種族問題
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「ダメじゃ」
俺達はアンドロメダの家で一泊させてもらった翌日に、里長の屋敷を訪問していた。
アンドロメダとシーダが俺に着いてくる件の許可を貰うためだ。
そして里長であるベイローレルから許可は下りなかった。
ラミアの里長はお婆さんだった。
上品そうな感じのお婆さんである。地面に着くほど髪の毛が長い。
里長の両脇に槍を持った護衛らしきラミアもいる。
「里長!何故ですか!?我らがいなくても里の防衛に大きな差はでないと思いますが」
アンドロメダが里長に聞く。
「そうですよ。今は里周辺の警戒以外の仕事はなかったじゃないですかぁ」
シーダもアンドロメダの援護に出た。
「外へ出た里の者が賊として暴れているとの報告が来ておる。もう里の者を外へ出すつもりはない」
里長がアンドロメダとシーダに強い意志を感じさせる声で言った。
里長の言葉を聞きシーダの顔色が変わった。
「まさかヒッコリーですか?」
シーダは真剣な顔付きで里長に問う。
ヒッコリーって誰だろう?シーダの大事な人っぽいけど。
シーダの隣にいるアンドロメダが心配そうな顔でシーダを見ている。
「誰かまでは報告が来ていない。賊がある村を襲った後に石化された人達が残されていたというのじゃ」
部屋にいるラミア達全てから重い雰囲気が伝わってくる……石化ならラミアなんだろうな。
誰かまでということは複数のラミアが里の外にいるのか。
「石化だけならコカトリスやバジリスクという可能性もあるのではないですか?」
アンドロメダが里長に聞く。
コカトリスって敵を石化させる能力があるって鶏っぽい魔物だっけか。石化ブレスだったかな。
バジリスクは蛇っぽいやつだっけか。
そういう魔物がこの世界にいるのならばあり得そうだ。
「生き残った村人が賊のうちの一人の下半身は蛇だったと言ったそうじゃ」
「「「「……」」」」
言いにくそうにしていた里長が答えると再び部屋にいるラミア達が黙り込んだ。
少数の種族の誰かが何かをすると種族全体のイメージになりがちだからな。
外で活動しているラミアが少ないのならば尚更だ。
「ならば我らの部隊を派遣してください!どこでしょうか?確認してまいります」
「お願いします!里長」
すでに俺に着いてくる話どころでは無くなったようだ。
仕方のない話ではある。
賊と聞くとイチルアと《闘族》が連想されるな。
「ならん。既に外部へ依頼した」
「そんなっ!」
「我らの問題ではありませんか!?」
里長の言葉に反応するアンドロメダとシーダ。
ラミアは誇り高い種族なのであろう、自分達の手で解決すべきだと主張するシーダ。
「何が起こっているか解らん。お前たちまでが賊にされる可能性すらあるじゃろう」
「……」
ラミア自身の意志で賊として暴れている訳ではないと言っているようだ。
何か確信があるのだろうか?
ただ身内がそんな事をするはずが無いという話かも知れない。
「精神汚染など操られている可能性があるのですか?」
俺はつい口を出してしまった。
「トシじゃったな。その可能性が高いと思っておる」
里長が俺に視線を向けて答えてくれる。
「何故ですか?」
「我らは他の種族の男の協力なくしては成り立たない種族じゃ。それを知らないラミアの大人はおらん」
「なるほど……」
確かに悪評が立てば協力してくれる男は更に減るだろう。
納得できる話ではある。
「ランク0の冒険者へ依頼したから、事件の解決も時間の問題であろう」
「そうですか……」
シーダが力なく呟いた。
「じゃからお前達が外へ行くのは許さん」
「ギルスア王国内でもダメですか?」
アンドロメダが条件を付けて交渉する。
種族全体の問題が出た今なのに、まだ俺に着いてくるというのか!?
里長がアンドロメダと俺達を見る。
観察されて居心地が悪い。
「ふむ……良かろう」
「ありがとうございます!」
アンドロメダが嬉しそうに里長へ礼を言う。
まさか里長から許可が出るとは思わなかった。
「うちらは遺跡に潜るつもりなんよ」
「問題はない」
かっちゃんに対して言い切る里長。
アンドロメダ達の実力を信用しているのか、遺跡だからなのかは解らない。
俺達の事も何故か疑っていないようだ。
ケットシーのかっちゃんが居るからかなぁ?種族の問題でいえばケットシーも少数だしな。
最初はアンドロメダの同行を渋っていた俺だが、今となっては彼女達に着いてきて欲しいと思っている。
どういう気持ちの変化なのか自分でも良く解らない。
「ついでに賊についての情報収集もするようにな」
「はい!」
「もちろんです!」
アンドロメダとシーダが里長へ良い返事をする。
他人事ではないのだな。
外に出ているラミアは少ないようだし、目立つから情報も集まりやすいかも知れないね。
俺達も出来る限り協力しよう。
「賊が襲った村はドワーフ領に近いドーツ王国の鉱山にある村じゃ」
「遠いですね」
「目的は金属だったのでしょうか?」
「金属類も含む金目の物全てが持ち去られたようじゃの」
「何てことを……」
ドーツ王国ってドワーフ領の北だったな。
確かにここからは遠いね。
「もしラミアの石化魔法で石化された場合は元に戻す事は出来るのですか?」
「石化魔法が使えるラミアであれば全員解除出来るのぅ」
「そうですか。石化魔法を見せていただく事は出来ますか?」
「後遺症が出る事もあるぞ。自分で試しているかね?」
「う……止めておきましょう」
里長が怖い顔で脅してくる。上品なお婆さんだけに迫力がある。
ラミアの種族魔法は生物にしか効かないのかな?俺に掛ける前提だった。
石化状態から戻せるってのも想像出来ないけど、後遺症ってのも気になるな。
物質変化で石にするより筋肉の硬直かと密かに思っていたが、実際に石化魔法を見てみないと解らない。自分で試す気にはなれないけどね。
夜はアンドロメダの部隊員達と宴会をした。
アンドロメダとシーダの無事を祈る会であった。
ギルスアの港建設をしていた村で食べた屋台料理の話をしたら全て出て来た。
肉団子のトマト煮をパスタにして出してくれたりもした。
アリーナが大喜びで食べていたね。
湖の魚の塩焼きも美味しかった。
ラミア達はワインを良く呑んだ……それはもう呑んでいたね。
ラミアはドワーフ並の酒豪であったと知りましたとも。
好きな物へ掛ける情熱は凄い物で、ラミア特産のワインは美味しかった。
酸味を抑えて葡萄のフルーティさが前面に押し出されていた。
あとアルコールの度数が高い気がした。
そのワインで煮込まれた牛っぽい魔物の頬肉は格別だった。
肉は口の中でホロホロとほぐれ、それでいて肉汁とアルコールが飛んだワインの葡萄風味が混ざり合って極上の味に仕上がっていた。
アンドロメダ達はこれを特別な料理ではないと言っていた。ラミアは食通なのかも知れない。いつもの食卓へこれが登るなんて羨ましすぎるぜ。
宴会後は雑魚寝になっていた。
呑んで酔っ払って眠っている者達が続出していたのです。
「トシィ、もっとこっちへ来なさいよぉ」
「トシさぁん」
「もっと呑んでぇ」
「こっちの料理もどうぞ」
「あら、良い筋肉ね」
まだ眠っておらず、呑んでいるラミア達が怖かった。
ジリジリと俺に寄って来ていた。
普通なら俺も大喜びする状況であったが、相手がラミアではニヤニヤしていられない。
毒のある女が比喩ではないのだから……男が襲われそうになるラミアの里は怖い所です。
かっちゃんが俺を守ってくれたので助かりました。
よもやこんな所で結界魔法の出番があるとは思わなかったよ……。
にじり寄って来たラミア達の中にシーダがいたのはお約束であろうか。
アンドロメダはそれを見て笑って呑んでいた。笑い上戸らしい。
アリーナは酔いつぶれて寝ていた、しかもワインの瓶を抱えてね。カメラが有ったら写真に残してからかってやりたいくらいの格好だ。
今度かっちゃんに何かお礼をしないといけないな……。