十日島へ
観光地の港というよりは漁港に近いその場所で蘭達は十日島行きの船を待っていた。
見渡す限り他の観光客の姿は殆どなく、地元の漁師らしき人間ばかりだ。
「11時15分発、十日島行きご利用の方~まもなく船が到着しま~す。受付を済まされてない方はこちらへお願いしま~す」
随分くたびれたワイシャツを羽織った中年男性が拡声器でうながしている。
そういえばチケットの確認がまだだった。
蘭は鞄から十日島行きのチケットが入った封筒を取り出すと男性の元へ向かう。
「え~っと…学生さん4人ね。東雲蘭さん、向島大樹さん、向島鈴花さん、ロウ・シンさんで間違いないかな?もう搭乗できるから。ちょっと狭いけど適当な場所に座っておいて。ああ、荷物はまとめて端っこにでも置いといて」
中年男性はチケットと搭乗名簿を確認すると荷物を運ぶのを手伝い、船着場前のテントへと戻っていった。
「わ~、なんかぐらぐらするね!鈴花、船に乗るの初めてだから楽しみ!これがお兄ちゃんの言ってた”クルーザー”なんだね!」
幼い少女は船の縁に掴まりぐらつく足元を見ながら無邪気にはしゃいでいる。
都外へ出たことのない彼女には海も船も何もかもが珍しいようだった。
「まぁ、”クルーザー”っていうよりは”漁船”だけどね」
「蘭!小学生の夢を壊すようなこと言うなよな!!」
船の腹に書かれた『日光丸』の文字を冷めた目で見つめる蘭に少々ムキになって声を荒げたのは蘭の幼馴染である大樹だった。
港へ向かうバスの中で妹の鈴花に「これからクルーザーに乗るんだぞ~」と得意げに話した手前、今更漁船でしたなどと言えるはずもない。
兄としての威厳もあるし、何より楽しみにしていた妹をガッカリはさせたくないようだった。
「大樹、大丈夫。クルーザーだと思えば…クルーザーだ」
今まで傍らでおとなしくしていた少年がつぶやく。
黒髪に少し変わった金色の瞳がよく映える中性的な印象の彼は船縁に腰を降ろし、無表情で3人を見つめていた。
「おっ、ロウその通りだ!まさしくその通り!!さすがエリート留学生は言うことが違うよなァ~」
味方を得た大樹はぱっと表情を明るくさせると腕組みをしうんうんと頷いた。
「まもなく出港で~す!」
先ほどの中年男性が船に向かって手を振ると、蘭達を乗せた船はエンジンを起動させゆっくりと動き出した。
「んじゃ、快適な船旅を楽しみますか!クルーザー”日光丸”で」
「いい事言うね~!さっすがは『ザ・卒業式でフラれた男』!」
「ちょ!!大ちゃんそのネタいつまで引っ張んの!?マジサイテー!!」
「うるせー!天罰だ、天罰!!」
「…楽しそうだね、お兄ちゃん達」
「仲良き事は…美しきかな」
晴天の元、きらきらと光る海には日光丸が立てる波音と彼らの声がこだましていた。