大膳春人の場合 (3)
皆が食事を続けている中で、春人はふとつぶやいた。
「しかし、なんでまたこんな料理を実装したんだろうな?」
その、根本ともいえる疑問に、思わず全員が考え込んだ。
真っ先に口を開いたのは、やはりクボだった。
「……ひょっとして……こないだの突発GMイベント関連か?」
「心当たり、あるのかい?」
「アレだよ、あの、こないだグダグダで終わった……って、あの時はゼンさん居なかったっけ?」
「……んー、デイケアから戻ってきたら『なんかよくわからないウチに終わったイベントがあった』って言われた時の、アレか」
「それそれ。あー……口で説明するのは難しいな。確か、動画配信に顛末がアップロードされてたはずだ。それ見ようや」
「どれどれ……」
公式サイトの動画投稿ページには、様々な動画が投稿されている。
目当てのGMイベントについても、複数の投稿があったので、適当に選んで、全員が見えるように仮想ウィンドウに映し出した。
再生と同時に流れ始めたのは、バブル華やかなりし頃の、栄養ドリンクのCMソング――四六時中働けますか、というフレーズで一世を風靡した奴だ。
「おいおい、化石みたいなネタ拾ってきやがって……若い衆はわかるのか。あと大丈夫なのか、これ」
「包括契約してるから大丈夫なんだろ……そもそも、イベントのBGMだったんだし」
「なんだそりゃ。まあ、いいんならいいけど」
川原の向こうから現れる、黒尽くめのグールやゾンビ達。
CMソングと共に行進をはじめる、黒いアンデッド軍団。
その目指す先にいるのは、巨大な黄色いトロール達。
川を挟んで、お互いが立ち止まった。
数秒睨み合った後、先頭のグールと、ひときわ腹回りの大きなトロールの、罵倒合戦が始まった。
『高い飯ばっか選んで食いやがって……ピザでも食ってろ! 俺達がデスマーチしてるのは、てめーらをブクブク太らせるためじゃねーんだぞ!』
『食いたくて食ってるわけじゃねえ! てめーらがまともなシステムくまねーから俺達が必死に食うハメになってんじゃねーか!』
『あんだと? こっちのせいだってのか!?』
『違うってのか? 食わなきゃデータ化できねえってのは作る前にわかってただろうが!?』
『なんでも開発のせいにしてりゃいいと思って無計画に食い漁ってるからだろうが! この意志薄弱!!』
『無計画だと……こっちはてめーらの無茶な実装計画に間に合わせるために必死にやってんだよ!!』
「何の話だ?」
「多分、料理の実装関係だろう」
そのうち、ヒートアップした集団が川に入りだし、川の中央で会敵した集団による、もみくちゃの乱闘が始まった。
乱闘しながらも、口撃は続いている。
『やんのか、ああ!?』
『上等じゃねーか、やってやんよ!』
『連日徹夜で毎年不整脈って出てんだぞ! 休ませろや!!』
『再検査はお互い様じゃあ! ワシらの血液検査は軒並みD判定じゃボケェ!!』
「……醜い争いだ」
「飲み会の定番だよな、不健康自慢」
酷評しながら見ていると、画面の視点が急に切り替わった。どうやら、編集されているようだ。
画面には、最初に口火を切ったグールとトロールが映っていた。
どうやら、彼らも乱闘に参加していたらしいのだが、今は動きが止まっている。
よく見ると、お互いが髪の毛と胸倉を掴んでしまい、動けなくなっていたようだ。
手が出せなくなったためか、しばらく罵り合いが続く。
『いい思いしてんだからそんぐらいのリスク当たり前だろうが! 嫌なら色々調整して節制しろや!!』
『てめーらこそ最初から無理のない計画提示しやがれ! β終わり際になって間に合わないので延期しますじゃねえよ馬鹿!!』
『……大体、お前ら次の実装間に合うのかよ』
『……こきやがれ、お前らじゃないんだから大丈夫に決まってんだろぶっ殺すぞ』
納期の話が出た途端、あたりが静まり返った。
痛いほどの沈黙の中、2体のモンスターが掴みあったまま睨み合う、
「あいつら、どうやって掴んでんだろうな……っと、なんか様子が……」
「ああ、そろそろ終わりだ」
「……ひょっとして、プレイヤー置いてけぼりか?」
「お察しの通りさ」
全体的に、白けたような空気が流れ始めていた。
散発的に争いが収まっていき、それぞれが最初にいた側の川原へ引き上げていく。
集団が完全に分離し終わると、最初のグールとトロールがそれぞれ前に出た。
『上等じゃねえか……吐いた唾飲まねえようにな!』
『そっちが、あのデータをきっちり仕上げられるかどうか、楽しみにしてるぜ!』
お互いが、大声を張り上げ、それぞれが背を向けて移動を始めたあたりで再生が終わった。
春人は、苦虫を噛み潰したような顔で、クボを見た。
「……なんだい、このC級ヤクザ映画風のオチは」
「だから言っただろ、グダグダだったってさ。酷かったろ?」
「ああ。子供の喧嘩のほうがマシだ」
やれやれと、肩をすくめながら話を続ける。
「で、これが……何だったっけ?」
「おいおい、ボケるには早いよ。新メニューの話だよ」
「そうそう、そうだった。確かに、実装がどうのこうの言っとるな」
「だろう? 料理のネタが尽きかけてたんじゃないかと、オレは見るね」
「うーん……そうそう尽きるものか? レシピサイトとか、ものすごい数が登録されてるじゃあないか」
「レシピサイトなあ……若い頃はお世話になってたけどさ、あの手のレシピはバリエーションだから、使う材料をちょっとアレンジしただけ、なんてのも多いよ」
「……そう言われると、そんな気もしてくるな。つまり、基本的な部分はあらかたデータ化終わった、と?」
「そうそう。それで、運営も困ったんじゃないかな。なんせ、料理はこのゲームの肝だから、手を抜けない。かといって、アレンジ料理を続けたんじゃあ、最初はよくてもすぐマンネリだ」
「先細りした結果、飽きられる……か」
「運営的には、最悪の展開だろ?」
「それで、チョットひねってみた結果が、モンスター料理か」
「単純なバリエーションよりは、インパクトがあるだろ?」
クボが、ドヤ顔で話を締めた。
その顔に若干イラっときた春人が、棒読み気味に反撃する。
「なるほどなー……じゃ、一芝居打ったのは?」
そこまでは考えてなかったのだろう。
即答できずに固まったクボは、数秒かかってなんとか答えをひねり出し、微妙な顔でつぶやいた。
「……単にストレス発散したかった、とか?」
「……あながち否定できないんだよな、ココの運営は」
「いい意味でも悪い意味でも馬鹿だからな」
どうにも話題が悪いと思った春人は、無理やり話をそらした。
動画に出てきたトロールの体型を思い出して、話を続ける。
「まあ、なんにせよ流動食がいろんな料理に化けるってのはありがたいよな」
「運営と違って、こっちは何食っても健康リスクだけはないしな」
「彼らの血と汗と体重の結晶に感謝、だな」
「しかし、モンスター料理ってことは、素材から新規追加か……倉庫がさらに圧迫されるな」
「げえ……って、そうか。ひょっとして、料理の追加は表向きの理由で、本当の狙いは素材増による拡張倉庫の売り上げなんじゃあ……」
「なあ……ゼンさん」
「ああ……クボちゃん」
気づくと、お互いが顔を見合わせていた。
二人の声が揃う。
「……やっぱりえげつないわ、運営」
しみじみと運営の腹黒さを思い知った二人は、そのまま愚痴を言い続けた。
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―― 7:18
二人が、周囲を置いてけぼりにして愚痴を言い合っていた時に、それは起こった。
「さすがは、老人狙って年金根こそぎ奪っていく会社だけはあるよな」
「ああ、感謝なんてする必要はないな。こっちは安くない料金払ってる客なんだ、当然の権利だよ、権利」
「まったくだ」
春人が、腹立ち紛れにドラゴンステーキの最後の一切れを口へ放り込んだ時、動きが突然止まった。
直後、周囲に支離滅裂な音が流れる。
「おい? ゼンさん、どうした? 大丈夫か!?」
心配になったクボが声を掛けたが、反応は返ってこない。
それどころか、アバターは棒立ちのまま、頭上に“No Signal”の文字が点滅しはじめた。
その場に居たメンバー達もざわつき始める。
「え? 何があったんだ?」
「いや、俺に聞かれてもわかんねえよ……ただ、肉食った直後に咳き込んでたから、多分むせてるだけじゃないかとは思うんだけど」
「うーん……何事もなきゃいいけど」
心配して集まるメンバー達の前では、無表情の“ゼン”が待機モーションを繰り返していたが、やがて煙のように消えていった。