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集う

朝になると町は活気に溢れていた。商業区は更に朝市が行われて日が昇った先から喧騒に包まれる。日が昇ると同時に目を覚ましたフォンは既に起きていたチノが朝市に出かける準備をしていたので声を掛けて手伝うことにした。

朝市は商業区のメインストリートで行われていて、ギナンの家もその通りに面していた為、家から出ればすぐにでも朝市にぶつかる。扉を開ける前から既に賑やかな喧騒が聞こえてくる。


「朝市は新鮮な食べ物がいっぱい出てるんですよ。その日の食材を買うんです」


この家の財布を握っているチノは仕入れ全てを担っている。ギナンは何も口出しもしないのはチノがこれから育っていくにしての練習みたいなものだと言うだろう。

如何にして収支を考えるか。まだ十二歳のチノでもその役割を得たのはもう5年も前の話だ。だからこそ、商談にも付いていくし、荷馬車にも乗る。


「フォン兄さんが結構な量食べるから、買出しも多くて楽しいです」


昨夜のうちに話をして暫く家にいるなら、ということでフォンの呼び方を改めた。一人っ子だったチノにとっては兄弟が出来て嬉しいのだろう。腕を組んでべったりだ。

朝市を歩いているとチノの顔見知りの商人がからかうように声を掛ける。


「おや、チノちゃん。彼氏つれて朝市たぁやるねえ。おじさんにもその愛分けてくれないかー!」

「やだ、おじさん。そんなんじゃないですよぉ」

「およしよ。チノちゃんはアンタみたいなロクデナシなんか相手にしていられないんだから。すまないね、コレもっていきな」

「あ、ありがとうございますおばさん」


朝市に並んだ屋台にいる商人たちから声を掛けられて他愛も無い会話をしながら買い物を済ませていく。時折向けられる視線がフォンには意味が解らなかったが、チノと一緒に居るということが原因だと言うことはわかった。


「フォン兄さん、暫くいるんですよね」

「ん。ギナンに言われた。俺はあんまり物を知らないようだからそれを知れって」

「で、それを教える係に私ですね。馬車の中でしたことの延長です。ここにいる間はずっとですから覚悟してくださいね?」

「ん……あ、ああ」


フォンの知識は偏りすぎてたり知らなすぎてたりと極端な情報と知識しかなかった。なので、最初に出会ったときの馬車での勉強から、暫くこの町に留まるのならという理由と次官の都合から足りないものを補えれば。というギナンからの通達があった。昨夜は世界の常識などを叩き込まれていた。


「色々と解らないことは聞いてくださいね。出来る限り教えますから」

「ありがたいな。まだ言葉もあんまり知らないことが多いから助かる」

「なら今度は文字を覚えて本を読むといいです。読みながら覚えられますし」


笑みを向けて来るチノはすごく楽しそうだ。フォンもその笑みを見て軽く頭を撫でてから買出しを続ける。何軒か屋台を回ったところで朝市の通りの反対側から朝陽を浴びてやってくる姿がある。昨日ギルドで会話をしたソニアだ。ギルドに居た魔法使いミスティが名前を言っていたので照らし合わせておく。

すると、向こうがチノを見て近づいてきた。周りに声を掛けられてるのはどちらも一緒か。言葉少なに対処しながら近距離まで。

朝、町の中ともあるのかかなりの軽装。というよりも簡素な余所行きの服だ。それでも気品を漂わせるのはエルフらしいというか流石と言う所だろう。そして陽光を反射するほどに綺麗な金髪が眩しい。


「やあチノちゃん。朝の買出しか」

「はい、ソニア姉さんもですか。お疲れ様です。あ、今日は此方の──今居候してもらってるフォンさんと一緒に」

「ああ。荷が無事でよかったけどギナンさんは怪我してしまったんだよな。やはり私も付いていけばよかったが……其方はお初にお目にかかる。私はソニア。冒険者だ」

「……フォン、だ。ちなみに昨日あっているはずだぞ」


ソニアがフォンを見るなり営業用とも言える笑みで自己紹介を始めた。ギナンの仕事の事は知っていたらしく、怪我の事まで解っていた。

軽めにフォンからも名乗っておいて昨日の事を言ってみる。


「昨日、か?すまないがどこでだろうか。君程の格好なら覚えているはずなのだが……」

「昨日ギルドで会った。そっちから注意を言ってきただろう」

「昨日ギルドで…………っ!?」


やっとそこで思い出したようで表情が一気に変わる。決定打になったのはギルドでの注意というフレーズ。ソニアとしては昨日は巨獣の事を聞きに一度だけしかギルドに行っていない。

そこでした事と言えば獣皮の少年に何か言った位だ。それが目の前に居る彼。あの時の事をソニアは完全に思い出す。


「チノちゃん。彼は」

「はい。アブロランの森の近くで知り合ってから父さんを助けてくれた人です。ちょっとあんまり?知識が偏ってたので私が教えてる所というのもありますけど」

「アブロランの……そうか。いや、昨日は失礼をした。少し気が立っていたみたいだ」

「構わないさ。そういう時だってある」

「すまないな。しかし、あの森の近くでか……よく巨獣に出会わなかったな。っと。奴は森から出ないらしいから話は別か」


ソニアが腕を組んで考え出すとチノもフォンも何事、と思って見やる。フォンとギナンチノが出会った場所の近く──フォンが育った森の名をアブロランと呼ぶ。グランヴィニアとミハの町を結ぶ街道の中央部ら辺で山間部に向けて群生している森の名だ。森の中はギルドによって難度を三段階に分けられており、草原付近を軽度、やや奥まった場所を中度。其処から先、山間部へ向かう奥地を高難度と定めている。奥地に行けば行くほどに魔物が活発に蠢いているとの情報もあり、稀に騎士団が動いて討伐に出る事もあった。

フォンが居たのは中度指定地域である。


「最近アブロランの森の奥地に巨獣が出たという噂があってね。侵攻に変わる前に討伐を、とギルドが総出で依頼を出してるところだ。全ランク向けだから誰でも受けられるが……」


其処まで言うと少しだけ視線をフォンに向ける。それに気づいたのかフォンも、


「あの森は俺が育った場所だ。とうさんもかあさんも眠ってる。その場所を邪魔するなら狩るだけだ」

「ふむ。見た目はかなりやれそうだしな。騎士団も参加すると言う話もあるし他にも沢山の参加者も居るし。手伝ってくれるなら助かるが」


其処まで言うとチノを気遣うように見る。チノもそれを了承したのか笑顔で何度も頷いた。


「君の保護者は許可を出してくれたが。どうする?」

「怪我しないように無茶しなければいいですよ。勿論ソニア姉さんも」

「ふむ。気をつけよう」

「俺はやることをやるだけだ」


心配顔のチノと比べて冒険者二人はやる気に満ちていた。怪我さえしなければいいというが巨獣の恐怖はチノでも理解している。だが、冒険者を止める事など出来ないのも理解している。


「フォン兄さんはまだFランクなんですから無茶しちゃだめですよ?いくらワーウルフを倒したからって」

「ほう。あのワーウルフをか。と言う事は結構やれるな。Fランクなのがおかしいくらいだが……ああ、昨日登録したばかりだからか」


本来ワーウルフは単体でもDランク相当の力が無ければきつい相手だ。それを相手にしたのだからフォンの実力も低くは無い、と見定めてソニアは値踏みした。


「ギルドには私から言っておこう。討伐に行くときは声がかかるはずだ。準備は今のうちにしておくといい」

「わかった」

「ではまた会おう。チノちゃん、朝から物騒な話をして悪かった。今度何かさせてくれ」

「いえいえ、大丈夫ですよ。気にしないでください。冒険者さんのことはわかってるつもりですから」

「全く。よく出来たコだよ」


短い返答をすると踵を返して立ち去ろうとする。振り向き際に笑みを飛ばしてから揺れる金色の前髪を手で抑えて来た道を戻るように歩いていく。綺麗な髪が雑踏の中に姿を消すのはすぐだった。其処からまた買出しを再開する。ついでにフォンの依頼で使うアイテムも打っていれば買ってしまおうと考えながら。




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グランヴィニア王国の城下。騎士練兵場に王国騎士団が朝から整列していた。とは言っても数小隊ほどしかいないのだが。主だった大きな隊は国境に向かっていたり任務についている。なので王国内を守護する人数は必要最小限となっていた。


「集まったのはコレだけか」

「は。それでも精鋭ばかりが集まっております。これならギルドが準備しているミハの町の冒険者よりも先に到着も出来ましょう」

「わかってるさ。俺も一緒に訓練してたんだからな。奴らの腕は充分にわかってるつもりだ。冒険者に遅れをとるような奴は騎士団には一人もいないと信じているからな?」

「その為に訓練をしてきたのです。国を守護するために」

「ならその言葉、確かめさせてくれるか?言うだけでなく、実際に行動して示してこその騎士だ」


練兵場を見下ろせる高台にプレートアーマーに外套を着込んだ男が立っている。その後ろには付きの騎士の男が一人だ。同じようにプレートアーマーに外套を着ている。この二人に違いがあるとすれば兜の有無だろう。前に立つ男は兜を被っておらず、左手で持ってるのみだった。

右手には一振りの剣。さまざまな意匠を拵えた純白の鞘に仕舞われた剣だ。それはまるで二振りと無いような見事なもの。地面を突き、杖のようにして立てている。


「で。すぐに出られるのだろう?その場からあまり動かないデータのある巨獣とはいえテリトリーから出ないとは言い切れない。即断での討伐が重要視される」

「ええ。騎馬も既に準備済みです。あとは貴方の号令待ちです。ゼファー副団長殿」


眼下に望む騎士たちはやれまだかと号令を待っている。王国全土から集められた血の気の多い猛者達だ。最是船に向かうことなく燻っていた力を発揮できる場面が待っている。そこで男を見せないでどうするのだと血が騒いでいるのがよくわかる。いや、女性もいるが。

一歩。高台に立つゼファーが控える騎士達に見える位置まで進む。それだけで空気が張り詰める。


「さて、諸君。巨獣がアブロランの森に出現したのは聞いているな。そのための遠征である。安全安心の国造りの為に彼の者には退場願いに行こうではないか。我らの信仰はトゥエ神が見守っておられる!我らが剣は聖なる力!魔なる者を滅する為に!いざ──進め!」


鬨の声が上がった。雄々しい声をあげて城門へと進む騎士達を見ながらゼファーもまた、踵を返す。


「俺達も行くぞ。ついて来い、レクト」

「は。 ──我らが副団長殿の望むままにその背を追いかけましょう。トゥエ神の赴くままに」


紅い外套を翻す。その背にはグランヴィニア王国の紋章の刺繍が金糸で刻まれており、存在をはっきりと強く、誇示していた。






「グランヴィニア王国騎士団、出るぞ────勝利をこの手に!」











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朝市から離れたソニアは一人でギルドに向かっていた。二十四時間フルサービスを謳うギルドは常に開場状態だ。どんな時間に冒険者が帰ってきても迎え入れられるようにと考えられたものらしい。まだ日が昇りきってすぐのこの時間ではまだ夜勤務の職員が詰めているはず。

商業区とギルド通りは大通りをはさんで反対側にある為にわたらなければならないが、朝とはいえ馬車の往来が激しいのも当然である。朝の仕込みやらで動く商人達の馬車が行き交う中、縫うように危なげなく渡って行く。


「ふう。この時間はいつもの事だが危ないな。わたれるような何か安全な策でもあればいいんだが」


基本として馬車等の大きなものが先になる。そのため、歩行者は馬車の進みを見極めてなければ往来をわたるのも危険だと言う事だ。ミハの町も中級程度には大きい為、子供でもそのルールは遵守している。王都ではきちんとした交通整理の法が出来ていると言うが、地方にはまだその案は届かないものである。


「地方都市は難儀なものだな……いっそ王都に掛け合うか。いや、だがそんなに発言権も無いのにどうするって言うんだよ……」


大きく肩を落として溜息。その後ろから肩を叩く感触があった。ふ、と振り向くと一人の女性が立っている。濃紺色の瞳と髪をした、ソニアより少しだけ背の高い女性だ。

動きやすい袖なしのレザースーツとショートパンツの格好は冒険者──特に前衛のソレだ。ナックルガードがその手にある所から明らかに拳士。


「ソニアじゃねーか。こんな朝早くから何やってんだよ。何かいいモンでも拾ったか?」

「ああ、ティニー。久しぶりだ。義姉上達は元気かい?」

「何言ってんだ。姉貴なら其処にいるぞ。ソニアの隣に」


ティニー、と呼ばれた女性が指差す先──ソニアの左隣には黒く長い髪をした女性が立っていた。一瞬心臓が跳ね上がる感覚を感じて一歩後ずさるがすぐに立て直す。

五王国で東に位置する『ヴィゼル』の民族衣装を着込んだ女性──リァは物静かに薄く笑みを浮かべて返答に変える。


「あ、ああ……久しぶりだリァ。しかし驚くからその登場の仕方はやめてくれ」

「私、さっきからずっと横にいましたのに。ひどいですのよ!?」

「あー、姉貴はステルス機能満載だからな。気配が読めないのは当然だ。あたしですら目を凝らさないと見えねーからな」


頬を膨らませて怒ってるリァと、ソレを宥めるティニーと。何時も一緒に居て、依頼もチームで組んでいる事が多いこの二人と、もう一人がいるはずだ。


「シゥはどうした?姿が見えないが」

「あいつはまだ寝てる。朝弱いからな。私らは噂の巨獣の討伐依頼を受けに、ってな」


右拳を左掌に打ち込んで肉の撃つ音を鳴らす。明らかに力が有り余ってるのを見せるティニーに比べて今にも倒れそうなリァのほうは頬に手を当てて困り顔だ。


「おねーちゃんはちょっと心配ですのよ。いくら巨獣とはいえ……」

「何言ってんだ。何時もだけど姉貴の魔法がないときついってのに」

「ああ。何度も同じ依頼になった時に助かったのは覚えてるな」


チーム・シェイド。西の魔法国家シュヴァルドの出身の魔法使いが集まって出来た一門で氷の系統を得意とする。リァとティニーは其処の所属だ。

色々な町にその門徒はいるようで、よくそのメンバーと依頼を同じにすることが多いのは冒険者の中でも噂の種だ。特に若く綺麗な女性が多い事に。


「ソニアも受けるんだろ?巨獣退治に」

「ああ。そのつもりだ。私の方から推挙したいのもいたしな。すぐにでも──早くて明日か。こういう依頼ならそのくらいにはもう出られるようにはなるんじゃないか?」

「お手伝い、しますのよ」

「シェイドがいるならかなり楽になるだろ。期待してる」


力強い味方が増えた事に満足しつつ、当初の目的を果たすためにギルドへ向かおうと二人を誘っていく。

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