夜戦
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「動き出したぞ」
俺の索敵に観察対象の賊が引っかかった。
「この暗い森で明かりもなく動くとは斥候系ばかりか」
「近づく時は戦いを覚悟しないとねぇ」
アンドロメダの言う通り、賊は明かりもない森を村へ向かって進んでいる。
「トシ、どうする?賊が逃げる時は同じ経路やと思うけど」
ふむ。かっちゃんは待ち伏せ推奨って事か。
ただ同じ所を通って逃げてもらわないと追いかけきれるかどうか。
「同じ経路で逃げると言う理由は何?」
お俺はかっちゃんに確認する。
「うちらは村の南から来たやろ?山ばかりやった。村の西は似たような山脈が見えたんよ。東は流れの速い川があるとアンドロメダ達が言うとる。夜間に川は危険やろ」
「ふむ」
「東側にある川を夜間には渡れないだろう」
「昼間でも場所を選ばないと無理よねぇ」
かっちゃんの予測をフォローする様にアンドロメダとシーダが言う。
賊の拠点が山脈にないとは限らないが……あの人数で生活は大変だろう。
しかし賊が逃げる時に俺達の気配……気配を一番消せないアリーナだと気付かれるかな。それでバラバラに逃げられるのが困る。
いやまて最悪ラミアの賊だけ捕まえればいいか。
「よし、村の北側で待ち伏せをしよう。俺達の気配に気づいて賊がバラバラに逃げたらラミアの賊だけを狙おう」
「ラミア以外の賊は気にせんでええんやな?」
かっちゃんが俺に確認してくる。鉱山襲撃の賊討伐クエストを受けているからだな。
たしかクエストは賊一人当たりに付き報酬が出るんだったな。
ラミアの賊はアンドロメダ達が確保するから引き渡せない。
それ以外に一人でも倒せば良いだろう。
「ああ、ラミアの賊以外は無理しなくても良い」
「はいな」
「アンドロメダ、シーダはラミアの賊だけを狙え」
ラミアの賊だけは捕まえないといけない。
「ああ」
「はい」
「アリーナ、なっちゃんは俺の指示に従え」
俺達は臨機応変に賊討伐だ。
「はーい」
「はい」
「かっちゃんは好きに動いてくれ」
かっちゃんは自分で考えられるし、実力も問題ない。
「はいな」
「もう少し村の側まで着いて行って待ち伏せしよう」
俺達は賊を索敵範囲ギリギリに捉えつつ追いかけた。
やはり賊は村を襲うつもりの様だ。
「止まれ!」
俺はみんなを止める。
二人の賊が立ち止った。ばれたか!?
いや警戒と退路の確保の人員らしい。そのまま立ち止まっている。
「背後の警戒人員らしき奴が二人残った」
「こっちへ逃げるのは当たってそうやな」
「だね。俺達はここで待ち伏せよう」
「はいな」
俺はアダマンタイトの盾とミスリルソードを抜き戦う準備をする。
アリーナも剣を抜き盾を構えた。
アンドロメダとシーダは弓を背中から取り矢を確認している。
俺は索敵を怠らず警戒を続ける。
何っ!?
俺達の背後に気配を感じた。
盾を構えて振り返る。
かっちゃんも反応した。
ガキィン!盾を持つ左腕に衝撃が伝わる。
何かの攻撃を防げた。
「敵だ」
俺は仲間たちに聞こえる程度の声で警戒を促す。
黒装束なのか敵の姿を確認し辛い。
ここまで近寄らせてしまうとは……気配を消せるのか。
自分が出来るのだから他の人も出来てもおかしくないが、俺は動揺を隠し切れない。
「うちがやる」
かっちゃんが襲撃者の対応を買って出た。
相手の強さは判らないが一人で襲ってくる様な奴だ、弱いとは思えない。
少なくとも気功術には長けている。
かっちゃんは夜目も利くし何とかしてくれるだろう。
「判った」
不味いな。こいつも賊の一味だろうか……既に村の襲撃組にも俺達の存在を伝えられているかも知れない。
かっちゃんと黒い襲撃者の戦いが始まった。
珍しくかっちゃんが接近戦をしている。結界魔法も混ぜている独特の格闘戦だ。
村を襲う賊に魔力を気付かせないために攻撃魔法を使わないのだろうか?良く解らないが理由があるのだろう。
「俺達はここを離れるぞ」
かっちゃんに手助けはいらない。
俺達は俺達の仕事をせねば。
俺達は暗い森を進む。
「アンドロメダ、シーダ、あの退路を確保している賊の二人組を矢で仕留めてくれ」
かっちゃんが攻撃魔法を使わなかったから俺達も使わない戦法でいく。
「任せろ」
「はい」
アンドロメダとシーダは弓に矢を番えて賊を狙う。
彼女達もかっちゃんほどではないが俺よりは夜目が利く。
シャッ!二人の放った矢が退路を確保している賊の二人組を襲う。
ドシャッ!退路を確保していた賊二人組は喉に矢を喰らい倒れこんだ。
アンドロメダとシーダは矢を放った後で距離を詰めていた。
一射では倒せないと解っていたのか……賊はそれなりの防具で身を固めていたに違いない。
アンドロメダとシーダはそれぞれ射た相手に止めを刺している。
二人組の賊は揃いの防具ではないが鉄の胸当てに鉄の兜を装備していた。
「かっちゃんが相手をしている奴から村を襲撃している賊へ俺達の存在について連絡が行っているかも知れない。俺達も村へ向かおう」
「我らはラミアの賊狙い変えなくても良いな?」
「おう。それは予定通りだ」
俺達は村へ近づく。
そして村の方から悲鳴や怒声が聞こえて来た。
微かな金属音も聞こえ戦っている気配がある。
あのドワーフ戦士達だけでも十分対応出来ると思うが、ちゃんと起きていたんだろうか?まさか酒なんて呑んでいないだろうな……ドワーフだから心配だ。
「村でも戦っているな。戦闘状態に入っているなら俺達に気付いていても問題はない」
「ああ」
「ここで迎え撃つの?」
シーダが俺に問う。
「俺達が村に近づいて賊と間違われても不味いか……ここで待とう」
「トシちゃん、もう魔法で戦っていいのー?」
俺がさっき言った敵に気付かれても良いという発言を受けての言葉かな。なっちゃんが聞いてくる。
「いいぞ。もうばれても構わない」
「それなら、かっちゃんの援護に行っても良い?」
「ああ、かっちゃんの手助けに行ってくれ」
「はーい」
なっちゃんがかっちゃんの戦っている方へ向かって行った。
なっちゃんが援護に行って魔法を使えば、かっちゃんも状況を把握してくれるだろう。
もう俺達の存在を隠す必要が無いと。
「誰かこっちへ向かって来る。俺が対応するから一応気配を消してくれ。俺がやれと言ったら戦え」
「「「はい」」」
俺は村から俺達の方へ向かってくる気配を捉えた。十人か。残りの奴はどうなっているか判らないが、これならやれる。
アリーナ、アンドロメダ、シーダは俺の言葉通りに気配を小さくした。
俺はそこそこの気配で普通に立って向かって来る者達を待つ。
「終わったのか?」
俺は暗い森の中を走って来た者達に声を掛ける。
俺を退路を確保している者だと思っているのか、わりと近くまで来てくれた。
「ああ、強い奴らがいて収穫は少ないがな。逃げるぞ」
「やれ!」
俺はアリーナ達に向けて声を掛けつつ話していた賊に襲い掛かる。
嫌な手ごたえとともに放していた賊が倒れる。
シャッ!ドシャッ!音だけだがアンドロメダとシーダが矢を放っているのだろう。
俺は敵の中に突入する。
敵が混乱している今がチャンスだ。
逃げを打たれると面倒だ。
盾で殴りつけ、剣を振るう。
シャッ!逃げる奴を矢が襲っているな。
上手くやってくれている。アンドロメダとシーダに感謝だ。
ガキィン!盾での戦闘音も聞こえるからアリーナも前に出ているのだろう。
ザシュッ!俺は十人いた賊の最後の一人を切った。その直後パシュッ!軽い音と共に俺の腕に異変が起こった。
右腕の感覚がない?まさか……石化魔法か!?
シュッ!動揺している俺に矢の追撃が来ていた。
体を捻って避けようとしたが避けきれなかった。
右の太腿に突き刺さる矢。太腿は動きやすさを重視して革で補強していただけだったのが裏目に出た。
俺は直ぐに木を盾にして座り込む。
「アンドロメダ、石化魔法を喰らっちまった!」
俺は状況を伝える。
事前に聞いていなかったらこうはいかなかったな。
そう言っている間にもパキパキと音を立てて動かない部分が増えていく……怖いぞこれ。
俺は矢を引き抜く。矢じりに肉が着いている気がするが暗くて見えないのが幸いした。毒のおそれもあるので毒消しをマジックバッグから取り出そうとするが、左手だけだと出しにくい。
何とか毒消しを患部に半分掛けて、半分は飲んだ。
どちらでも効果があると聞いている。
とても苦くて不味い代物だった。
石化はなんともならないので、太腿の治療に入る。
「シーダ!トシに石化の解除を!」
そう言ったアンドロメダは俺のいる方でない所へ動いた。
ラミアの賊がいる方なのか。
アリーナもそっちへ向かった。
「ちょっと待ってね」
俺の所へ来てくれたシーダが言う。
既に俺の肩まで動かなくなっていた。
やはり俺の魔法抵抗がないせいで進行が速い。
何やらブツブツ言っているシーダ。
シーダが俺の腕に触れる。
そして妙な温かさを感じた。さっきまでパキパキいっていた音がしなくなった。
左手で右腕に触れてみるがカッチコチのままだ。
自分の腕なのに触られている感覚がない。
解除してもらえると解っているから良いが、対抗手段がない人の場合発狂モノだな。
少しづつ左腕の感覚が戻って来た。
良かった……シーダのおかげで治りそうだ。!?また村から賊の気配が五人分逃げてくる。
「アリーナ!また村から五人逃げてくる。中に強い奴が混じっているから戦うな。アンドロメダの補助に徹しろ」
俺はアリーナに向かって声を上げる。
「解りました!」
アリーナの返事が聞こえた。
俺が戦えたら何とかなる相手なのに……まだ治らないか?俺は焦る気持ちを抑える。
「トシ、もう少しです」
「頼む」
既に肩は動くようになっていた。
もうすぐそこまで賊が逃げて来ている。
俺達が誰かは知らないだろうが、存在自体はばれているに違いない。強い奴ってのは気配も読める奴が多いからな。
ましてやアリーナとアンドロメダがラミアの賊と戦っているからな。
賊の後ろからはドワーフの戦士達が追って来ていない……足が遅いから無駄だと言うことか。
足りない賊は彼らドワーフに倒されたな。
まだ石化の解除が終わっていないが村から逃げて来た賊が俺達の側に来た。
俺達を警戒しながら賊は北へ向かって走り去っていった。
ラミアの賊を足止め出来ている現状では無理に追う必要もない。
まだ走れるほどの回復もしてないしな。
太腿の怪我を負ったまま戦わなくて済んだのは正直助かった。
そして俺の右腕が復活した。
太腿の方も歩けるくらいにはなった。
毒の心配もなさそうだ。
「シーダ、ありがとう」
「もう大丈夫よ」
「アンドロメダの所へ行こう」
「はい」
俺とシーダは未だ戦っているアンドロメダの所へ向かう。
「ヒッコリー……」
アオンドロメダの相手を見てシーダが呟く。やはり知り合いらしい。
「シーダも行きなよ」
「はい」
「アリーナ、戻って来い」
シーダとアリーナを交代させる。
何となくラミアだけで決着させた方が良い気がした。
「これで終わりですかね?」
「ああ。賊の隊長らしき奴は逃げたしな」
シーダが参戦した事によりラミア同士の戦いは直ぐに決着が着いた。
石化魔法の対応手段がある者同士であり、実力も拮抗していたので数の多い方が勝つのは道理だ。
アンドロメダがラミアの賊……ヒッコリーとかいう人を抑え込んでいる。
「正気を保っているのかな?」
「ダメね。我らの事も解らないみたい……」
シーダが低く落ち込んだ声で返事をする。
「ヒッコリー……」
アンドロメダも悲しげだ。
捕縛したのは良いけど、どうやってギルスア王国のアッツさんの所まで連れて行こう……考えていなかった。
また石化魔法を掛けられたら堪ったものではない。
かっちゃんに知恵を貸してもらおう。
って、かっちゃん達はどうなった!?石化が衝撃的過ぎて忘れていた。
ロープでヒッコリーを縛り上げ、アンドロメダがヒッコリーを背負って移動する。
「かっちゃんとなっちゃんは無事みたいだ」
俺は二人の気配を確認してホッとする。
黒い襲撃者の気配は感じない。
「トシ、終わったで」
「終わったー」
俺達がかっちゃん達の元へたどり着くと、かっちゃんの足元に黒装束の男が倒れていた。
「お疲れ様。俺達も隊長格は逃がしたけど目的は果たした」
「何とかなったかぁ」
「うん。俺は右腕を石化魔法で硬直させられたよ。敵のままのラミアを、どうやってアッツさんの所まで運んだら良いと思う?」
「石化魔法を喰らったんか?どんな感じやった?」
俺の心配より魔法の興味かい!今は無事なのを見て言ってるんだろうけどさ。
「右腕の辺りで軽い音がしたと思ったら腕の感覚がなくなってた。で、パキパキ音を立てて硬直部分が肩まで行ったよ」
「ほー」
「俺だと全身まで硬直が進行してたかも……」
「強力な代物やなぁ」
「治してもらえるって解っていても怖かったよ」
あれは怖いものだ、自分の体が自分で動かせないってのは思った以上に怖い。意識があるのが恨めしいくらいだった。いっそ気を失っていたかった。
そういえばアーマーリザードの小手を着けていたのに、その下の腕が硬直してたって事は防具では防げないんだな。怖すぎる。
「敵のままのラミアの連行なぁ……」
かっちゃんはスルーしたと思われた話題に戻っていた。
「我らはこういう状況が初めてなので、良い手段が思いつかない」
「そうねぇ」
アンドロメダ達も打つ手がない様だ。
「強制魔力排出のマジックアイテムでもあればなぁ」
かっちゃんが言う。言葉のまんまの効果なんだろうね。
でもそんな物は持っていない。
「魔法屋に行けば売ってるのかな?」
「国で一つも持ってないやろな」
激レアでした。ダメじゃん。
「アンドロメダに連れて行ってもらおう」
俺は投げやりに言う。
「良かろう」
「途中で代わったげるわよぉ」
彼女達は真面目に俺の言葉を受け取った。
実際石化魔法への対抗も出来るし適役ではあるんだけどさ。
「明日の朝に倒した賊を冒険者ギルドへ引き渡そう」
「はいな」
「ソリを作って運ぶのは手伝うから、冒険者ギルドの手続きはかっちゃんとアリーナに任せる」
「ええで」
「はい」
そして俺達は賊の側で一夜を過ごした。
俺は逃げた賊への警戒も怠らずに寝ずの番だ。
太腿を完治させるために気功術を使う。
明るくなったら賊の持ち物を調べてみよう。
賊の正体が判る物があれば良いのだが……。
戦闘で昂ぶった気持ちを抑えながら暗い森の夜を過ごす俺だった。