人々
130
ヤマトとミズホは今日も元気に駆けまわっている。
生まれてから一か月半経っている。
体重は軽いが両手でやっと持てるくらいの体長だ。
最近ようやくミナモのおっぱい以外も食事として食べるようになってきました。とはいえゴンタ達みたいに魔物の肉をそのまま食べたりは出来ないようです。
花ちゃんが用意した粥と細切れの肉を食べています。
ヤマトとミズホの最近のお気に入りは骨です。
魔物の骨をガジガジ齧っていますね。
ゴンタの配下である狼軍団も子供達会いに来た。
彼らの言葉は解らないが、若!お嬢!って感じだった。
ミナモは早く子供達を鍛えたいようで森や山の近くまで連れて行っている。
もちろんゴンタも一緒にだ。
俺は犬の育て方しか記憶にない。ヤマトとミズホは犬……狼?いや魔物でもある子供達だ。俺の知識は役に立たないだろう。
「ゴンタとミナモが子育てで忙しそうだし、俺はバッキンの店に行ってくるよ」
俺はコロコロ転がるように走り回っているヤマトとミズホを見て言う。
そろそろ塩の在庫が怪しくなっているはずだ。
こればかりは他の人では何ともならない。
ヤマトとミズホを見ていたいけど仕方あるまい。
「しゃーないなぁ。着いてったるわ」
かっちゃんはヤマトとミズホの様子も気になるようだが、俺に着いて来てくれるらしい。
「私はヤマトちゃんと、ミズホちゃんを見守るのー」
なっちゃんは、ヤマトとミズホのお姉ちゃんのつもりらしい。
「私も残っていいですか?今が可愛い盛りなのです!」
アリーナが握りこぶしで力説してくる。
「……我らはトシに着いて行こう」
「えっ!?私もですかぁ?」
「当然だ」
「私も子供達の観察をしないと……」
珍しくアンドロメダとシーダの意見が食い違っている。
いつもアンドロメダが意見をして、シーダが同意する事が多いもんな。
「俺とかっちゃんで行ってくる。そのうち一緒にバッキンへ行こうな。今回はヤマトとミズホを見ててよ」
「そうか……トシがそう言うなら仕方ないな」
「そうですねぇ」
アンドロメダ、シーダ、少しは表情を隠そうよ。仕方ないって顔じゃないぞ?満面の笑みだ。
アンドロメダは軍人っぽいからな。俺を隊長として付き従うのを当然と思ってそうだ。
ここはラミアの里じゃないから自由にしていて欲しい。
「花ちゃん、みんなを頼むよ」
「わたくしにお任せを」
小さいけど頼りになる花ちゃんだ。
「ゴンタ!俺とかっちゃんはバッキンの店へ行ってくる。留守番は頼むぞ!」
わうー
俺とかっちゃんはゴンタ達に手を振って出発する。
今回は馬達も平原で走ってもらう。
土間がゴンタ一家に占拠されたので、風呂の側に厩舎を増設して住んでもらっている。
馬達とヤマト、ミズホは仲が良い。
最初は大きなバクシンオーを見て恐る恐る近づいていたミズホだったが今では平気になっている。
ヤマトは最初からズンズン近づいていたね。
それぞれ鼻面を突き合わせて匂いを嗅ぎあっていた。
微笑ましい光景だったね。
花ちゃんの屋敷とバッキンの行き来も慣れたものだ。
道中で襲ってきた魔物は、かっちゃんが殲滅していった。
花ちゃんの屋敷周辺は獣型魔物かゴブリンくらいしかでないので大した脅威ではない。あれ……なっちゃんが倒したアーマーリザードって何で近くにいたんだ?巣とか出来ていたりするんじゃないだろうな。今度戻ったら再度探索をしてみよう。
俺は馬達の守りに徹していた。バクシンオーも頑丈で弱くはない。しかしなるべく戦わせたくない。
翌日には船を『錬成』で作り海を渡った。あぁ、船を動かすのにかっちゃんか、なっちゃんが必要だから、かっちゃんが着いてきてくれたのか。すまん。
なっちゃんがヤマトとミズホから離れたがらないのを見越して先に着いてくるって言ってくれたのだろう。
かっちゃんは船旅が嫌いなのに申し訳ない。
かっちゃんの船旅嫌いを考えると、いっそ店をビアンカとデイジーに譲ろうかという気持ちにもなる。でも俺は人の生活している場所も好きなんだよね。
ヒミコ達に会って話すのも楽しい。
やはり俺達の事情を知っているヒミコ達は話がしやすい。
そういえばヒミコもゴンタが大好きだったな……ヤマトとミズホの事を教えたら狂喜乱舞しそうだ。
そのうちヤマトとミズホも旅に同行出来るだろうから、ヒミコと合わせる事も出来るだろう。
バクシンオーとカエデは森に沿った街道を気持ちよさそうに走っている。
花ちゃんの屋敷周辺でも軽く走っているのだが、起伏があり直線が少ないから思いっきり走ってはいなかったのだろう。
彼らの気の済むまで走らせてやった。
気が済むというかバッキンの港へ着いてしまったんだけどな。
バッキンの店は直行せず、塩の作成を先にするのだ。
かっちゃんを無理やり連れてきてしまったという思いが強かったので、労いの意味も込めて魚料理と酒を楽しんでいてもらう。
花ちゃんの屋敷は居心地が良いが、海まで一日掛るので毎日新鮮な魚を食べられないのが残念だと、かっちゃんも言っていたからね。
ここなら思う存分食べられる。
俺は馬達を連れて人気のない岩場の海岸へ行き、『錬成』で塩を納める箱と塩を大量に作った。
岩場に座り込み足を海に付けて手から塩は出した。体の一部が対象に触れていれば良いので手でなくともいいのだ。
マジックバッグいっぱいに作ったので半年は持つだろう。
いつもより時間が掛ったが頑張った。
夕日が目前で沈んでいく。
橙色の空と日に染まった雲が美しい。そして穏やかな波音も心を落ち着かせてくれる。
なんか一人になったのは久しぶりかも……こういう時間も悪くない。
足で海面をチャプチャプと蹴る。
「かっちゃん、お待たせ」
「遅いでぇ」
酒場で昼から呑んでいたかっちゃんの周りには漁師や商人が溢れていた、
なんか仲良さそうに呑んでいる。
「ちょっと頑張ったからさ」
「まぁええわ。トシも呑もうや」
かっちゃんは上機嫌でエールを進めて来た。
俺も嫌いではないので椅子に座りカップを受け取って一気に飲み干した。
ここの所、上等な酒ばかり呑んでいたので雑味が多く感じられたが体に水分が沁み渡っていくようだ。
「あんちゃん、良い呑みっぷりだ!もう一杯いけ」
漁師風のおっさんが素焼きの瓶から俺のカップにエールを注いでくる。
「どもども」
俺は適当に返事をする。知らない人は苦手かも。
かっちゃんは物怖じしないし、こういう人付き合いが上手いんだよね。
かっちゃんも楽しそうに隣にいる商人風のおっさんとカップを傾けている。
ケットシーは旅をする種族だからな……花ちゃんの屋敷が居心地が良いのは間違いないが、こういうのも同じくらい好きなんだろう。
その日の内にバッキンの店へ着くことはなかった。
結局そのまま呑んで港で宿を取ったのだ。
「帰ったぞー」
「帰ったでー」
翌日の午前中にバッキンの店に戻った俺達が店先で声を上げる。
「お帰りなさい!」
店の中にいたデイジーが迎えてくれる。
子供も一人いる。孤児院から来ている店員ってやつだな。
馬達を店の裏に連れて行ってから、居間で旅装を解く。
「お姉ちゃんは配達に出ています」
「デイジー、お疲れさん。俺達がいない間に困ったことはあったか?」
デイジーも店を子供に任せて居間へ来たので労う。
「ええっと……はい」
デイジーは言いにくそうにしていた。何かあったらしい。
「む。何があった?」
「毎日店に来て塩を大量に売れと言う人達がいるんです。トシさんの方針で一度の取引では一店舗に一箱の塩という事になっていますからと断ってはいるんですけど……」
転売とかされても気分が悪いから、そういう決まりにしてあった。
交じり物のないうちの塩の需要があるとは思っていたが、ついにそういう奴が出て来たか。
普通なら売ってやれば良いのだろうが、うちの塩は出所が特殊だからな。
そういうのを探る奴が出てくるのは困る。
「うちの塩は特別な塩やからなぁ。今度そういうのが来たら教えてーな」
「そうだな。俺達で処理するさ」
「はい!お願いします」
ほっとした表情になったデイジーは店へ戻っていった。
「いつかうちの塩の事で問題が起きるとは思っていた」
「食用としては上等な代物やからね」
「今のところ力づくとか無理やりって訳でもなさそうだからヒミコも対応出来なかったんだろうね」
「そうやな」
かっちゃんも店の様子を見て同意してくれる。
「商人だろうけど、どうしたもんかな……」
「ガツンとやって今後の憂いをなくしたいとこやけど……」
俺達の頭を悩ませるのは、俺達がいない間の店員達の安全だ。
俺達の強さを見せるのは簡単だ。
しかし店員や店への直接的でない嫌がらせとかは防ぎきれないだろう。
「わりと理性ある相手のようだし会ってみるしかないか」
「店の現状を見る限りまともな商人っぽいな」
「ただの交渉なら穏便に済まそうか」
「いっそ大量に売ってやるってのはどうや?」
かっちゃんが冗談っぽく俺に言う。
「屋敷が埋まるほど売ってやるか……ちょっと面白いかも」
「真顔で返すなや」
「塩が少ないから価値が出てしまう。大量に流通させれば問題はなくなるなと思ってさ」
俺も冗談で返したつもりだったが、実際出来るなら良い考えかも?と思えて来た。
「むぅ……」
かっちゃんも真面目に考え込んでいる。
「まぁ、相手次第だね」
「それはそうやな」
対策はいくつか考えておこう。
「お帰りなさいませ!」
ビアンカが尻尾をフリフリ居間へ飛び込んで来た。
「おう、ただいま」
「帰ったでー」
「デイジーから塩の件は聞いた。俺達で処理するから店の方はよろしくな」
「はい!」
「ビアンカ、デイジー、これはお土産や。子供達にも分けてやり」
「かっちゃん、ありがとうございます!」
かっちゃんが果物を干した物と蜂蜜飴をビアンカに渡している。
かっちゃんとビアンカで雑談が始まったので、俺は地下の倉庫へ塩を置きに行く。
マジックバッグを使っているので見た目以上に在庫が置ける。とはいえ半年分の塩を置くと身動きが取れなくなりそうだ。
仕方がない店先へ少し置いておくか。
「デイジー、塩の在庫が倉庫に入りきらなかったから店にも置いておくぞ」
「はい。ってそんなに一杯持って来たんですか?」
「おう。半年分はあるはずだ」
「凄いですね!在庫があるのは心強いです」
「焦って売らなくてもいいからな?うちの商売は特殊なんだからさ」
「はい。子供達にも、のんびり店の仕事がやれると好評ですよ」
「ああ、それで良い。うちはそういう店だ」
「はい!」
デイジーもそんなうちの店が気に入っているのか嬉しそうにしている。
嬉しいときに尻尾をフリフリするのは犬族の特徴なのかね?判りやすくていいけどさ。ボリュームのある毛が可愛いし。
問題の商人は午前中に来るらしく、帰った日には来なかった。
夕飯には港で買って来た魚を凍らせて持ってきたので刺身がメインでした。
かっちゃんが幸せそうでしたね。
ビアンカとデイジーも問題なく食べていました。
赤身の濃厚な味わいと白身の淡泊な味わいは甲乙付け難い。
プリプリとした弾力も堪りません。まだ改良の余地はあるものの醤油を作って良かった。
薬味は葱くらいだから、口の中をさっぱりさせる薬味が欲しいかな。
人の多い町も花ちゃんの屋敷とは違う魅力がある。昨日の港町から続いてそう思った。