06「遠足の前日」
06「遠足の前日」
昨日の話をヴィロサにしたら、重要な情報を得られないまま
『忘れてたわ…美味しい紅茶の入れ方を教えてあげなきゃね』と
「執事=紅茶を入れるのが上手くなければイケナイ」と、言う
誰が決めたか分からないルールの元に
僕は、バイト先に来たら必ず
「紅茶を入れる」事を強要される事になってしまった。
「執事設定は何処から来た?何でこんな事になってくんだ?」
って、僕の疑問を無視して
こうやって、僕の「執事」への道が開かれて行くのだが
それはもう、余談でしかない事なので隅っこの方に置いておいて…
『そうだ…ヴィロサ!明日の休みは、学校の遠足に行く為だから
呼び出そうと思っても僕は来れないからね』
僕は一応、僕の明日の休みの確認をしておきたくて言った…
のだが・・・
『は?高校生なのに遠足なの?遠足って小学生が行くやつでしょ?』
ヴィロサが、驚いた様子で怪訝そうな顔を見せ
『遠足?春兎ちゃん明日…何処まで遠足に行くの?』と
ヴォルヴァタが、僕の入れた紅茶を零す勢いで詰め寄ってきた
どうやら、ヴィロサとヴォルヴァタの脅しに負けて
キノコの雑貨屋「このこどこのこきのこなこのこ」の
アルバイト店員として、ヴィロサに強引に雇われてしまった日に話した
僕にとって「都合の悪い」休みたい日を僕が伝えた時の事を
2人共、本気ですっかり忘れてしまっているらしい
2人に、不必要な興味を持たせてしまった事を不覚に思いながら僕は
ヴィロサとヴォルヴァタの疑問を一度に解決する事ができる
学校からの配布物を…
学校に持って行っている僕の鞄から引張り出して
今日もヴィロサが出現させた、キノコな机の上に黙ってそっと置いた。
『あぁ!キノコ狩り遠足なんだぁ~…春兎ちゃん良かったね
「キノコ専門ネゴシエイター」の能力が役に立つかもしれないよ!』
『あはは…ヴォルヴァタ?それ本気で言ってる?
僕…食用キノコに友達処か、知り合いもいないんだけど』
「そもそも僕は、キノコを食べるのが苦手なんだがな…」
僕は「キノコ専門ネゴシエイター」とかって・・・
思春期の一定期間に起こりやすい
後々、暗黒の歴史として闇に屠りたくなる時期「中二病」か
「ネット発祥の用語」…
いつの間にか、永遠に引き摺り続ける不治の病「厨二病」にでも
片足突っ込んで、後悔してしまっている様に気恥ずかしく…
将来、過去を消したくなる様なそんな「痛さ」をヒシヒシと感じつつ
徐に、普段から持ち歩いている図鑑を開き…溜息を吐く
「食用キノコのキノコ娘も、そこにちゃんと存在している」
と、言うのに…この惨状って如何なモノか?
「もしかして食用キノコのキノコ娘は、僕を避けてでもいるのか?」
冗談抜きで本当に、一般的に食用として美味しく食べられている
食用のキノコのキノコ娘達とは、縁が無く…
遭遇したのも3人だけで、その内の2人とは相手に面識が無い
唯一、昨日…
言葉を掛けて下さった女王殿下「クイン・シルキー」ですら
図鑑の表示に「遭遇」のみ・・・
挿絵の下の方に表示される相手からの感情パラメーター
右に「好き」表示な5個のキノコ、左に「嫌い」表示な5個のキノコも
どちらとも色づく事は無く、初期位置の真中の点から
全く動いてはいないのであった。
ある意味で途方に暮れる、僕に話し掛けて来るのが
ヴォルヴァタからヴィロサに代わりまして
ヴィロサは、僕が鞄から引張り出した僕の学校からの配布物
印字された文字を数度、読み返し
『本当に遠足って書いてあるのね…って
この目的地の場所って、君の家の近所なんじゃない?』と、言った
「一山越えた向う側を近所ですと?」
僕はヴィロサの言葉に正直、驚き…図鑑を落としそうになった
『近所って…地図上では、確かに近所だけど
遠足の目的地も、現地集合の場所だって…かなり遠いんですよ?』
困惑する僕を余所に、ヴィロサは僕を笑い飛ばす
『真直ぐ行けばいいじゃない、直線で近いわよ?一駅よ!
第一、キノコに越えられる山を
人間の君が越えられない訳無いでしょ?イケルわよね?』
「何基準のどんな冗談だ?山の高低差は何処に消えた?」
僕は眉間に皺を寄せた
『もしかして、僕に山を越えて行けと?』
『大丈夫でしょ?君は男の子なんだから』
勿論、ぶっちゃけ山越えなんて無理な相談です。
良い子も、悪い子も・・・
山には危険な虫やら生き物、危険な場所があったりする事もあるので
ムヤミヤタラに踏み入らない事をお勧めします
但し、天保山とか・・・
山と呼んで良いのか不安になる山は、そこに含まない方向です。
ヴィロサが思い付きで放った言葉に、ヴォルヴァタが便乗する
『春兎ちゃんは人間で、遭難って言うのするかもしれないから
山を越えて行くのに、案内できるキノコの娘を紹介してあげるね』
「おいこら!マジでか?何故に山越えする方向になっているんだ?」
僕は、半眼でヴォルヴァタの話を聴かなさ加減にウンザリし
気を利かせたつもりでいるであろう、ヴォルヴァタを見るが…
僕からの意見も返答も待たずして
ヴォルヴァタは、手袋をしたまま画面に触れて操作し
自分のモコモコにデコった携帯電話で、誰かと連絡を取っていた
「もう、嫌な予感しかしないぞ…」
何故か、こう言う時の僕の勘だけは外れてくれる事は無いのが辛い
『お初さんちゃん山越えの案内OKだって
今、暇だから…初ちゃんと一緒に、春兎ちゃんに会いに来るよ!』
「他人様巻き込んで、山越え確定かよ!って
それより『お初さんちゃん』に『初ちゃん』って何者?」
『あら、良かったわね君…2人は食用キノコよ
これで、食べられるキノコのキノコ娘と御近付きになれるわね』
「山越えさせられる特典付きで、知り合いたくは無いけどな」
自分で言い出して、纏めるヴィロサを見て
僕はもう、笑うしかなかった。
暫くすると「このこどこのこきのこなこのこ」の店の入り口から
色合いは違えど外見的にソックリな2人が入ってきた
一人は、この店を最初に見付ける前に見掛けた
普通の和装だと、僕が勝手に勘違いして見ていた女性
僕が勝手に遠目に見て、想像していた雰囲気とは違う
着物に仕立てられたデニム生地が
硬い衣擦れの音を立てて僕の横を通り過ぎ・・・
ヴィロサとヴォルヴァタの方へ歩き去る
「どうしてそんな硬い生地で和服を作ろうと思ったんだろう?
而も、着て普通に生活してるみたいだし…
生活しにくくて、動きにくくは無いんだろうか?
でもきっと…僕が彼女に対して、この疑問を口にすると
迷惑がられるんだろうな…」と、言う事で…
僕の自宅に居候している「青居 空」と
空の着用している「長靴&雨合羽」に関する口論の経験から・・・
着物の素材は、見なかった事にする事にした
キノコ娘達のファッションには
絶対に口出ししては「イケナイ」と、僕は自負している。
もう一人も、割合個性的で・・・
2本のステッキを突いて歩く女性
ステッキを突く音と、丈夫なブーツの硬い足音が店内に鳴り響く
彼女は・・・
青緑色から黄色へと変化するグラデーションの西洋風な羽織りを靡かせ
その下のワイン色な西洋風にフリルを取り入れたデザインの
長襦袢の裾を歩く度に翻らせ、僕の目の前で立ち留まった。
『お初さんちゃん!初ちゃん!いらっしゃい
この子が、春兎ちゃんだよ!明日は春兎ちゃんをよろしくね』
ヴォルヴァタが、話を勝手に勧める
『はじめまして、私は「松林 初(マツバヤシ ハツ)」です
私の事は気軽に「おはつさん」とでも呼んで下さい』
見た感じ多分、山越えの道案内をしてくれる方であろう女性が
僕の目を覗き込み、左右違うワインレッドと青緑色の瞳を輝かせる
僕がウロタエテいる…と、おはつさんは・・・
『丁度、ルリルリを運んでくれる人間を探していたのよ
明日は、イタリアンフェスタの会場までよろしくね』と、言った
「僕が何かしらの生贄になっている事は理解したけど
話が見えないぞぉ~…」
僕が今回の全ての事と次第を理解する前に
ヴォルヴァタとWハツさん達は
もう勝手に話を決めてそうする事を確定してしまっているらしかった。
僕が困惑していると・・・
今度は、おはつさんに「ルリルリ」と、称された
青いデニムの和装の女性が笑顔で、僕に話し掛けてきた
『今回、私を目的地まで運んで下さる代役に立候補して頂き
誠にありがとうございます。
今回、「ヒナタさん」が学校行事で来られないとの事で
私、とても困っておりました。
重ねて感謝の意を述べさせて頂きとうございます。』
「立候補した憶えないんだけどな
でも、これはもう…何だかとっても、断れねぇ~な…」
僕は、早起き覚悟で『はい、こちらこそよろしくお願いします』
と、しか言えなくなってしまっていた。
食用キノコのキノコ娘の押しに負けてしまった僕には
明日に向けて、重ねて災難が降り注ぐらしい
『帰りの時にでも、イタリアンフェスタの為に遠征に来ている
「ヤマドリ・B・ポルチーニ」さんの料理、御馳走しますね』
「えぇ?往復ですか?」
僕は、声に出さずに衝撃を受ける…
集合解散場所は、山の下の駅前・・・
自宅の方向から山登りして彼女等を置いて下山して
学校行事で、登り下りして…
彼女等を迎えに、山にまた昇る事が確定した様子だった。
そして更に・・・
『今日はもう、店仕舞いだよね?』と、おはつさんは確認を取り
『春兎君!この店まで明日、御迎えに来るのは辛いでしょ?
だから今夜は、君の家に私達を泊めて貰うわ』
彼女にとって、決定事項らしく…当たり前の様に言い切り
『ルリルリを安全に運べるかテストよ!』と
アルミ製の「背負子」又は「背負い梯子」と呼ばれる
大きな箱や薪とかを運ぶ器具を背負わされ…重たい荷物を載せられた
明日は、コレにルリルリ…いや、初さんを乗せて
僕は山登り、帰りは下山させられるらしい…
僕は目尻に涙を滲ませ
背中にはWハツさん達の荷物と、何故かヴィロサの荷物が…
これは、ヴィロサ曰く
『「このこどこのこきのこなこのこ」の店長として
「ヤマドリ・B・ポルチーニ」嬢に会いに行き
店で留守番するヴォルヴァタの為に、この店への招待を受けて貰うのよ』
との事らしい・・・
僕は、普段持ち歩いてる鞄に図鑑をしまい
肩に掛けて立ち上った。
僕の視界の端で、誰かが手を振っているのが見える
そこが出入り口なので、僕は必然的にそちらへ向き顔を上げた
『森野ぉ~!』
誰かが…と、言うか・・・
耳馴染みのある声が…顔馴染みのクラスメイトが…
何のタイミングなのか?僕の前に出現して僕を呼んでいた
Wハツさんが、そいつを『ヒナタ』と呼び
『様子を見に来たんだ』と、そいつは笑った
『それにしても…いや、まさか…
森野にも見えるんだろうな…とは、先週くらいから
思ってはいたんだけど…ビックリしたぞ!』
そいつは、小林だった…「正直、僕も色々な意味でビックリだよ」
小林 日向(コバヤシ ヒナタ)は、クラスメイトで
明日行く遠足で、同じ班に途中の変更でなった
僕の最近の…最大の頭痛の種だった。
『初さんが言ってたアルバイトの「モリノ ハルト」って
森野の事だったんだな…聞いた事ある名前だと思ったんだよ
「今日、これから初めて会う」って、さっき聞いて
「違うかな?」とも思ったけど、用事済ませて来てみて良かった』
小林の話振りから、僕に少し疑問が浮かび上がる
『もしかして…
小林も「キノコ専門ネゴシエイターの候補」なのか?』
小林は僕の言葉に対して一瞬の間を持って爆笑し、暫く笑い転げた
『あぁ~やっぱり…押し付けられてたか!
森野は押しに弱いからなぁ~…あはははははははは…
俺は違う!アリエナイね!ふふふふふふふ…
家は、俺の爺ちゃんの弟がキノコ娘の奴隷やってんの…
あぁ~もう!笑いが止まんねぇ~あはは…これから紹介するよ!』
「奴隷って…」段々、最初に聴いたヴィロサとヴォルヴァタと
かけ離れて行っている気がするのは気の所為か?
僕の物言いたげな視線に、ヴィロサは気付き…
『毒キノコは悪戯好きなの…
食べれるキノコの振りして食べられてみるくらい
騙し打ちするのも好きなのよ!知ってたかしら?』と、笑った。