静かに動く夜
食事中にギナンの誤解を解いて──と言ってもといたのはチノだった。食事は荷物運搬の仕事が終わった後と言う事もあってチノが言うには豪勢なもので。食べ方が解らなくてチノに色々と指定されながら。その後、軽く食事も終わらせてゆっくりしていると部屋に戻ろうとしているギナンに呼ばれた。
「おう、フォン。ちょっと部屋まで来てくれるか?」
「構わないが」
チノは皿を洗ったりと後片付けをしてるのでどっちとも手伝いが出来ないでいる。ギナンは一人で戻ろうとしてるが歩くのもきつそうなので肩を貸して部屋に戻る。
ベッドに座らせれば後は自分でやる、と言うので其処まで手伝う。
「ああすまんな。まだ傷が痛むのがきついな。いつもならチノの手伝いをしてやるんだが」
「こういう時くらいはいいだろ。確り傷を治すといい」
「まあ……そうだな。しかし……いや……う~む……」
歯切れの悪い感じに言うが腕を組んでみているフォンの視線の威圧に負けたのかおとなしくベッドに入り込む。ソレを見て任務完了と思ってフォンも部屋を出て行こうとする。
「ああ、待て待て。まだ用が終わってない。何のために呼んだか解らんぞ」
「ん。そういえば。用って何だ?」
「おう、ちょっとまってろ。渡すもんがある、から……」
呼び止められて足を止める。振り向くとベッドの脇に半身を突っ込んで何か探している。
「昔俺が使ってたものだが、無いよりはましだろ。その格好を見てそう思ったんだ。今まで持ってたダガーもいいがそれだとリーチが無いからな。いざと言うときは懐まで飛び込まないとなら
ないのは後ではなしを聞く俺やチノが心配になるってもんだ」
「……」
「だからこそこいつを受け取ってほしいんだよ。お前に。もう冒険者を引退しちまった俺はこいつを持って走り回ることも出来ないからな。なら代わりにこいつと一緒につれてってくれないか」
ギナンが上半身を持ち上げてベッドの脇から取り出されたのは一振りの剣だった。鍔の部分に羽のような意匠が拵えてある。何もないシンプルな黒い鞘に金色の羽のような鍔。
柄は獣の皮で巻かれていて握りが滑らないように工夫されている。柄尻には握りが抜けないようにと握り止めが獣の頭部を意匠して彫刻されている。
「俺が冒険者だった頃にずっと持ってた剣だ。丈夫で折れないがモットーで造られてる。年月は経ったがその分確りとしてるから強いぜ?」
「ギナン……俺は」
「おっと。拒否権は無しだ。俺がお前に持っていってもらいたいんだ」
片手で持った剣を突き出してくる。
「わかった……なら貰っていく」
「ああ。そうしてくれ。なんとなく俺はそいつがフォンの手にあったほうがいいと思ったんだ。だからそいつを渡したんだが──やるとはいってねぇ。いつか──ちゃんと返してくれりゃいい」
両手で剣を受け取ると剣自体の重量の他にも何か重さを感じた。一度ギナンに視線を向けてから許可を取り剣を抜く。両刃で幅として十cm程。一M程の長さだった。くすみも無く綺麗な刃だ
った。まるで自らが輝きを放ちそうな位だ。
「一見普通のライトソードだが、そこから更に製鐵して鍛え上げ直した一品だ。何度も俺の命を救ってくれた相棒でな。お前のことも護ってくれるはずだ」
沙耶にはベルトが付いていて、これで腰に引っ掛けて装備するようだ。ギナンがつけ方を教えてくれる。腰の右側から左側に掛けてベルトを通して剣をつける。
元々持っていたダガーは腰の後ろにダガー専用のケースをつけて其処に付けた。
腰に重さがわかる。今まで感じた事の無い重心のずれが生じているがすぐに慣れるだろう。今は気にしないでおく事にした。
「フォン。いいか、チノがなついてるお前だから言うが」
剣に意識を向けていたフォンは声を掛けられればギナンのほうを向く。何時も以上にまじめな顔だ。
「チノを泣かすな。つまり死ぬな。そして此処に戻って来い。俺たち商人は命を賭ける冒険者とは違って信頼や信用で人を見る。あのアブロランの森の近くでお前を拾ってからずっとお前を見
てきたが……ってもまだ三日だけだけどな。それでも信頼に値すると俺は信じた。荷を積んだ馬車だけじゃなくて俺も助けてくれたお前だから言うんだ。俺は、お前を、信じたい」
「ギナン……俺は」
「答えは口じゃなくていい。これからの行動で示してくれ。それで充分だ」
これで話は終わりと言いたげにギナンは視線をはずした。フォンもそれ以上は突っ込むことはしなかった。言わなくても分かれ。そういうギナンの無言の圧力を感じて一度頭を下げて黙って部屋を出て行く。静かになった部屋でギナンは扉の閉まる音を聞いてから扉へと視線を向ける。
「俺が言うことじゃないが──フォン。恐らくお前にはきっとこれから大変なことが起きるだろうぜ。何せお前はあの────」
その呟きは声に成ることは無かった。
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「巨獣が出ただと?」
「は。アブロランの森の中で見たという報告が」
手元へとやってきた報告書に目を通しながら持ってきた付き騎士に声をかける。アブロランの森はグランヴィニアとミハの町の真ん中ら辺に群生している森の名称である。
その中で巨獣を見たという。討伐は既にギルドが行っているが、その足止めで王国騎士団にも足を伸ばしてほしいとのギルドからの報告も一緒についていた。
金色の髪を梳き上げて自身の執務用の机の上の書類を見定めてから左右に分けていく。
「よし。早速編成をするか。後回しに出来るものと先にやらねばならぬもの──仕事も大変だ」
「ゼファー騎士副団長殿におきましてはヴァートハルト騎士団長殿の執務のカバー、と自分は得ておりましたが」
「そうだ。それだ。団長はどこに行った。なんでこういうのが俺のところに来るんだよ。あの人またどっか行ってるのか」
「騎士団長殿は三日前より北の封印国・シェンの前線に移動しております」
五王国の北に位置する国で、封印国と呼ばれている国、シェン。国力も国土も小さいながらも他王国と同等の強さを持っている。国としての情報も何もかもが少なく、謎に満ちている。
現在グランヴィニアは他王国の国力を調査する為に、という名目で各国境に騎士団を送り勤めている。
騎士団長という肩書きであろうとも前線に出る。現在の騎士団長の意向で『トップが前に出なくて何故皆を従えられようか』というコンセプトを掲げて常に最前線にて身を晒していると言う。
この騎士団長も嘗てはSランクに近いとまで言われた豪傑であったが騎士団への所属に当たり冒険者を引退した。
「ヴァートハルト団長もよく前に出られる方だからな……その分俺に回って来るんだが」
「心中お察し申し上げます」
「ああ、いいよ。んじゃ、編成か。とっとと決めて巨獣を倒さんと他の国に示しがつかんぞ?」
「は!すぐに準備を進めます!」
付き騎士はすぐに踵を返して部屋を出て行った。背中を見送った後に頭を激しく掻いてから深くため息をつく。
「巨獣ねえ……面倒な相手が出てきたもんだ。種類まではわからんだろうが……」
男──ゼファーの思いはいくつか心に留まる。巨獣とはその地域に住んでいた魔物や獣が突然変異で巨大化する現象を得たモノたちである。
必然的にその生息している地域のモノしか成る事は無い。だからこそ、アブロランの森は危険なのだ。中枢部あたりまでならまだ問題ない。だが、奥地に行くと危険な魔物も生息している。
再生能力を持つ獣や魔物がいると言う報告も騎士団に送られている。何度もギルドと共同して討伐に当たっていることもある。
だからこそ、この種が巨獣になってないかという心配があった。
「悪い心配は気にしてたら本当になるからな……よし、考えるのやめた!なるようになれ、だ」
いざとなったら自分が何とかすればいい。それだけの力は持っている。五王国中央部グランヴィニア騎士団副団長の肩書きを泣かすな、と心に誓い執務室を出て行った。
壁に掛けられた一振りの剣を置いて────