展望
105
花ちゃんの屋敷での、のんびりした生活が続いていた。
ユーロックが去った後はヌートカ達山の民が花ちゃんの屋敷に現れる事はなかった。俺は湖の近くまで行って様子を伺ったがログハウスにヌートカ一家の気配を感じなかった。再び山の生活へ戻ったのであろう。
ヌートカからの謝罪の言葉を期待していなかったといったら嘘になる。彼ら一家と良き隣人になる事は出来なかったようだ。
ただログハウスから出て行っているので恥という概念はあるようだ。最低限ではあるが……。
バッキンの店へ塩の補充にも行った。
ビアンカもデイジーも問題なく店をやっていた。
ヒミコと話をして孤児院の子供達を順番に店で働かせている。
孤児院の子供達の将来の選択肢として商店勤めを入れたいとヒミコから要請があったためだ。うちはビアンカと姉妹という孤児院出身者が中心となって店の運営をしているので、孤児院の子供達にも働きやすい。
ビアンカ達と相談をして孤児院の子供達の役に立つなら多少の面倒は構わないという事で、子供達を店て働かせるようになった。
毎日二人の子供が店へ手伝いに来ている。
子供達の給金は塩で払うことになっている。
うちの塩の評判が良く、ヒミコは塩が欲しいというのでそうなった。
ギルスア王国の遺跡行きは、何だかんだで延期になっている。
主な理由は、花ちゃんだ。
花ちゃんの表情が豊かになり、俺達への敬語が減り打ち解けて来たためだ。
良い傾向だったので、つい花ちゃんから離れがたくなってしまったのです。
花ちゃんと楽しそうに遊んでいるなっちゃんも理由の一つだ。
彼女達には生涯の友になって欲しいからな。
そして時期の問題もあった。冬になってしまい、山での野営が厳しいのだ。
花ちゃんの屋敷でも数回雪が降った。積もるほどではなかったが陸路でも海路でも旅に適した時期ではない。
冬は長くはなかったが、それなりの寒さであった。最近は暖かくなってきている。もう春なのであろうか……判りにくい。こちらの世界へ来てまだ一年目だから仕方がないか。
かっちゃんとなっちゃんの魔法修行も進んだらしい。
かっちゃんが言うには、なっちゃんがかっちゃんに並べるほどの魔法使いに育ったそうだ。
ずば抜けた魔力により訓練が楽だったとの事。
先に魔法のイメージを掴んでいるかっちゃん先生の存在が一番大きかっただろうけどね。水の魔法は、かっちゃんとなっちゃんの共通だから特に魔法開発が進んだとも言っていた。
氷の魔法の応用が今の課題らしい。
雷の魔法は難しいらしく、なっちゃんでも習得できていない。
かっちゃんもスタンガンレベルから先へは進めていないようだ。
ゴンタとミナモは花ちゃんの屋敷周辺のボスの様な存在になっていた。
いつも花ちゃんの屋敷の周りで遊びまわっていたけど、そんな事になっていたと俺はしばらく気づかなかった。
花ちゃんの屋敷には魔物が近寄らなくなったし、狼型魔物の配下が挨拶に来たりもした。
初めて花ちゃんの屋敷に狼型魔物達が挨拶に来た時は、ちょっとした騒動になった。
何せ三十以上の数で押し寄せて来たからね。
ゴンタの一吠えで俺達も狼型魔物も戦闘にならずにすんだ。
たまにバーベキューをして狼型魔物の歓迎をしている。
俺とアリーナは格闘と剣の修行をしていた。
アリーナは速度だけなら、俺に一歩及ばないが良い勝負相手になった。
素手での技術を身に着けたいとアリーナが言ったので、俺が格闘の先生をしている。
肘を起点とした円の動きが上手くなったね。
攻撃より回避に特化した格闘術を身に付けつつある。
気功術の修行もさせている。
俺達は気功術の習得に苦労はしなかったが、アリーナは苦戦している。
普通の人はこんなものなのかも知れない。
時間を掛ければ気を乗せた攻撃もできるようにはなっている。
気功術による気配察知はまだまだだね。視認したほうが早い距離しか察知できないようだ。
俺達の中では攻撃力に期待はしていないので、アリーナには人間社会で役に立つ隠密系の修行もさせている。
元々シーフの職業を持っていたので、忍者っぽくなって来た。
俺も魔物を狩りつつ『錬成』で花ちゃんの屋敷へ物を増やしていった。
服のボタンや、櫛といった身の回りの物から、バッキンの店に作った給水システムといった大掛かりな物も作った。花ちゃんの屋敷から川までは結構距離があり、かっちゃんやなっちゃんが水魔法で出し続けるのもどうなんだろう?と思って作った。
寒い間は花ちゃんの屋敷にいる時間も多くなっていたので、オセロといったボードゲームも作った。今ではなっちゃんのお気に入りの遊びとなっている。
残念ながら花ちゃんに負け越しているらしいけどね。
かっちゃんからの惜しみない賞賛を浴びた作成物がある。それは炬燵であった。
炬燵は熱を出すマジックアイテムを使ったのだが温度調節が出来ない代物だったので、如何に熱を抑えるのかが難しかった。水の中にマジックアイテムが入るようにして石で覆った。常にお湯も沸いているので花ちゃんが喜んでいた。炬燵の上部の天板に鍋が着いていると思ってくれればいいかな、火傷しないように格子状の木の枠で更に覆った。ご飯のときに鍋をそこにおくと保温もできて便利です。
しかし水の補充という仕事も増えた。
ゴンタとミナモに鳥の魔物を狩ってもらい羽毛を集めて炬燵布団も作った。
寒い間は、かっちゃんは炬燵から離れたがらなかったね。
なにをするにも炬燵でというのが基本になっていた。
おれも喜んでもらえて嬉しかったよ。
かなり物を作ったが『錬成』スキルは上がっていない。
特殊な素材を使わないと効率が悪いのかもしれない。
「そろそろギルスア王国の遺跡へ行こうか」
俺は朝飯を食べて食休みをしている時に、みんなへギルスア王国行きを提案した。各自の修行も進んだし、寒さもやわらぎ野営も出来る時期になって来たからだ。
花ちゃんの屋敷周辺でも花が咲き出した。
フキノトウの様な山菜も見かけた。
これは春になっているだろう。
「そうやな……そうしよか」
かっちゃんが一番ギルスア王国へ行きたがっていたが、ちょっと考えてから答えた。
即答しない辺り、かっちゃんも花ちゃんの事が気になっているようだ。
わう
わふ
わうー
「そうなんか!おめでとさん」
「何?」
かっちゃんがゴンタとミナモにお祝いを伝えている。
「ゴンタとミナモの子供が出来たんや。ミナモが体の変調に気づいて、ゴンタもミナモからミナモでない気配を察知したんやと」
わうー
わふ
「なんと!?お、おめでとう」
わう
俺はかなり驚いた。
ゴンタは照れくさそうにして俺にも吠えた。
いつも山や森へ遊びにいってるし、仲は良さそうだなと思っていたが、そこまで行っていたとは……。
俺もミナモの気配を読んでみる。
断言できるほどの気配は解らないがミナモの気配の中にモヤッとしてぼやけた感じがする。これかなぁ。
「ゴンタちゃん、ミナモちゃん、おめでとう!」
「おめでとうございます!生まれてくるのが楽しみです、きっと可愛い仔でしょうね」
「おめでとうございます」
なっちゃん、花ちゃん、アリーナもお祝いの言葉をゴンタとミナモへ言う。
ヒミコの初代から一族が続いていると聞いたから、こっちの世界で子孫も残せる事は可能性が高いと思っていた。
ゴンタの子供かぁ。可愛くて強い子が生まれそうだな。
俺はニヤニヤしてしまう。
「そしたら、ゴンタとミナモは花ちゃんの屋敷で留守番やなぁ」
あぁ、そうだな。引き離すわけにもいくまい。
わうー
わふー
「そうやな。ええ子を生んでくれな」
「花ちゃん、ゴンタとミナモをよろしく頼むよ」
「はい。わたくしにお任せを」
「うぅ、私もゴンタちゃんとミナモちゃんの子供が生まれるところを見たいのー」
俺とかっちゃんは顔を見合わせる。
時期的には子供が生まれる前には帰ってこれると思うけど……。
かっちゃんが俺に頷いて見せた。
そうか戦力は下がるが、その方が良さそうだ。
いっそギルスア王国行きを更に延期させてもいいけど、かっちゃんと話すか。
「かっちゃん、ギルスア王国行きを更に延期する?」
「うちは行きたいなぁ。なっちゃんは花ちゃんの屋敷で留守番しててもええで」
「よし俺達は行こうか。なっちゃんは、花ちゃんと一緒にゴンタとミナモを見守ってあげてね」
「……うん。頑張る」
「なっちゃん、一緒にミナモのお手伝いをしようね」
「うん」
ゴンタとミナモの子供が生まれる所を見たいと言ったなっちゃんだが、いざ残っていいと言われて微妙な表情になった。
俺達と離れるのが嫌だと思ってくれているなら嬉しいかな。
それでも自分で判断できる様になっているのは成長だな。
なっちゃんの様子にかっちゃんも気づいている。
かっちゃんは嬉しそうな顔にも見えるし、寂しそうな顔にも見える。
今回のギルスア王国の遺跡行きは、俺、かっちゃん、アリーナの三人になった。
たぶんだけど俺とかっちゃんはランク1くらいの戦力になっていると思う。かっちゃんは元々それくらいは強かったけどね。
アリーナもランク3か4はあるだろう。
俺は強い奴相手でも一対一なら勝負になる秘策も出来た。
《闘族》でもヴァンパイアでも集団で来ない限りやりあえる……はずだ。
かっちゃんは結界魔法があるから、かっちゃんだけなら問題はない。
その夜は宴会でした。
狼型魔物達も集まって来たのでバーベキューになった。
狼達の話は解らないが、おやびんおめでとうございます!姐さんおめでとうございます!とか言ってるんだろうな。
ゴンタとミナモの子供かぁ、楽しみだな。無事に生まれて欲しい。
ギルスア王国で良いお土産を探そう。
俺の死ねない理由がまた一つ出来た。