幼馴染
「はぁ~…」
蘭は深く溜め息をつくと鞄を床に放り出し、仰向けにベッドに倒れ込んだ。
開け放たれた窓からは風の音とカモメの鳴き声。
真新しいシーツやふかふかの布団が心地よさを誘い、夕刻まではゆっくりと眠ることも出来るはずだった。
さっきの出来事さえなければ。
ぼ~っと窓のほうを見ているとコンコン、と控えめなノックが聞こえた。
「なんだよ、ドア開けっぱなしで。廊下から丸見えだぞ?」
そう言って大樹は苦笑いをすると蘭の隣に腰掛けた。
「昼飯まだだったろ?これ船乗る前にコンビニで買ったおにぎり。お前の分な」
「うん…」
蘭はぼーっとしたまま大樹からおにぎりの入った袋を受け取るが、
それを膝の上でガサガサするだけで食べようとはしない。
大樹は蘭の心中を察したのか、少し考えるといつもよりゆっくりとした口調で話し始めた。
「なぁ、蘭。あんま気にすんなーって言いたいけどお前のことだから多分無理だろ?
だからさ、確かめてみないか?なんであの人達の態度が急に変わったのか」
「蔵元とかいうおっさんに聞きにいくのはやだよ?俺」
コンビニ袋を見つめたまま駄々っ子みたいに口を尖らせている蘭の肩を大樹がさとすように軽く叩く。
「誰もあのネチネチ野郎に聞きにいくなんて言ってないだろー?俺だって嫌だよ。
でも華村先生なら、あの人なら絶対大丈夫だって!」
祥子の名前を口にすると自然と大樹の声が大きくなる。
実は自分の心配をしてるわけじゃなくて祥子と話す口実が欲しかっただけなんじゃないかという考えが蘭の頭をよぎったが、このままもやもやしているよりかは良いと思った。
だが不安もある。
あの時祥子も少なからず蘭に不審の眼差しを向けていたのだから。
「じゃ、とっとと飯食えよ。食い終わったら行こうぜ」
「ん、わかった」
蘭はコンビニ袋からおにぎりを取り出す。
具はツナマヨと鮭。
「お前昔っからそれしか食わねーもんな?」
さすが幼馴染だろ?とでも言うように大樹はにかっと笑ってみせる。
ついさっきまで蘭の頭の中を支配していた彼らの蔑むような目。
急に一人ぼっちになったようで少し怖かった。
でも横で豪快に笑っているこの幼馴染はいつだって自分の味方なのだ。
蘭は胸のつかえが取れたかのようにおにぎりにかじり付いた。
食べ慣れたはずのおにぎりはいつもよりちょっとだけ美味しく感じられた。