第2章-6
MSから助けられてからというもの、3人は九条に対して胡麻を擂るようになった。
「いや、あなたは命の恩人。だから師匠と呼ばせて下さい」
「なんでも言うことを聞きます」
「何なりとご命令を。なんなら夜の相手も・・・」
「いらんわ気持ち悪い! それに師匠と呼ぶな!」
金髪と赤髪、黒髪に攻め寄られ、呆れ顔を浮かべる九条。
「そういえば、おじ様の左手は・・・」
「おじ様言うな! 俺は九条だ! それにまだ30代だ!」
師匠がダメだったから、黒髪オールバックは呼び方を変えたのだが、逆効果というよりも気持ちが悪い。
黒髪のセリフは言下に遮られた。
3人はそれぞれもう自己紹介を済ませていた。
金髪ボブカットは海原 純。
赤髪パンチは井川 鈴。
黒髪オールバックは一宮 京斗。
セイカと九条が先ほど腰を下ろしていた倉庫内の最奥で、九条は3人の不良に取り囲まれていた。
セイカは先と同じ、機械の土台に敷かれた新聞紙の上に座っている。
「そうだ! 九条さんは人間なんだよな? なのにどうなってんだ? ナイフはへし折るし、血は出ないし、電撃は放つし」
金髪ボブこと、ジュンは思い出したように開口した。
「ああ、あの子にはもう言ったが、俺の左手は義手なんだ。MSと同じものがついている。しかも、MSを一時的に麻痺させることができる電撃を放てるおまけつきだ」
途中、九条はちらとセイカの方へ視線をやり、それから自身の胸の前まで左腕を掲げた。
「うぉ~すげぇ」
憧憬の眼差しで見上げるジュン。
「しかし、万能というわけではない。瞬間的に大量の電流を放つが故、頻繁には使えない。充電が必要なんだ。ま、その充電にはワイヤレス電源が使われてるから、時間が経てば勝手に回復してくれるんだがな」
「ほぇー、なるほど」
ジュンの背後で、黒髪オールバックこと、ケイトが感嘆の声を漏らしていた。
その後の話題は、どうして九条が義手になったのか、に移った。
当人が言うには、仕事でとある組織が関わった危険な山を扱っていた際、命を狙われてしまい、組織内で用心棒的な立ち位置にあったMSに襲われて片腕を失ったという。
そして、義手をつける際、またMSに襲われた時の事を考え、電撃という仕掛けが施されたのだ。
九条と不良3人組との応酬がしばらく続いていたが、やがてジュンと、赤髪パンチこと、レイは段ボールを地面に敷いて眠りについた。
やがて九条も眠気を感じ、機械の土台に腰を据えた体勢のままで、船をこぎ始めたのである。
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それは蝉が鳴きはじめて間もない初夏の頃だった。
民家3軒分あるかないかという広さの公園。
滑り台にブランコ、ジャングルジムや砂場に鉄棒といった、ごく普通の遊具類の置かれたその公園は、誰もいない。
園内のポールの上にある時計は午前10時を回ったところだった。
そのポールに背中を預けて座っているのは、学生服に身を包んだ九条である。
時は今から数十年前、この頃の九条は、髪を茶色に染め、整髪料で髪をピンピンに立たせていた。
今日は平日、創立記念日というわけでもない。
だが、九条は一人そこに座っていた。
いわゆるサボタージュ、九条は不良だった。
しかし、タバコも吸わない、アルコールも飲まない。
弱者を見つけてカツアゲだってしないし、喧嘩をしたこともほとんどない。
警察の世話になるようなことは一度だってしたことはないのだ。
この頃、九条には友達はいなくて、ずっと一人で学校生活を過ごしていた。
単に学校が退屈で、無味乾燥とした日々を過ごすのがいやだったのだ。
ふと、九条は小さな足音を聞き、徐に顔を上げた。
私服姿の、見た目10歳くらいのおかっぱ頭の少女がそこに立っていた。
「あげる」
差し出されたのは、飴だった。
少女の目に自分が惨めに映り、同情されたのだろうか? と、九条は胸中で苦笑しながら飴を受け取った。
「ああ、ありがとな」
封を破いて飴玉を口に含んだ時、またも足音が聞こえた。
おかっぱ頭の少女の背後に、彼女の姉らしき少女がやってきたのである。
やはり私服姿だった。見た感じは高校生に思える。
黒髪のセミロング、凛とした顔立ち、九条はその端麗な彼女の容姿に一瞬心を奪われ、思わず開いた口から飴玉を落っことしそうになった。
彼女たちはやはり姉妹だった。
妹は可愛く姉は綺麗という、美少女姉妹である。
そして九条は、その姉に一目惚れしてしまったのである。
姉は会釈して、妹の手をとると、背中を向けて去っていこうとした。
その背中に九条は声をかける。
「人のこと言えんが、こんな時間にどうしてここへ?」
姉妹は同時に振り返った。
「私たち、今日この街に引っ越してきたんです。ちょっと時間ができたから、少しだけ散歩しようかなって思って」
と、姉が答えた。
「そうか」
姉妹はどちらとも会釈して、公園から去っていった。
それが九条の、後の結婚相手との出会いだった。
九条の住んでいたのは、この公園の近辺で、姉妹の引っ越し先も九条宅の近所だった。
そして偶然にも、姉の転校先は九条の通う高校で、クラスも同じだったのである。
教室で、担任から紹介された姉を目の当たりにした九条が、目を引ん剥いたのは言うまでもない。
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うとうとしていた九条は、ぱちりと目を開くと、立ち上がった熊が威嚇するように両腕を掲げて大きく背伸び、大口開けて欠伸した。
九条が眠りについていたのはほんの30分程だ。
ケイトは、新聞紙を敷いた機械の土台に座って、持っていた携帯ゲーム機で遊んでいた。
そのちっぽけなBGMが、静かな倉庫内に漂っている。
九条はポケットからタバコを抜き取ると、火をつけて煙りを燻らし始めた。
セイカはずっと同じ体勢だったのだろうか、土台に座って、さっきのショットガンを抱いたまま、ぼんやりと地面を眺めていた。
残る二人の不良はダンボールの上でまだ眠りの中にいる。
舞い上がる煙を見上げていた九条は、何かを思い出したように、起きている二人にふと尋ねた。
「そうだった。聞くだけ無駄かもしれんが、ちょっと尋ねたい」
「はい」
セイカは俯かせていた顔を上げ、ケイトも無言のままゲーム機から視線を上げた。
「アリシア・シスクフォースという女を・・・いや、留学生を知ってるか?」
「いえ、知らないです」
セイカの返答に続いて、ケイトも無言でかぶりをふる。
「そうか。そりゃそうだわな。何せどこに住んでるかわかんないんだ。もしかしたら、ここから数百キロも離れた場所に住んでる可能性もある。やはり見つけるのは困難を極めそうだ」
無念そうに肩を竦める九条を見て、セイカは不思議そうに首を傾げた。
「アリシアさんという方を探して、どうするんですか?」
「ああ、ちょっくら頼み事を聞き入れてもらおうと思ってな。まあ、既に故人なら諦めるが」
「頼み事ってなんだ?」
と、ケイト。
「コンピューターウイルスを作ってもらうのさ」
セイカとケイトは同時に首を傾げる。
こんな滅亡しかけた世の中になって、コンピューターウイルスを作ったところでどうにもならない。
使い道は皆無だ。
「Uranos-code.c21、という名のコンピューターウイルスが実際に存在する。実はこのウイルス、今現在しっかりと暗躍している」
「今・・・ですか?」
怪訝そうに尋ねるセイカ。
「そうだ。今現在起きているMSの機能低下、それが今言ったコンピューターウイルスに因るものらしい。その作者がアリシア・シスクフォースなんだ」
そう。九条の言うコンピューターウイルスとは、パソコンに対するものではなく、MSに搭載されたOSに作用する方についてのことだったのだ。
「じゃあ、そいつに会って、今度は完全にMSを停止できるウイルスを作ってもらおうってことか?」
ケイトが尋ねる。
「ほう。君は鋭いね。まさにその通り。しかし俺が知ってるのは名前だけで、どこに住んでるかまでは知らない。今も生きてるのか不明だ」
その時、もぞもぞという物音が、眠りについていた不良二人の方から聞こえてきた。
「それは綾静町に住むアリシア・シスクフォースのことか?」
どうやら一人が目を覚ましたようである。
上半身を起こしてレイがそう呟いた。
国内にいる同姓同名の留学生なんてそう滅多にいないだろう。
十中八九間違いないと見ていい。
「知ってるのか?」
「一応な。綾静町は俺が中学の頃に住んでた町なんだが・・・」
その途端、九条は突然立ち上がったため、レイは驚いた顔で九条を見上げた。
「なんだよ? もしかして、今から会いに行こうってのか?」
「ああ。もしまだ生きてるとしたら、早い方がいいだろう?」
セイカは驚愕の面持ちでいたが、対して無表情のケイトは冷静に開口した。
「やめた方がいいと思う。真っ暗闇の中でもしMSに狙われたら、ひとたまりもない」
「ま、確かにそうだな」
答えながら九条は苦笑を浮かべて腰を下ろした。
「なら、君の意見に従って今日はここで寝泊まりする。そして明朝、ここを発つことにしよう」
「げっ!」
セイカは露骨に嫌な顔をした。
「やーよ! こいつらと同じ場所で寝るなんて信じられない!」
「じゃあこうしよう。俺と神咲君は中2階、君ら3人はここで寝る、でどうだ?」
「それなら、まあ、構わないわ」
渋々承諾するセイカ。
「まあ、信頼回復なんて無理だろうし、それでいいさ」
とケイトがいい、残る二人も同意した。
それから、九条が確保している、リュックに入った食糧を5人で分けて夕食を取り、前言通り二手に分かれて睡眠をとり、朝を待ったのだった。