序章-3
〇注意
これより先の物語は、震災直後に似た世界観となっています。
震災の被害に遭われた方は、不快に感じることがあるかもしれないので、読まないことをお勧めします。
また、残酷な表現も増えてきます(ある程度抑えてはいますが)。そういったものが苦手な方も、これ以降読まないことをお勧めします。
「うう・・・」
額を押さえながらシンは上半身を起こした。
どうやら車内のシートの上で倒れてしまっていたようだ。
「さっきのはなんだったんだ? てか・・・なんだこれは!?」
目先の光景に、シンは息を呑んだ。
一度深呼吸して瞬きしてみても、眼前の景色は変わらない。
ためしに頬をつねってみた。
「いてっ・・・夢じゃないのかよ!?」
シンは愕然として凍りついてしまった。
これで眼前にある光景が全て現実だということが確定したからだ。
「どうやら、あの世に着たというわけじゃなさそう・・・っとと」
シンはシートから立ち上がろうとしたのだが、危うくまたシートに倒れ込みそうになり、なんとか踏みとどまった。
平衡感覚を失っていたというわけではない。
車両自体が、脱線したかのように斜めに傾いていたのだ。
気を失っている間に事故が起きたのだろうか? それとも、意識を失う直前に見た光が、事故と関係しているのだろうか?
電車が止まっていた位置は、ちょうどトンネルから出た辺りで、それはシンが意識を失う瞬間に走っていた位置とぴったり重なっていた。
となると、あの光を見た瞬間に何かが起きたのだろう。
シンが今目の当たりにしている車内の光景は、意識を失う前とは一変していた。
傾いた時の衝撃が原因かは不明だが、そこかしこの窓ガラスが割れていた。
そして不自然なのが、開ききった両開きの扉だ。
強引に開けられたかのように、扉は反ったりひん曲げられたりしていた。それもかなりの怪力が加えられたような印象を受ける。
しかし、今シンはそれらとは全く別なことに戦慄していたのである。
車内に赤い水溜りが点在していたのだ。
恐ろしさからシンは車内から眼を背け、外を見た。
そして開いたままの扉から逃げるように外へ飛び出した。
線路のすぐ隣には、片側2車線の車道が沿うようにしてあった。
計4車線ある高速道路だ。
外では霧が出ていた。雨上がりか、もしくは朝方なのか。
ポケットの携帯電話をのぞくと、朝の5時をちょうど回ったところだった。
山中だからか、携帯は圏外だった。
落ち着いたところでシンは立ち止まり、考えた。
いったいどうしたというのか。
自分の気づいてないところで、やはり事故があったのか?
ならあの赤い水溜りは負傷者のものか。
いや、意識を失う直前、あの車両には自分以外誰もいなかったはず。
仮に乗客が複数人いたとしてだ。
駆けつけたレスキュー隊に負傷者が助け出されたとしよう。
そして、ひん曲がった電車の扉は、レスキュー隊が機械でこじ開けた跡だとしよう。
なら、どうして自分はたった一人で放置されていたのか?
何かがおかしい。
確かに電車は脱線してはいるが、外から見た感じでは、車体に亀裂が走っていたり、変形したりした箇所は見当たらなかった。
高速道路もおかしい。
車が一台も駆け抜けていくことはなかった。
この時間帯なら、いつもなら大型トレーラーや運送業者のトラックなどがよく行き交ってるはずだ。
暫く立ち竦んでいたが、やはり全く車が通らない。
まるで山中で孤立していたような孤独感にシンは襲われた。
このまま立ち竦んでいても仕方がないので、シンは高速道路を歩いて自宅のある街へ向かうことにしたのだが、その道中でようやく車を発見した。
しかし走っているのではない。
脇道に自動車三台が止まっていたのだが、異様なことに三台とも全焼していて、元の色がわからないくらいに真っ黒になっていた。
「いったいどうなってんだ?」
地震でもあったのだろうかとふと思い、シンは合点がいった。
なるほど、それなら今のこの状況も頷ける。
自分一人が放置されていたことは、少々歯がゆくて腑に落ちないが。
それからまた歩き続けて、更に先で乗り捨てられたような車が数台脇道に列をなして止まっていたのを発見した。その真横には全長3メートル程のコンテナを積んだ運送業者のトラックが止まっていた。
止まっていた車はどれも焼け焦げたりはしていない。
燃料があって、故障していなければ動かすことができるかもしれない。
今シンは自動車免許を取りに、放課後に教習所へ通っていた。
ちょうど運転に慣れてきた頃合だから、ここに止めてある車を使って家まで行くのもいいかと思ったが、それでは犯罪者になってしまうと踏みとどまった。
それに鍵がないだろうと思ったが、確か教習所で、地震などの災害時には、車は脇に止め、鍵をさしたままで置いていくことを教わっていた。
それなら、緊急時というわけで、車を少しの間拝借させてもらおう。
好奇心いっぱいにシンは車に近寄ってみたが、瞬く間に顔を強張らせて後ずさってしまったのである。
無論、人は乗ってなかった。そして推測は外れて、車に鍵はささっていなかった。
そこまではいい。問題は次の二つだ。
窓ガラスが割られていた。そして、運転席と助手席のグレーのシートにはシミができていた。そのシミは多方向に飛び散ったらしく、割れた窓ガラスにも付着していた。
シミの色は赤だった。
「ちょ、冗談だろ!?」
シンは車内の惨憺たる様相に絶望を感じた。
その時背後で、先述したコンテナを積んだトラックから、きぃっという錆びた蝶番が開くような音を耳にし、シンはトラックの方に振り向いた。
「いっ!?」
振り向いたと同時に、熱い物体がシンの左頬をかすった。
そこから生暖かい水が流れるのを感じとり、それが血だということに気づくまでに数秒かかってしまった。
まだ開ききらないコンテナの隙間から垣間見れる何者かのシルエット。
シルエットが伸ばした腕の先には、シンには到底信じがたいものが握られていた。
拳銃だった。