畏敬
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俺は地面に大の字になった、
骨は折れていないと思うが痣が沢山出来ていそうだ……アーマーリザードの鎧は斬撃や刺突などは防いでくれるが衝撃は軽減してくれる程度だった。
結局、鎧が体に当たっていた。間に布などを詰めた方が良いのかも知れない。
攻撃を喰らってみて初めて解る事もあるなぁ。
しかし、かっちゃんとなっちゃんの氷の魔法は凄かった。
最初の水の魔法は水分を辺りに散らすためだったとはな。
蛇は冬眠する種類も多いと聞いた事がある。
寒さで動きを抑えるとは思わなかったぜ。
「トシ、休んでいる所を悪いんやけど大蛇の止めを頼むわ」
「えっ!?……本当だ生きてるな」
「ホンマ、大した生命力やで」
かっちゃんが呆れたように言う。
まさか生きているとは思っていなかった。
気配は薄くなっているが、確かに生きていた。
大蛇の鱗は固かった……どうやって倒すかな。
大蛇の左目の傷から剣を差し込んでグリグリしたら倒せるだろうか?脳もあの辺りにあるだろう。
俺は倦怠感のある体に鞭打って立ち上がる。
一気に疲労感が押し寄せて来た。
大蛇の尻尾の打撃とバーサーカーの制限解除の反動だ。
あのスベスベで固い鱗がなければギガントセンチピードを倒した時の様に張り付いて頭部への『浸透撃』で何とかなったかも知れない。
もっとも俺が近づくときっちり迎撃してきたので大蛇の体の上に乗れたかも怪しい。
ゴンタも噛みつきと尻尾の攻撃で狙われていたが避けきっていた。速度が違うもんな。
あのままでもゴンタならそのうち倒せたとは思うが、どれだけの時間がかかった事やら。
とにかく大蛇のタフさが、ずば抜けている。
かっちゃんが大蛇との戦闘で光のマジックアイテムを投げてくれたおかげで氷漬けの大蛇が見える。
月も出ているので自分の足元くらいは見える。
重い足取りで大蛇へ向かう。
途中に落ちていたミスリルソードを拾って行く。
「これでも生きているのか……すげぇ」
大蛇の近くへ来て良く解る。
俺は右手の甲で氷をコンコンっと叩く。数cmの厚さの氷だ。
鱗が剥き出しの部分もあるが氷の彫像といっていい。
俺は大蛇の氷に傷を入れ足場にする。
頭を上げた状態なので登らないと頭部を攻撃できないのだ。
ツルッ!ズドンッ!!ぶふっ!
「痛い……」
お約束の様に滑り落ちた。尻が痛いです。
さっきかっちゃんが笑っていた様な気がしないでもない。
俺は裸足になった。
また大蛇の体をよじ登る。
今度は頭部までたどり着けた。
坂手に持った大型ナイフでコツコツと氷を削り取り大蛇の左目の傷を出す。
俺は大蛇の体にへばりついていて長い剣が使えなかったので大型ナイフを使っています。
気を乗せた大型ナイフを目の傷へ突き刺す。
大蛇の体が少しだけ震えた気がした。
グリグリと大型ナイフで傷をこねくり回す。気分の良いものではないな。
他の仲間にやらせるよりはいいか、そう考えると少しだけ気分がマシになった。
肉とは違う感触があった……脳かな。そこを重点的にグリグリする。
それでも気配が残っている。心臓でないとダメなのか?本当に怪物だな。
俺は左手の籠手をはずし素手になった。
ふぅっ、俺は一つ息を吐いた。
大蛇の左目の傷へ手を突っ込む……うげー気持ち悪い。
肉とは違う感触のモノを引きずり出す。
あー見えない!見えないぞ。
俺は視線を逸らしてモノを投げ捨てる。
たぶんこれで死ぬだろう。
もうちょっと時間はかかるかもだが。
俺は大蛇の体から滑り降りる。
俺はかっちゃんを見る。
かっちゃんは俺から視線を逸らす。
俺はなっちゃんを見る。
なっちゃんは俺から視線を逸らす。
仲間全員が俺から視線を逸らした。
ゴンタ一家は気にしていないかな。
まぁ血まみれで何かの肉片もついてるっぽい。猟奇的に映るだろうから俺でもそうするさ。
わう
ゴンタは優しいなぁ。俺はゴンタが大好きだよ。
テテテッと俺の足元へ来てくれたゴンタであった。
撫でたいけどゴンタを血で汚すわけにはいかない。
「ちょっと湖で洗ってくるよ」
わうー
俺は索敵しながら湖へ向かった。
まだ大蛇がいないとも限らないからな。
幸い特殊な個体だったようで他の大蛇が出てくることはなかった。
湖で手を洗い、顔を洗った。
スッキリしたぜ。
まだ大蛇の気配が残っている……脳を無くしても生きているとはな。
畏敬の念を感じずにはいられなかった。
光のマジックアイテムと月明かりを受けて幻想的な大蛇の彫像だ。
氷の下にある銀色っぽい灰色の鱗と氷が光を反射している。
ちょっと見入ってしまった。
「お疲れさん」
「おー」
「まだ生きとるなぁ……」
かっちゃんも呆れるを通り越しているようだ。
俺と似たような事を感じているんだろう。
「まぁ時間の問題だろう」
「そうやな」
「しかし氷漬けとはね。良く考え付いたね」
「あぁ、違うんや。アンドロメダとシーダの助言のおかげや」
かっちゃんがアンドロメダとシーダの方を向いて言う。
「我らも蛇には違いないからな」
「自分の弱点を晒す様で嫌でしたが……」
「なるほど」
なるほどなぁ、そういう事だったか。蛇の事は蛇に聞けって事だな。
ついでだ、気になっていた事を聞いてみるか。
「ついでに聞いても良いか?」
「物によるな」
「そうねぇ」
「俺が大蛇の背後から襲ってもきっちり迎撃されたのに理由がありそうだなって」
「良く解ったな」
「何度も弾き飛ばされていましたものねぇ」
やはり何かある様だ。カンってこともありそうではあったがな。
「で、教えてもらえるのかな?」
「そこまで疑われたら教えるさ」
アンドロメダはシーダを見て言う。
シーダはアンドロメダを止めない。
「我ら一族は温度も感知出来るのだ」
「あぁ、あー!あれかピット器官ってやつか!」
蛇の種類によっては、そういう器官があると何かで見た。
「名前など知らないが我らの場合は耳の後ろの穴で感じていると里長に聞いたことがある」
そう言ってアンドロメダが髪の毛をかき上げた。暗くて見ずらいが何か黒っぽい物があるようだ。
シーダも見せてくれていた。
髪の毛をアップにしている女はいいね!色っぽいぞ。
いやいやそうではなく、ピット器官の話だ。
そうか、それで背後でも迎撃されたのか。
あの場合は数で勝負するべきだったか。誰かが攻撃を喰らう覚悟で行くのが正解だったな。
俺しか攻撃を喰らう奴はいなそうだけどな。少なくともゴンタは絶対喰らわなそうだ。
チラリとゴンタを見て思う。
何?という感じで俺を見てくるゴンタが可愛い。
「あの大蛇も温度を感知していたのだろう」
こちらの蛇にもピット器官を持っている奴がいると解った。一つ利口になったぜ。
「アンドロメダ達はどのくらいの範囲の温度を感知出来るんだ?」
もうちょっと聞いておこう。
「そうだな……このくらいだな」
アンドロメダは俺から五mくらい離れて言う。
微妙な距離だな……大蛇はもっと距離が長かったろうな。俺は大蛇の尻尾の動きを思い出す。
俺が低い体勢でもきっちり合わせて来たもんなぁ。尻尾の戻りも速かったから連続攻撃も出来たろうな。
「ラミアは色々な能力を持っとるんやね」
「凄いねー」
「凄いですね」
「そうだろう」
「うふふ。隊長ったら嬉しそうねぇ」
アンドロメダはドヤ顔だ。ちょっと子供っぽくて可愛らしい。美女なのにな。
しかしピット器官なんてものまで持っていたとはな。確かにかっちゃんが言うようにラミアは多くの特性を持っているな。
「かっちゃんとなっちゃんの氷の魔法の有用性をこの目で見てしまった以上、我らも習得せねばなるまい」
「これは攻撃の幅が出るわねぇ」
アンドロメダとシーダが未だに生きている大蛇の氷漬けを見て言う。
魔法を使う者として良い刺激を受けたな。
こういう前向きな所は見習いたい。
俺だったら差を感じて落ち込んでしまいそうだ。
俺達が話している間にゴンタ一家がわうわうがうばう言っている。おそらく反省会って所だな。
ヤマトとミズホは自分より強い魔物と戦ったのは初めてなんじゃないだろうか?色々学べたであろう。
「あ、大蛇の気配がなくなった……」
俺は呟く。
敵対したとはいえ生命力という一点を見せつけられた相手だ。
それなりの敬意が湧く。
「大蛇ってのは凄いなぁ。こんなのがうじゃうじゃいたら堪らんな」
「まったくだ」
「恐ろしい生命力でした。あんな猛攻を受けていたのに……」
アリーナはずっとヒッコリーを守って遠くから見ていたもんな。みんなの攻撃を見ていたからの言葉だな。
「トシなら魔石も取れるやろ?」
「おう。各色を想像して総当たりで行けば取れるね」
死体になった今なら『錬成』で取り出せる。大蛇の体のどこかにはあるだろうからな。
「この鱗も各種耐性が高くて固いで。ええ素材や」
かっちゃんが大蛇の鱗を撫でながら言う。
確かにアーマーリザードに近い硬度を持っている。
スケイルアーマーとか作れるな。色も渋くて良い。
装備を新調したばかりなので必要は感じないけどな。
いっそバッキンの店で売るか?仕入れも加工代もタダだから凄い儲けが出そうだ。
儲けが出過ぎると店が悪い奴に狙われるのだけが心配要素かな。
大蛇の強さからいって赤色魔石を想像して取り出してみるか。
一発で取り出せましたね。しかもヴァンパイアより大きい……恐ろしい値段が付きそうだ。
最低でも町に家が二件は買える。
「えらいもんが出たなぁ」
かっちゃんは俺が片手で何とか持っている赤色魔石を見て驚いている。
「大きいねー」
大きいねーおおきいねーおおき……俺の頭の中でリピートされる。何だか希望が湧く言葉だ。
「ト、トシさん!見せてくださーい!」
アリーナの嗅覚は凄い。アンドロメダとシーダと共にヒッコリーの方へ行っていたはずなのにな……金目の物は見逃さないのか。
俺はアリーナに赤色魔石を渡す。
アリーナが恍惚とした表情で赤色魔石を受け取った。
とても幸せそうだ。
そのまま昇天しないか心配である。
俺はかっちゃん、なっちゃんからマジックバッグを借りて大蛇の素材を入れていく。
一つは大きいマジックバッグなのでなんとか収まるだろう。
肉も臭みが少なそうで美味しそうだ。
さっきまでの嫌悪感が一気に食欲へと変換された。現金なものである。
解体作業は俺がするのが一番効率が良い。これは徹夜とはいかないまでも明日の出発は遅れそうだ。
夜食として大蛇の肉に塩を振って焼いただけの物を出した。
淡泊な味わいで鳥のササミみたいだった。塩が旨みを増幅している。
これは極上の肉だ。
みんなの食いつきも良い。
特にゴンタ一家のおかわり攻撃が凄かった。
ミナモが俺にすり寄って催促してきたくらいだ。
途中でアンドロメダに調理を任せて、俺は大蛇の解体へ戻った。
これはジャーキーも作ったらマジックバッグに収まるかどうか……また風呂敷でも作るかね。
ソリに乗せれば運搬できるしな。
みんなには先に眠ってもらったが俺は大蛇を無駄にしたくない一心で解体作業を続けた。
貧乏性が憎い。
そんな俺を月だけが見ていた。




