届かぬ祈り、遅すぎる終焉
暗い話なので、苦手な方はご注意下さい。
救いのない終わり方してます。
――――必ず、帰って来るよ。そうしたら、………結婚しよう。
◇◇◇
はぁ、はぁ、はぁ……。
自分の呼吸がやけに大きく響く。
戦場から少し離れた森の中。
彼は、もう何日もひとり逃げ続けている。
ともにいた仲間とは、ずいぶん前にはぐれてしまった。
一体、どれほど歩いたのだろう。
休むこともせずに動き続けた体は、鉛のように重く感じる。
―――戦場は、まさに地獄だった。
彼は兵士ではなく、徴集された平民であった。
まともな武器一つ持たされることなく、戦場へと送り込まれ、帝国軍の大規模魔法攻撃を受けた。
彼のいた部隊は壊滅し、彼自身も、その時に負傷した。
左肘から先は吹き飛ばされ、碌な手当てをすることもできず、破いた服で傷口を縛っている。
強く縛り過ぎたのか、あるいは感覚が麻痺しているのか、もう痛みも感じなくなった。
彼は力尽きたのか、木の根元に座り込んだ。
無意識に胸ポケットに入れていた写真に手が伸びる。
写真には彼と、恋人である女性が写ってた。
………リリア。
恋人は下級ではあるが貴族の娘であり、身分違いの恋だったが、この戦場から帰ったら結婚する約束を交わしていた。
ようやく、彼女の両親に結婚の許しを貰えたところだったのに…。
◇◇◇
彼の国が、圧倒的な軍事力を誇る帝国に一方的に宣戦布告したのは、もう半年も前のことだ。
宣戦布告とともに奇襲を掛けたが、元々の国力の違いもあり、彼の国が優位に立てたのはほんの一時だけだった。
今ではもう、ほとんどの兵士を失い、無理やり徴集された平民で構成された部隊があるだけで、その部隊すら、ほぼ壊滅状態だった。
ぼーっと写真を見つめていた彼は、物音がしたような気がして、そちらに視線を向けた。
……っ!?
て、帝国騎士っ!!!
そこにいたのは、帝国騎士団の制服を身に纏う美しい男だった。
男は、全身を返り血で真っ赤に染め、冷え切った瞳で彼を見つめている。
彼は思わずその場を後ずさろうとしたが、疲れ切った体は少しも動かなかった。
その男は、怯える彼を気にすることなく剣を構える。
い、嫌だっ!!死にたくないっ!!!
死にたくないっ、死にたくないっ、死にたくないっ……!!
……………っ、リリア!!
「あら?」
リリアは、当然ヒビの入ったティーカップへと視線を落とした。
「どうかしたの?」
一緒にお茶を飲んでいた母親が声を掛けてくる。
しかし、リリアはティーカップに意識を向けたままだ。
「やだ、ルークがくれた物なのに。
何で突然ヒビなんか入っちゃったのかしら。………何だか不吉…」
母親は、リリアの不安気な顔に苦笑する。
「気にし過ぎよ。戦争はもうすぐ終わると噂だし、ルークは兵士ではないのだから前線に派遣されたりはしないでしょう」
「………。そうよね。きっと、大丈夫よね」
「ええ、きっと元気にしているわ。
あなたは結婚式のことでも考えておきなさい」
リリアは、母親の言葉に小さく笑顔を返して、心の中で祈った。
どうか、彼が無事でありますように。
………早く帰ってきて、ルーク。
◇◇◇
帝国騎士団の制服を身に纏った男―――クラウディオは、今しがた自らが命を奪った兵士を見つめた。
碌な装備も身に付けておらず、彼が手を下す前からすでに全身ボロボロのようだった。
もうまともな兵士すらいないと言うのに…。
この国は、一体いつまで無意味な戦争を続ける気だ。
彼の属する帝国は大陸一の強国であり、他国を圧倒する軍事力を持っている。
決して、この小さな国が敵にまわせる相手ではなかった。
戦況は最悪と言っても足りない程悪いものとなっている。
しかし、何故かこの国の王は帝国からの再三の降伏勧告をはね退け続けていた。
クラウディオは兵士の亡骸へと近づき、その手に握られていた写真を見る。
それには、幸せそうに笑い合う男女が写っていた。夫婦か、あるいは恋人同士だと思われる二人。
男の方は、彼が殺した兵士だった。
早くこの戦争を終わらせなければ。
このままでは、罪のない民が犠牲になるばかりだ……。
その時、後ろから別の騎士が現れた。
彼の副官であるアルフォンスだ。
「閣下。こちらにいらっしゃったのですね。
帝都から通信が入っております。すぐに陣までお戻り頂けますか」
どうやら、いつまで経っても本陣に戻ってこないクラウディオを探しに来たらしい。
「…………」
「……閣下、どうされました?」
アルフォンスが、答えない彼を不審に思い声を掛けてくる。
しかし、クラウディオは副官の質問には答えず踵を返した。
「何でもない。……陣に戻るぞ。
いい加減、この馬鹿げた戦争を終わらせる」
――――帝都からの通信は、戦争の終結を伝えるものだった。
注意!作者は病んでいません。