04「目指さなきゃ危険『キノコ専門ネゴシエイター』」
04「目指さなきゃ危険『キノコ専門ネゴシエイター』」
oso的キノコ擬人化図鑑の「絵」以外の内容に目を通してなかった僕は
この時、ヴィロサの通り名を知らず…
ヴォルヴァタがどんなキノコなのかも気にしていなかった
空が、事ある毎に「黄色くなる」のすら
「なんせ僕はまだ『彼女等がキノコだなんて』半分信じてなくて…
そう言う変わった体質の人もいて、そう言う人をモデルにしたら
そう言う図鑑だって書けてしまう事もあるかもしれない」
なぁ~んて事を考えていたからだ
それでも僕は、その場の成り行きで…
僕に純粋そうな空色の瞳を向け、ちっちゃい子供の様に
懐いてしまった空を保育園の先生になった様なつもりで、可愛がりつつ
本当は彼女等の正体が「キノコである」と、言う事に対して
半信半疑だった僕の思いを、本来なら一気に
「軌道修正させてしまう程の出来事」を目の当りにしていながらも
その光景を僕は「えぇ~…これって、現実かなぁ?」と、思いながら
無言でぼぉ~っと見てた…「現実逃避をしていた」とも言う。
って事、で…取敢えず事の発端は・・・
ヴォルヴァタが、モコモコな服をモッフとゆっくりと揺らし
僕の隣りから立ち上がってから、順次に発生する
『そうだわ!私達が仲良しになった記念に、今から御茶にしましょ?』
「ええっ!?ヴォルヴァタは、この程度の交流で
仲良しになったって判断してしまうのか?色々な意味で凄いな…
この娘…大丈夫か?詐欺師に鴨られそうなタイプだぞ!」
僕の心の突っ込みを無視して、話が進む…
もしかしたら、その突拍子もない会話の進行の為に
僕は「これは、現実だ」と、信じられなかったのではないかと
後になって思う。
そうこう色々考えている間に
『さぁ~椅子担当の私の眷属ちゃん達いらっしゃぁ~い』
ヴォルヴァタが、ニコニコしながらポンポンと手を打ち鳴らすと
レジ前の何も無い場所の床の上に・・・
最初、丸い塊が4個現れ、その丸い物が割れて中から白い塊が出てきて
暫くすると、座るのに丁度良さげな
モコモコして綿毛状の薄茶色な鱗片のある丸っこいキノコになった
空がその光景を見て
『かわいぃ~!袋鶴茸の椅子だよ』と、喜んで座りに行き
『座り心地いぃ~!』と、椅子の上でぴょんぴょん跳ねる
「キノコって意外と丈夫に出来てるんだなぁ~…って
これをキノコとして見ても良いのか?そもそも、本当にキノコなのか?
食べられるのか?」と、少しだけ千切って
「後で、焼いて食べてみようか?」とも、思ったのだが
後で「袋鶴茸」を調べてみたら・・・
神経系と胃腸系に中毒症状を起こす
重いと肝臓&腎臓の細胞を破壊する猛毒のキノコで…
「冗談ででも、食べてみなくて良かった…」と、本気で
胸を撫で下ろす事になった
勿論、この時も僕はまだ・・・
大きなキノコの出現に自分の目を疑い
「夢落ち」の疑いを少しだけ、目の前の光景に掛けていた。
『ヴィロサちゃん!私ね!紅茶が良いわ、テーブルと御茶を御願ね
今から私、売れ残りのクッキー取って来るから』と・・・
ヴォルヴァタが、皆をその場に残して手作り菓子のコーナーへと
嬉しそうにモッフモッフモッフと服を揺らし、ぽてぽてぽて…と
多分、ヴォルヴァタ的に走って行ってしまう
ヴィロサは「困った子ね」と言わんばかりに溜息を吐き
何かを小声で呟く、すると…
4個の椅子の真ん中に・・・
腰の高さまである大きな白いキノコが出現し
中央に少し半円状に盛り上がりを残して、大きく傘を広げる
「今度のも、キノコの成長を早送り再生で見ているみたいだ…」
袋鶴茸の出現の時よりは驚かずに、僕はキノコの成長を見守った
その白いキノコの上に・・・
ヴィロサはレジの近くに置いてある白いテーブルクロスを掛け
レジの裏、2階へ上がる階段の下のスタッフルームに姿を消した。
一部始終を見て、僕は大袈裟に慌てるのも格好が悪いと思い・・・
冷静な振りして、oso的キノコ擬人化図鑑を開いた
場を持たせる為に1枚1枚ページをゆっくり捲っていくと
手にした図鑑の異変に気か付く事ができた…
全てのページの下の部分に、10個の鈍色枠の白いキノコのシルエット
真中から右にピンク、左に茶色に色づけされたページや
擬人化キノコの絵の背景や隅に文字が書き加えられているページがある
僕は、見覚えのある顔を幾つか見付けた。
今朝、電車の駅で見掛けた・・・
「オリーブ色の髪の女性」と「牛のコスプレの女性」が載っていた
この店に入るのを見掛けた「青い髪の和装の女性」の絵もあった
それぞれの絵の隅には「発見」と書かれている
今朝、駅の階段で助けてくれた「タキシードの女性」
僕が人形だと思ってた「ミニサイズの娘」の絵には「遭遇」
「ヴォルヴァタ」の絵には・・・「候補選定者」「友人」
「ヴィロサ」の絵には・・・「候補認定者」「知人」
「『候補選定者と認定者』の『候補』って何の『候補』だ?」
「空」のには?と言うと・・・
絵の背景に、小学校低学年で貰った事がある様な「大きな花丸」と
「Get」と言う表記が、大きく一つ記されている。
特に「花丸」と「Get」は、後から書き込まれたのではなく
最初からその背景としてあった様に存在している
「さっき見た時に、こんな背景は無かったぞ?
これって僕の買った本じゃないのか?」と、調べてみたら・・・
本の表紙の一番下に何故か…
金色の文字で「森野 春兎(モリノ ハルト) 専用」と書かれていた。
「これはいったい…どう言う事だ?」
僕に、冷静な振りができなくなってきた頃
籐の籠いっぱいの手作りクッキーやビスケットを抱えた
ヴォルヴァタが帰って来る
『そうそう、言い忘れたのですけど…
春兎ちゃんは「キノコ・ネゴシエイター」の候補に認定されました
その図鑑に載ってるキノコ娘達全員と御友達以上になって下さいね』
「女の子と御近付きになるのは吝かではないけども…
『キノコ・ネゴシエイター』って、何?何させる気だぁ?」
僕が『キノコ・ネゴシエイター』の事を訊く前に
空が『ハルトは私のなのに!』と、ヴォルヴァタに詰め寄った
「こらこら…何時から僕は『空の』になったんだ?」
疑問に思う事はあったが、幼女を責めるのは止めておいた
『空!私の店のマスコットを虐めたら、怒るわよ?』
御盆にティーセットを載せて持って現れたヴィロサが
空を押しのけテーブルにティーカップを並べ、御茶を注ぐ
「ヴィロサにとってヴォルヴァタって、マスコットなんだ…
って…ヴォルヴァタは立場的に、それで良いのか?」
お姉さん系の女性に何か言うと、機嫌を損ねそうなので
こちらに突っ込みを入れるのも止めておいた
『候補の選定と認定は早い者勝ちでしょ?
自分がしたかったのなら、補佐してくれるキノコを見付けて
他のキノコにされる前に認定すれば良かったのよ』
「早い者勝ちルールがあるなら、ヴィロサの言い分は正しいが…
どうも、話が読めないぞっと…」
僕は意を決し、本のページを開いて見せてやっと口を開いた
『「候補」とか「キノコ・ネゴシエイター」って、何の話?』
何故か…3人のキノコの妖精達は沈黙で答えてくれた。
『もしかして君…
自分がどんな状況に置かれているか分からないの?』
ヴィロサが…ヴォルヴァタが…空までも僕を気の毒そうに見る
「自分達の常識だけで物事を図らないで欲しい…
自分達の常識が、僕の常識と同じだと思う事は間違いだと思うぞ」
僕は言いたい事を更に飲み込んで、その常識の内容を確認する事にする
『知ってたら訊かないでしょ?』
ヴォルヴァタと空が放心状態に陥った
「仕方が無いなぁ~」と、言わんばかりに
ヴィロサが、自分が「説明しなきゃイケナイ立場」である事を認識し
僕を含めた皆に、御茶と菓子が並ぶテーブルに付く様に促した
ヴィロサは、僕に憐れみのある視線を向けてくれる
『え~っと…なんて言えば君に理解出来るかしら?』
ヴィロサは腕を組み、右手を顎の下に持って行き小首を傾げ
少し考え込んでから
『これは例え…なのだけれど…
「霊感」のある人は、「心霊現象」に苦しむモノよね?
誰も居ない筈の場所に気配を感じたり、幽霊が見えちゃったりとか』
僕に確認を取る様にまた、ヴィロサは僕の目を見る
僕が頷くと『あの人達と私達は、存在の在り方が少し違うのだけど』と
前置きをして、話を続けてくれた。
『私達も、私達が見えない人より
私達を強く認識してくれる相手に興味を持つのよ
中には、そんな相手に普通に迷惑を掛けてしまう娘や…
そんなつもりも無いのに、致命傷を負わせてしまう娘がいたり…
人間を殺してしまう様な悪戯を悪気も無く
興味を持った相手とその周囲の人全員にしてしまう娘も少なくないわ』
『それは…とっても、一大事ですね』
ヴィロサの暗い表情から真実味を感じ、僕の背筋に悪寒が走る
『そう、それは私達にも一大事なのよ…
私達は、キノコと気付かれず…人の記憶に強く残る事も無く
それでも、人知れず人間に混ざって生活しているから、
迷惑ばかりかけてると、協力者を見付けられなくなって困るのよ』
「協力者?新たな単語が出て来たぞ…」
僕は『そうなんだ』と、適当な相槌を打って話を促す
『人と混ざって生活するって事は
困った事に人間の使ってる「御金」が必要になって来るでしょ?
だからこうして、私達も働いているのだけど
私達の存在は希薄で、直ぐに忘れられてしまうから御店をしていても
その御店の事すらどうしても忘れられて終われがちなのよね』
『今はネット販売とかがあるから、まだマシなんだよぉ~』
真剣に話すヴィロサの隣で
ヴォルヴァタが御茶とクッキーを食べながら話を軽くし
『それでも私達、困ってるのよ』と、ヴィロサが話を戻そうとしたが
『座敷童子ちゃんも言ってたよね…
昔と違って、今は人間が貢いでくれないから食うに困るって
昔は、居間とか神棚とか仏壇に御供えしてくれてて
それ食べても、大騒ぎにはならなかったのに
今は、ちょっとした御供え物を分けて貰っても
何故か大騒ぎになっちゃうって嘆いてたわ
人間は何の為に御供え物をしてるのかしらね?』
ヴォルヴァタが完全に話を脱線させた
「座敷童子が実在するのか?それは一度会って
話しでもしてみたいモノだな…縁があったら家に来て欲しいぞ」
僕の気持ちも少し脱線する
『そうそう!私が、誰も居ない場所に置いてあるのを
ちょっと小腹が空いて食べただけなのに
心霊現象だとか大騒ぎして、大事にするのよ!失礼だよね!』
「ん?空ってば、勝手に食べた事があるのか?
それにしても、普通は無人の場所に置いてあった物が急に無くなったら
大騒ぎになるのは当たり前で、必然的だろうにな…」
僕は空との間に認識の違いを感じた
『そうそう!最近の人間は、人じゃない者に厳し過ぎるのよ!
春兎ちゃんは、どう思う?』
「えぇ~!それを僕に振るのか?」
僕は、ヴォルヴァタに引き攣った愛想笑いを浮かべるしかなかった。
僕が答えに困り沈黙が訪れ、気不味い雰囲気か漂い出す
そんな中で『一度「キノコ・ネゴシエイター」の話に戻すわね』
ヴィロサが、返答に困る僕に助け船を出してくれた
『取敢えず…私達を強く認識できる君は
自分自身を「悪戯好きな毒キノコ」から護らないと死にます』
僕は助けてくれたけど「単刀直入過ぎる言い方だな…」と、思った
『護り方は、キノコな友達を増やす事しかありません
キノコな友達を増やして、レベルを上げて…
それなりに立派な「キノコ・ネゴシエイター」になって頂戴
そして、君は…
今日から「このこどこのこきのこなこのこ」のアルバイト店員よ
私達が「キノコ専門ネゴシエイターの候補者」として「認定」しなきゃ
助かる為の入り口にも、立てなかっただろうし
誰かに悪戯されて、死んでたかもしれないんだから感謝してね
これは「ギブ・アンド・テイク」だから拒否権は無いわ
拒否したら…夕飯に毒キノコが混入するかもしれないわよ?』
本気で、笑えない冗談だ…
「でも、脅すつもりで言ってたから
ヴィロサは、そう言う言い方をしていたのか」僕は何となく納得して
自分の「心の師匠の言葉」に従い
仕事の条件や、時給の交渉に入る事にした。