01「密かに不思議な出会い」
01「密かに不思議な出会い」
学校に行く支度を終え、部屋を出る所で母親の声が響いた
『春兎(ハルト)遅刻するよ!』
僕は壁に掛かった時計を確認し、何時も通りの時間である事を確認して
「逐一言わなくても分かってるって!」と、言いたい気持ちを抑え
『はい、はい…行ってきます』と、何時もの時間に玄関を出て
何時も通り苛立ち紛れで、乱暴に門の扉を押し開ける
今日は天気が悪く、曇り空で少し薄暗かった所為だろう
僕は多分、この時に青い人影を見逃してしまったのだと思う
キィ~っと開いた門の扉の音に続いて
鈍い音と『きゃっ!』と言う、短く甲高くて小さな悲鳴
僕が門から1歩出て、音のした方向を向くと…
開けた鉄格子の扉越しに青い人影があった。
「しまった!やっちゃったぁ!
一応、誰もいないか見たつもりだったんだけどなぁ~…」
僕は、門を乱暴に開け放った事を後悔しながら
『すいません!大丈夫ですか?』と、人影に駆け寄る
で、駆け寄った先には・・・
珍しいデザインの青色なレインコートを着た
青い髪で青い目をした女の子が、尻餅を突いた状態のまま
多分、今回の事で壊れてしまったのであろう青い傘を見て
目を見開き、目尻に涙を溜めて呆然としていた。
僕がもう一度『大丈夫?怪我してない?』
「でも、大丈夫じゃないんだろうなぁ…」と、思いながら声を掛けると
女の子が凄く驚いた様な表情を見せ
その女の子の頬が…何か、黄色くなった様な気がした
僕は不思議に思い、女の子を更に良く見る・・・
青い髪の毛先が黄色いのは違うだろうが
レインコートが少し、多分…砂で黄色く汚れてしまっているみたいだ
もしかしたら頬にも、そこら辺の砂がついてしまっているのかもしれない
僕は若干、強引に女の子に手を貸して立ち上らせ
『これ使って』と、ポケットからハンカチを出して渡した上で
『ちょっと見せてね』と、無理矢理に傘を預かり
傘の状態を確認する・・・
僕の見立てが正しいならば、応急処置をしてもこの傘は使えそうになく
折れた傘の骨は、部分的に修理も出来ない箇所で再起不能な状態だった
女の子は・・・
『これはとても大切な傘なんです、返して下さいね』と
涙目で訴えていた。
僕は女の子が持っている傘と、似た傘を持っていた事を思い出したので
一旦、その傘を女の子に返却し『ちょっと待っててね』と家に入って
古い靴箱の中に隣接した、傘立ての中から
小学生の時に使っていた、持ち手と傘の先っぽの部分だけが黄色い
空色の傘を引張り出して広げて、使えそうか確認した
壊してしまった傘の代わりの物を買って返すにしても
直ぐに同じ物は見付からないであろうし…
空模様から、今日は傘の出番があるかもしれない
他の傘を代用品として渡しておくにしても
持っていた物と少しでも似た傘の方が女の子も嬉しいだろうと思ったのだ
但し…見付け出した傘は、壊れておらず使えそうだったのだが
気恥かしい事に、傘の柄の部分には「もりの はると」と
平仮名で自分の名前が書いてあった
僕は「きっと無いよりはマシだよな…」と、思い
玄関を出て、門の外にいる女の子の元へ戻った。
僕は、名前と電話番号とメールアドレスを書いた紙と
『僕の所為で壊れた傘は、買って新しい物を返すつもりなんだけど
同じ傘を見付るまで、代用品としてこの傘を使ってやってくれるかな?
嫌なら、違う傘を持って来るけど?』
と、昔に自分が大切に愛用していた傘を差し出す
女の子はおどおどしながら傘を受け取り
傘に書かれていた僕の名前を反芻してから、傘をさして少し微笑み
『私…「青居 空」って言います』とだけ言って
走り去ってしまった。
「アオイ・ソラ」と名乗った女の子が走り去るのを見送った後
僕は、アオイ・ソラの住所や電話番号を聞き忘れた事に気付く
僕が慌てて女の子を追い掛けようとした時
『春兎?アンタ本当に遅刻するわよ!』
玄関で探し物をしていたせいであろう…
僕の事を気にした母親が、玄関を開け声を掛けてきた
携帯電話の画面で時間を確認すると、遅刻ギリギリの時間であった
僕は追跡を諦め、連絡先を教えているのだから連絡くらいあるだろうと
向きを変え、最寄駅へと直走る。
駅へ辿り着き、改札を抜け階段を駆け下りていると
今日の運が良いのか?悪いのか…僕の足元で小さな悲鳴が上がり
それに驚きつつ僕は、階段で何かに躓いて階段から落ちかけた…のだが
『危ないなぁ~…こんな所で走ったらあかんでぇ~』って
僕が乗りたかった電車から降り、階段を登って来ていた
御洒落なグレーのタキシードを着て、同系色の帽子まで被った
眼鏡のおねぇ~さんに正面から、片手で胸倉を掴む形で支えられ
僕は、階段から落ちずに済んだ。
『す…すいません!ありがとうございます!』
僕は咄嗟に御礼を言ったが、おねぇ~さんは僕の言葉を無視しし
舌打ちして溜息を吐いてから・・・
階段の数段下に落ちている、髪も服も赤系の色合いで纏められた
日本人形にも似た和風の人形を拾い上げ、軽く埃を払ってから抱き抱え
僕に目を呉れる事無く、無言で立ち去って行く
階段から落ちかけ…そのおねぇ~さんに助けられる前にも
同じ舌打ちが聞こえてきていたので
もしかしたら、僕を助ける為に人形を落とし汚してしまって
今、更に僕を助けた事を後悔しているのかもしれない…と、思い
でも「あれ?あの人って最初、手ぶらじゃなかったっけ?」と
疑問に思いながら…僕は、掴まれ引き攣った制服を整え直し
今のトラブルで乗り遅れた筈だった電車に目を向ける
何時もなら、忙しなく出発してしまっていても可笑しくない電車が
今日はまだ、何故かそこに停車していた。
階段から落ちかけたショックと驚きで
気に留めてもいなかった、駅構内のざわめきが聞こえてくる
ホームから階段を上って来る人達の会話の内容から
どうやら「電車の車内で、人が倒れたらしい」と、言う事だけ分かった
僕は興味を引かれて、階段を数段下り・・・
階段の手摺の柵の隙間から
ホームの人集りを見下ろし、乗客の少ない車内を覗き込んだ
車内には、本当に顔色の悪い男の人が倒れていて
サラリーマンらしき人が、その男の人に心臓マッサージをし
隣で携帯を使って、電話をしている人もいるのが見える
多分、この倒れている人の為だけに電車は止まっているのだろう
そして、倒れた人を電車の車内からホームへ降ろす気配も無い
先程、階段を登って行った人の一人が
「AED」と書かれたオレンジ色の物体を持って降りて来ていた
救急車の手配も、応急処置の準備も整った様子だ
もうこれ以上、一般人の人手の必要は無い事だけが判明した。
僕は不謹慎にも、急患で電車が止ている事に感謝する
ちょっとしたトラブルで遅刻ギリギリだったのが
正当な理由で誤魔化せるからだ
「これで電車の遅延証明書が手に入るぞ
証明書を貰うのに時間が掛かったって言えば、ある程度ゆっくり行っても
問題無し!今日は、案外ツイテルかも」
僕は、階段から落ちかけた時に耳にした悲鳴の正体を勝手に
この為に起きた悲鳴だと確信し、何とはなく一人で納得した。
「今日は、急がずゆっくり学校へ行けって
多分、何かしらの神様が言ってるのかも知れない
駅中の店で朝御飯を調達して、学校に行くとしますか…」
僕は、偶然できた自由時間の使い道を決めて
下りて来ていた階段を上り、小さな売店とコンビニを梯子する
梯子する中で、今日はやたら派手な格好の人を見掛ける様な気がした
外人であろうか?オリーブ色に髪を染めた、長身の美人が歩いてたり
明らかに、牛のコスプレをした巨乳さんが駅の構内にいたりするのだ
僕は、青い雨合羽の青い髪をしたアオイ・ソラの事も思い出し
今日、家の近所でそういうイベントをやってるのかもしれないと解釈して
普段より割合多く見られる、派手な女性陣を
コンビニの雑誌コーナーから硝子越しに、暫く眺めて楽しんだ。
自由気ままに時間を使い、運転が再会され通常に戻り掛けた頃
僕は遅延証明書を手に入れ、気分的に悠々自適に正々堂々と遅刻する
「免罪符」さえ持っていれば、ある程度は遅刻しても怖くないのだ
と、思っていたら…普通に遅刻してきた奴等と遭遇する
遭遇した幾つかの2~3人のグループに混じっていた
僕のクラスメートの一人が、僕に声を掛けてきた
『森野!お前も遅刻か?珍しいなぁ』
『ちょっと違うよ、僕は免罪符持ってるからね・・・
小銭を持ってるなら、口裏合わせ付きでコピーさせてやろうか?』
僕はニヤリと笑って、そいつ等に遅延証明書を見せびらかしてやった。
勿論、僕は遅延証明書をコピーする代金は
遅延証明書のコピーが欲しい人に自分で支払わせ…
そのコピーする事を許したと言う御礼は
『今は要らないよ』と、企み含みで受け取らない事にする
暫くして、遅延証明書のコピーを欲しがる奴等のコピーが終わり
遅延証明書を鞄に仕舞い込んでから僕は、企みを始動した
『そうそう…もしかして、僕がこう言うので御金取ると思った?
馬鹿だなぁ~…そんな事、僕はしないよ
その代わり…僕が困った時とか、何かの時に僕の御願聞いてよね』
僕が後になって「現金が目当てでコピーする事を勧めたのではない」
と、意思表示すると・・・
最初『そんなんならイラナイ』と、断った奴等も
『やっぱりコピーさせてくれ』と、言い出した
「現金な奴等だ…
こう言う奴等との駆け引きに、利害は一致しにくいんだよな
後…今『金目当てって思われるのが嫌で取り繕ったんじゃないか?』
って、言った奴は信用できないから覚えておこう」
僕は本音を隠して、笑顔で・・・
『もう、鞄に入れちゃったから
コピーしたヤツを誰かにコピーさせて貰ってくれ』と、言って
断って、一足先にコンビニを後にして学校へ向かう事にした。
コンビニを出た僕の後を数人が追掛けて来る
『森野!待てって!置いてくなよ…口裏合わせしてくれるんだろ?』
見掛けはちょっと、信用できそうにないのだが
中身は信用するに足りるクラスメート
「小林 日向」が、僕の肩を軽く叩いて
学校に入る前に肩を掴み、少し体重を掛けるようにして僕を捕まえた
『そうだな、小林の分とお前が連れてきた友達の分は…な』
僕の性格に気付き、僕の事をある程度知っているクラスメイトは
僕の言葉の意図を勝手に汲み取り
『全くお前ってヤツは、本当に食えない男だよな』と笑った
『コイツってば、相手が好意的である限り好意を持って接してくれるけど
一度でも裏切られたら、微笑み浮かべて何度でも平然と裏切り返すぞ
お前等も森野の機嫌だけは損ねるなよ』
小林は本気とも冗談とも取れる様な話口調で、友人に注意喚起し
職員室に立ち寄り教室に着くまで、僕の隣で笑っていた。
僕は今、ほくそ笑んだ
「アオイ・ソラに出会って別れた後から、僕は多分ツイテいる」
普段の模範的な生徒の振りがあっての事なのだが
遅刻理由を怪しむ先生から「数人分の遅刻免除」と、言う譲歩をもぎ取り
更に自分の籤運のみで・・・
秋の校外学習での良き班を手に入れる事ができたのだ
「男3女2」が基本の中、人数の加減から僕の班は「男2女3」
僕と同じもう一人の男は、雑用を自分から引き受けるタイプの働き者で
先生受けも友達受けも良い、人当たりの良い奴だった
一緒にいると・・・
そいつが勝手に引き受けた、雑用の手伝いをさせられそうだが
適当に手を抜きながらでも、手伝っている所を見せれば
周囲に好印象を与えられる
僕の外面強化要員として考えれば、問題無しの人材だ
而も、女の子3人は比較的「良い性格の娘&可愛い娘」が揃っている
3人中1人は、女の子集団の中にいて話しかけるチャンスの少ない
僕がちょっと気になっている女の子だった。
強運に浮かれ序に・・・
『校外学習に持って行く物を放課後に皆で一緒に買いに行こうか?』
と、誘ってみたら…班のメンバー全会一致で、OK
但し・・・
籤運に恵まれず、近くで話し合いをしていた班で孤立していた小林も
一緒に来る事になったのは、誤算だったりする。