥だったり、蜘蛛だったりする人達にも会える気がする。
それを想像して、ちょっと楽しくなった。
「休憩したら、また進むぞー」
俺は人魚の話題で盛り上がっているみんなに声を掛ける。
「はいな」
「はーい」
俺達は少しきつくなった日差しの中でユラユラ揺れる船に身を委ねていた。
この世界は広い!まだ見た事のない物が沢山あるに違いない。
俺もかっちゃんの影響を強く受けている。そう思った。
悪くない気分だ。




