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Chain  作者: のの村。
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クローズド・サークル

「なぁ、どうする…?」



広間に置かれた振り子のアンティーク時計は6時15分をさしている。

金の装飾が入ったいかにもな皿に乗せられ、見た目にも美しい料理が次々と目の前に運ばれてくる。

広間には食欲をそそる香りが立ちこめているが、蘭はどうにも食欲がわかない。

大樹の問いかけにも曖昧な返事をし、空を見つめ髪をくるくると指に巻きつけている。







祥子から聞いたこの”ツアーの目的”。

そして屋敷の持ち主である【東雲冥臣】という名前。

蘭はその名前に全く心当たりがなかった。

5歳のとき母親が病で他界して以来、ずっと父親と2人暮らしで親戚交流などはなく父からも親戚がいるという話は一切聞かされていない。

しかし蘭自身、身に覚えがないとしても周りはそう思っていないだろう。

それを裏付けるかのように先程から不快な視線が蘭に注がれている。

【東雲】という苗字は珍しい上に、同じ苗字を持つ人物の遺産をめぐるツアーに参加しているのだ。

偶然が2つ重なることは最早奇跡に等しい。

大抵の人間なら必然と考えるだろう。

おそらく友人たちを除く他の参加者は蘭が東雲冥臣の親族であり、その遺産を持ち帰るために参加したのだと考えているに違いない。

当然赤の他人である他の参加者と違い、遺産を探すなら親族のほうが圧倒的に有利になる。

蘭は自分が非常にまずい立場にいることに不安を隠せなかった。

件の東雲冥臣がどんな人物であれ、彼らは他人の財産を平気な顔で盗もうとしている最低な部類の人間だ。

蘭が東雲冥臣とは全くの他人であることが証明できるか、あるいは証明できなくてもその遺産には一切興味がないという意志を理解してもらえなければ…。



「俺…生きて帰れないかも…」


「なっ!…変な事言うなよ…」



青ざめた顔でぼそりとつぶやく蘭に大樹は慌てて相槌を打った。



「例え無事に帰れたとしてもこの事が警察にバレたら俺らもう犯罪者じゃん」


「でも違法なツアーだったなんて知らなかったんだし、しょうがねーだろ…。つーか俺のせいだよな…なんか、ごめんな」



旅行の提案者である大樹は自分がこんな話持ってこなければ、と心底落ち込んでいるようだ。



「大ちゃんのせいじゃねーって。グチってごめん」


「ねぇ、お兄ちゃん達どうしたの?もしかして喧嘩しちゃったの?」



神妙な顔つきでぼそぼそと話す蘭と大樹を見上げ、鈴花が心配そうに見つめている。

祥子の話、これまでのいきさつを鈴花は知らない。

誰よりも皆での旅行を楽しみにしていた幼い少女にとても真実など話すことはできない。

正直自分達がこの後どうなってしまうのかもわからないが、せめて鈴花には楽しい旅行にしてやりたい。

そう考えた蘭と大樹はロウだけに今までの事を話し、鈴花には黙っておくことにした。



「んー、違う違う!腹減ったなーって話してただけだからさ」


「うん!鈴花もお腹ぺこぺこだよ、ご飯美味しそうだね!」



テーブルに並べられた料理を見て早く食べたいね、とにこやかに笑う鈴花だけが心の救いだった。

この笑顔が曇ってしまうような面倒だけはできるだけ起こしたくない。



「最悪、旅行会社に電話して船よこしてもらえばいいさ。病人が出たとでも言っときゃなんとかなるだろ」


「ケータイ、圏外だけどね」


「…固定電話くらいあんだろ?」


「なかった」


「えっ?」



蘭と大樹は揃って声の主のほうへ目をやる。

サスペンスよろしく携帯電話が圏外なのはあらかた予想していたが、一番予想したくなかった最悪の事実を教えてくれたのはロウだった。



「電話借りようと思ったら…なかった」


「マジかよ…今時恐山にだって電話くらい通ってるっつーの!

 イタコだってスマホの時代だっつーの!!」


「なんでそこで恐山出てくんの?つか、イタコ関係ねーし」



電話が通じない以上1週間後に迎えの船が来るまで敵意剥き出しの連中とこの洋館に閉じ込められる…考えただけで生きた心地がしない状況に大樹は酷く混乱してわけのわからない事を口走っている。

もし滞在中にトラブルでもあろうものなら間違いなく帰宅後に警察の厄介になる。

大樹が混乱するのもわからなくはないと蘭は思った。

むしろ蘭のほうが混乱したいくらいである。



「蘭は…欲しいの?遺産」


「はぁ!?要らねぇし!! …つか、俺関係ねーし」



ロウの言葉に蘭はつい声を荒げてしまったが視線の的となっている事に気付き、再び声のトーンを下げる。

対してロウはすぐ横で大声を出されたにも関わらず反応はいたって冷静だ。



「だったら、堂々としていればいい」



蘭はハッとした。確かにロウの言うとおりだ。

自分達は全くの部外者でたまたまこのツアーに参加しただけ。

怪しげな招待状など受け取っていないし、遺産などには興味ない。

彼らに敵意を向けられるいわれもないのだ。

もし後に警察に何か言われたとしても「知らなかった」と事実を述べればいいだけ。



「だよな…あの人達と極力関わらなければ面倒もないよな?もうさ、明日から飯の時間と寝る時以外は海でも行こうぜ。…泳げるかどうかは別として」


「…だな。折角旅行来たんだから、俺達は俺達なりに楽しまなきゃな!」



無表情のままこくこくと頷くロウに合わせ、蘭と大樹も頷いた。

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