それは家ですか? いいえ、都市です
「アラカワ・サーバー」には、全サーバー中で最も有名な街がある。
他のサーバーの同じ場所にあるのは、「プラール」と呼ばれるごく普通の街だ。
だが、「アラカワ・サーバー」では、まったく異なる風景が広がっていた。
そこには――ファンタジーにそぐわない“都市”があった。
どこまでもまっすぐな、舗装された道路があった。
巨大なビルや小さな雑居ビルが並んでいた。ビルの上や壁面では、大きなネオンサインがきらびやかに輝いていた。
鉄道の駅ビルに、高架の線路まで、再現されていた。
具体的には――2000年前後の秋葉原を彷彿とさせる姿の街が、草原のど真ん中に忽然と出現していた。
それが、「アキハバラ」の街の全貌だった。
―― 23:00
そんな「アキハバラ」には、夜になると同時に、どこからともなく人が集まってくる場所がある。
それは、90年代に整備され、様々なイベントなど多目的な用途に利用されていた――「駅前広場」だ。
2001年に閉鎖されたその広場は、VR世界で忠実に再現されていた。当然、名前は「アキハバラ駅前広場」だ。
広場は、過去にイベントで使われていた程の広さがあるため、大人数が集まっても比較的余裕がある。そのため、誰が言うとも無く、自然と人が集まるようになった。
そして、狩りの仲間を探す、ダンジョン攻略のコツを聞く、アイテムのトレードをする、着飾ったアバターを見せる、話し相手を探す……といった様々な目的を持った人達の「待ち合わせスポット」として定着していった。
大体、18時頃から人影がまばらに集まりはじめて、増減を繰り返しつつ、22時頃にはほぼ満員となる。
そんな人々の中に、フィブルとネスの姿もあった。
先に相手の姿を見つけたのは、フィブルだった。
おもむろに近づいて、話しかけた。
「おー、ネスじゃん。ばんわー」
「おんやー? フィブルちゃん、なんかご機嫌じゃーん。顔変えた?」
「一応いい感じに纏まったんで、晒して意見募集しようかな、と」
「ふーん……確かに、ココで見る感じ、いい感じで纏まってるねぇ」
「だしょー? 苦労したからねー」
「顔パーツのバランスを変えた感じ? ポイントは……目か?」
「おー。さすが自称『1ドットの違いが分かる男』だねぇ。その通り、ソレがメインよ」
「褒めんなよ、照れるぜ」
「褒めてねーから安心しろ」
「ちっとは褒めてくれても罰は当たらんのじゃよ?」
「語尾変えんなキモイ」
「ひどっ!」
まるで喧嘩でもしているかのような掛け合いだったが、どちらも特に気にする様子が無く、それどころか、腹を抱えて笑っている始末。
ネスの悲鳴まで含めて、挨拶の一環、ということらしい。
「さて、と……今日はなんかあるかな?」
「さー? ま、いつもの通りじゃない?」
「そかー。じゃあまあ、いつもの通りだらだらでいいか」
「なんかあったの?」
いぶかしげに、フィブルが話を向ける。
どこかすわりの悪い様子で、ネスは答えた。
「いや、そういうわけじゃないんだが、なんと言うか、この街は微妙に落ち着かなくて」
「そう? いいじゃん、このグダグダ具合」
「グダグダはまあ俺も好きだけどさ。そうじゃなくて、こう……ファンタジー世界でふつーにコンクリートジャングルがあるってところかな、そんな違和感がすごくてな」
「そんなに変かなあ……」
「いやいやいや。だってよ、切り取ったみたいに境界線からあっちが草原でこっちが都市っておかしいだろ? 大草原の大きな都市ってなんだそれ。ラスベガスか」
「お、うまいこと言ったね、ネス」
「いやいや、そうじゃないから。それにベガスだってココまでパッキリ区別されて無いから」
どこか噛み合わない感じをもどかしく思ったネスは、話の方向を微妙に変えた。
「でも、爺さん達って大丈夫だったのかな、この街できたとき」
「大丈夫って?」
「街が急に変わったら普通びっくりするだろ? しないか?」
「ああ、そういうこと……そういや、ネスはあの頃いなかったんだっけ」
「始めたの、2.5次元add-on実装後だからな」
「んー……ならまあ、知らなくてもしょうがないか」
フィブルは話を一端区切り、ネスについてくるように促して歩き出した。
広場を横断するように移動しながら、フィブルは話を続ける。
「まずね、前提が違う。そもそも、街の改造については、ご老人達のほうが積極的だったんだよ」
「……マジで?」
「マジで。街並みが古めなのは、そのためだよ。大体、考えてみなよ。街全域をカスタマイズするってのは、そりゃー大っきな“祭り”だぜ。準備にも、ものすごい人手がいる。猫の手も借りたい、ってぐらいにな。積極的に参加してくれるってんだ、年齢をどうこう言うやつなんかいないさ」
フィブルは高層ビルの前まで移動して足を止め、振り返ってネスを見ながら、改めて話し出した。
「それとね。ネスの違和感の正体が、何となく分かった。ジャメヴって奴だろう」
「ジャメヴ?」
「デジャヴって知ってるか? その逆で、見慣れた場所のはずなのに、知らない。そういう感覚のことさ。日本語にすると未視感、だったかな」
芝居がかった様子で、観光ガイドのように後ろの街並みに手を向ける。
「ネスは、ココに現実の秋葉原を重ねてんじゃない? 確かに、『アキハバラ』のベースは、2000年前後のITバブルまっさかり、勢いがあった頃の秋葉原だ」
広場には、当時の家電量販店のCMソングが、ランダムでループ再生されている。
お決まりのように、どこの店でも歌詞に「秋葉原」と入っている、そんな時代を感じさせる歌だ。
「だけどね、ソレはあくまでベースでしかない。たとえば――あの高層ビルな」
フィブルは、言いながら目の前の高層ビルを指差した。
「単純に年代をあわせる場合、あそこにあるべきは駐車場が正しい。でも、それじゃ場所がもったいないし、つまんないだろ? だから、高層ビルを建てた」
振り返って、人であふれる広場に手を向ける。
「ココが広場になったのは、運営サイドの意向を反映したからだ。でも、そうするとビル直通の遊歩道が食い込む。邪魔だ。じゃあいらないだろってことで、外した。そうやって取捨選択しながら、新旧の街並みを融合させて、その結果誕生したのが『アキハバラ』。このサーバーにしか存在しない、架空の都市。ココはさ、リアルに見えるが実在しない、そんな蜃気楼みたいな街なんだよ」
フィブルは、一端話を区切って、改めてネスに向き合いなおしてから、話を続けた。
「それに、よーく注意して、ビルの造型やらネオンサインやらを見てみな。なんなら写真と比べながら、ね。そうすりゃ、分かるよ。フリー素材とかを使って1から作ってるから、実のところリアルと同じ場所ってないんだぜ」
指摘されたことを確認するように、ネスは周囲を見回した。
確かに、街並みは記憶と合致するが、建物やネオンサインなどは見覚えが無い。
特徴的な、記憶に残りやすい部分だけを見れば似ていたが、全体的にはまったくの別物と言ってよかった。
今更ながら気づいた街並みの秘密に、ネスはうろたえた。
「……言われりゃ、確かに……だが、なんか……なんか、力の使う方向が激しく間違ってる気が……」
「だって、権利のことやら色々考えたり、各所の調整するほうが面倒じゃん」
「いや、そういうことではなくだな……そこまで情熱を注ぎ込む理由というかきっかけというか……まあ今更だし、俺が分からないからってだからどうしたって話だけど」
納得行かない様子のネスを生暖かい目で見ながら、フィブルは答えた。
「んー……きっかけはあったかも知れないけど、理由は無かったんじゃないかな? 強いて言えば、暇だったから、とかソレぐらいだと思うよ」
肩をすくめて「考えるだけ無駄だよ」と告げてから、改めて話を続けた。
「まあ、俺も詳しい経緯までは知らないから、何とも言えないけどな。ただ、爺様方の口癖なら、知ってるからね」
「口癖?」
「うん。アラカワ・サーバーで遊ぶつもりなら、ネスも覚えとくいいよ」
フィブルがそう告げた途端。
誰が指示したわけでもないのに、その場の全員から同じセリフが流れた。
“面白そうだな、やっちまえ!!!”
大人数による唱和が、雷鳴のようにその場に轟く。
驚いて、ネスが周りを見ると、いつの間にか周囲に人だかりができていた。
あまりの展開に、ネスは開いた口がふさがらなかった。
「ま、こういうノリが同じで勢いのいい人ばっかだからさ、盛り上がり過ぎたらこんなことになっちゃってた、ってのが真相じゃないかな」
呆然としているネスを尻目に、よくあることのような顔をして、フィブルは平然と続けた。
「それにさ……こういうおバカなことは、本気の全力でやんなきゃ、つまんないじゃん」