エクストリーム・テニスを作ろう (2)
司会者に促されたプレイヤー達は、それぞれ知り合いや近くに居た人を誘って『ゲーム』をやり始めた。
恐る恐るといった様子で、コマンドを1個づつ選びながら動作確認をしていく。
だが、一通り触って動作を確認が終わった途端、元々旺盛な探究心がうずき始めたのか、言われてない部分を触り始める人が続出した。
例えば――「オートを切るとどうなるのかな?」と言いながら、ゲーム途中で操作方法を切り替えたプレイヤーが居た。
すると、ラケットを持って前傾姿勢だったアバターが、強制的に気をつけの姿勢で固定され、その姿勢のままコート上を動き始めた。
「うは、直立不動で動きだした!?」
「なんだソレ、チョー不気味!」
「気持ちワリイ!」
その様子は、対戦相手や周囲のプレイヤー達には不評で、かなり辛らつな感想が投げかけられた。
直立のまま動いていたプレイヤーは、周囲の声に一瞬凹みかけたが、止まらずに動き続けているウチに逆に楽しくなっていた。
「……いや、コレはコレでやってる方は微妙に楽しいぞ! コレまでにない動きがなんか新鮮だ」
その意見を受けて、周囲の見方も変わっていく。
「見た感じはエアホッケーのパドルっぽい動きだな。ボールの軌道が違うけど」
「スカッシュだったら、このままイケるんじゃねえの?」
「あー、スカッシュなー……というか、それならエアホッケー用のエリア作ってもらったほうがよくね?」
「おう……その考えは無かった」
別の場所では、ボールを打ち返すコマンドをウッカリ連打してしまったプレイヤーが居た。
「ありゃ? コマンド連打できた……」
「なにソレ、怖い。バグ?……で、どうなるんだ?」
「わかるはずねーだろ。どこまでいけるか、試してみるか」
そう言って、全力でコマンドを連打してみる。
すると、対戦相手の横を、ものすごい勢いでボールが飛んでいった。
「うわっ! ボールがアホみたいな速さになったぞ!? 打てるかこんなもん!」
対戦相手は、反応することもできず、棒立ちのまま怒鳴る。
「こりゃあ、バグだな。報告しとくか」
連打したプレイヤーがあきれ顔でつぶやくも、対戦相手はむしろ思案顔で考え込んでいた。
剛速球だったが、一瞬だけ、コマンドを入力できそうだったのだ。
「うーん……極めれば打ち返せるかな……チョット構えてみ?」
「おい、馬鹿、やめろ」
他には、ラケットをインベントリーに収納したままゲームを始められることに気づいたプレイヤーが居た。
物は試しと、素手のままコマンドを入力すると、普通にボールが打ち出され、ゲームが開始された。
「お、素手でもボール打てるんじゃん」
その声を聞いて、周囲に居たプレイヤー達が次々に素手へと切り替えはじめる。
「ほほう。つまり、得物は何でもいいのか」
「でも、打ち返す位置は固定か。エアテニスって感じだ」
「結局、モーションは後付けなんだな。工夫の余地がある、と見るべきか」
プレイヤー達は、一通り検証を続けながらも、雑談になだれ込んでいた。
「チャットルームだと技系使えないから分からんが、色々組み合わせられると面白そうだ。見た目を派手にしたりな」
「立体機動したり、エフェクト出しながらボールを打ち合うのか。なんかそんな漫画あったな」
「そうそう。そんな感じで、工夫したらすごくなりそうじゃね? やりがいがありそうだ」
「プレイ風景はどうなるかな……派手目の乱闘ゲー? そうなると、いろんなフィールドで遊びたいね。海とか山とかダンジョンとか」
「……なんでかトンデモアイロン掛け競争を思い出したんだが」
「ああ、エクストリーム・アイロニングか。アレはアレで酷いよな、いい意味で」
「つまり纏めると……エクストリーム・テニス?」
「……! それだ!」
チャットルームのあちこちで、似たような交流が行われていた。
一方、司会者は、忘れ去られたようにぽつんと立ち尽くしていた。
検証に集中し始めたプレイヤー達に若干焦りを感じつつ、声を張り上げる。
「えー、ちなみに」
チャットルームに響いた声を聞いて、プレイヤー達は『そういえばそんな人も居たね?』という感じで、思い出したように顔をそちらに向ける。
自分に注目が集まったことを確認して、司会者は話を続けた。
「βテストはテストサーバーで行いますので、詳しくはそちらで検証ください。テストサーバーには、皆様の各種データをコピーいたしますので、モーションやPV作成用の環境としても過不足はないでしょう。なお、βテスト終了時にはテストサーバーのデータは消去いたしますので、ご了承ください。また、テストサーバーへの接続方法については、特別な操作は不要です。βテスト開始後は、今回登録いただいたIDでログインする時に、接続先としてテストサーバーが表示されるようになります。なお、ご要望については、公式ページに送信フォームを設置いたしますので、お手数ですがそちらから送付をお願いします。対応の可否について検討した上で、対応状況については公式ページにて公表いたします……それでは、お忙しいところお付き合いいただき、ありがとうございました」
司会者は、告知するべきことを一気に話終えると、一方的に終了を宣言した。
ソレを聞いて、プレイヤー達があわてて連絡先を交換しあう――β開始後に連絡を取りたくても、IDが分からないとどうにもならない。
そんな、連絡先を交換しあうプレイヤーの中には、当然のようにIzumoの姿も混ざっていた。
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その後、大規模アップデートのページ作成され、あわせてβテストの仕様が公開された。
さらに、コンテストについて一般ユーザーに告知される。
その内容を見て、Izumoは微妙に焦った。
運営の選んだ審査員以外にも、一般ユーザーからの投票がある。
となると、ユーザーに媚び……ウケるモーションや一発ネタPVで大穴を狙う、という手が使えるからだ。
だが、ソレを狙う層は当然他にもいるだろう。
ネタ被りで票を食い合う程度ならまだいいが、お互い潰しあったりしたら目も当てられない。
実際のスーパープレイ動画を探しながら、色々と考えてしまう。
「うーん、一般ウケするモーションとかPV……というか、普通のモーションでも、選ばれる基準考えると難しいよねえ」
有名どころの『スーパープレイ』となると、まず思いつくのは“ジャックナイフ”だが、あまりにも有名すぎるため、おそらく他の『人形遣い』も作ってくるだろう。
そうなると、より完成度の高いモーションが選ばれるのは、自明だ。
なんにせよ、全てはフォームの完成度を高めてからの話なので、山ほど集めたフォーム練習用動画を見ながら、基本動作を繰り返して体に叩き込む。
選んだ動画は、実際のスポーツ理論は二の次で、できるだけ見栄えのいい物だ。
実のところ、Izumoは『基本のフォーム』も狙っていた。
ゲームのコンセプトからすると、運営が必要としているモーションは見た目のインパクトを重視するはず。
だが、チャットルームのテスト版を動かした感じでは、なんというか無難なモーションだった。
Izumoは思った。
おそらく、基本モーションには相当の見直しが入るはずだ、と。
突っ込んで考えれば……基本モーション自体も、複数採用される可能性がある。1個では皆が同じに動きになってしまうが、複数あれば使い分けたり、こだわりを持てるようになる。
さらに言うなら、プレイスタイル別のパターンがあれば、運営にはありがたいだろう。
だからこその、公募だとすれば……採用枠は多いはず。
ならば、複数のパターンを想定し、いつものように体に基礎を叩き込もう。
どんなモーションを作るにしても、自分の出発点はそこだ。
その上で、よりダイナミックな動きになるように、アバターのボーンを動かすイメージを作り出そう。考えて、動きを補正しよう。
基本は直球勝負。それが、Izumoの出した結論……だが、保険も必要か、とは思い直す。
「保険、保険……っと、βで追加される機能ってなんだっけ?」
公式サイトの告知を見なおすと、“テニスコートを設置できる場所の制限を解除しました”という一文に目がとまった。
「へえ、こんなの対応したんだ……機能を追加した、ということは、それなりに運営側も期待しているはずだよね……コレなら、保険になるかな」
Izumoは、説明会のログをあさりなおして、目的の会話を見つけ出した。
「えーと……そうそう、『エクストリーム・テニス』ってヤツ。PVは、コレに噛ませてもらおうかな。えーと……」