第1章-3
シンは大事な瞬間にきて固まってしまった。
(ちょっと待て! 俺、本物の銃なんて撃ったことないぞ・・・)
思えばこちらの世界にきてからというもの、初めて体験することばかりに巻き込まれている。
MSではあるが、車で人をひいてしまっているし、血溜まりや全焼した車、銃撃シーンを生で見たのも初めてだ。
そして何より、実銃を握るのも今この瞬間が初めてなのだ。
「遊底を引いて!」
少女に叱咤され、シンははっとして我を取り戻した。
言われた通りに、右手に握った拳銃の遊底を、左手で引いてすぐに離すと、かしゃん、という金属音を立てて、遊底は元の位置に戻った。
これで薬室内に弾がセットされ、撃鉄が起こされた状態となり、射撃準備は万端である。
あとは照準を合わせて、引き金を引くだけ。
「左のやつをお願い!」
「わかった」
シンは強張った顔で眼前のMSを睨みつけ、両手で握った拳銃の照門、照星、ターゲットのMSを重ね合わせる。
そして最後に、引き金にかけた指に力を込めた。瞬間、
「うわっ!」
ぱんっ、という、まるで厚みのある風船が破裂でもしたかのような音に、反動で両腕が跳ね上がり、シンは驚いて後ずさってしまった。
コンテナ内なので、銃声の大きさは生半可なものではない。
遊底から飛び出した空の薬莢が足元に転がった。
弾はMSの胴体に命中したらしい。着弾の衝撃で相手も後ずさっていた。
(思ってた以上に反動は強いけど、耐えれないもんじゃない。これなら!)
更に胴体目掛けて2発、3発と命中させると、MSはまた一歩後ずさり、その勢いのままアスファルトの上に倒れ込んだ。
「今の内に出ましょう!」
シンが初めての射撃体験をしている間に、少女も右の男を数発撃って、同じようにしてMSを弾き倒していた。
二体のMSが倒れた隙をついて二人はコンテナから飛び出すと、シンはすぐに運転席側に走り、少女はコンテナを閉めてから助手席に飛び乗った。
シンがトラックを発車させると、すぐさま少女は次の指示を告げた。
「あの出口で下りて」
「はいよ」
倒れた二体のMSをサイドミラーに捉えながら、数百メートル先にあった高速の出口を降りていく。
「あそこのコンビニの駐車場に停めて」
「ああ」
高架からの下り坂を下って高速の出口を抜けると、すぐ先には交差点があった。
電気が通ってないのか、信号は点いてなかった。
コンビニは交差点の角にあった。
シンは指示通りにコンビニの駐車場に入ってトラックを停めた。そして燃料を節約するためにエンジンを切った。
ふぅ、と溜息をついたシンは、運転での緊張をほぐすように背伸びをした。しかし、天井に両手がぶつかって腕は伸ばしきれなかった。
「銃の扱い、初めてにしては上出来ね」
助手席に座ったままの少女は、シンの方を見ず、前方を見つめたまま言った。
「え? そうか? 俺はただ無我夢中で撃っただけなんだが」
「これからもお願い、えっと・・・」
シンは、自己紹介をしそびれたことを思い出した。
「羽瀬崎 神だ」
「シン・・・ですね。私は逢坂 陽菜。ハルナと普通に呼んで」
「あ・ああ、わかった。それより、これからどうすりゃいいんだ?」
「生き残っている人を探す」
「生存者か・・・。果たしているもんかね」
「わからない」
仮にいたとしても、MSから身を隠しているだろう。
それはこちらから探すのも困難だということだ。
それに、いくら弱体化しているからといって、見つからない生存者に向かって一たび叫んでみたら、続々とMSが出てくるだろう。
生存者を見つけ出すとなると、かなり骨を折らなくてはならない。
くたびれもうけになる可能性も大いにあった。
しばらく二人は茫然自失したように眼前の道路を見つめていたが、その間に車が1台も駆け抜けて行くことはなかった。
少女が先にトラックから降りると、遅れてシンも外に出る。
シンが今向いている方角の、道路を挟んだ真向かいにはファミリーレストランがあった。
また、左側の道路を挟んだ向かいにはガソリンスタンドがあり、交差点を挟んだ斜向かいには公園らしき広場があった。
頭上には高速道路の高架が遠くまで伸びている。
途方もなく静かだ。
今までの日常が信じられないほどに。
「ねえ?」
「・・・あ・ああ」
少女に呼びかけられて、シンは我に返った。
「コンビニで食料を調達するから手伝って」
「わかった」
二人はコンビニの入口の前まで移動して、同時に立ち止まった。