表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/27

第2章-6

 MSから助けられてからというもの、3人は九条に対して胡麻を擂るようになった。



「いや、あなたは命の恩人。だから師匠と呼ばせて下さい」



「なんでも言うことを聞きます」



「何なりとご命令を。なんなら夜の相手も・・・」



「いらんわ気持ち悪い! それに師匠と呼ぶな!」



 金髪と赤髪、黒髪に攻め寄られ、呆れ顔を浮かべる九条。



「そういえば、おじ様の左手は・・・」



「おじ様言うな! 俺は九条だ! それにまだ30代だ!」



 師匠がダメだったから、黒髪オールバックは呼び方を変えたのだが、逆効果というよりも気持ちが悪い。

 黒髪のセリフは言下に遮られた。



 3人はそれぞれもう自己紹介を済ませていた。

 金髪ボブカットは海原 純(かいばら じゅん)

 赤髪パンチは井川 鈴(いがわ れい)

 黒髪オールバックは一宮 京斗(いちみや けいと)



 セイカと九条が先ほど腰を下ろしていた倉庫内の最奥で、九条は3人の不良に取り囲まれていた。

 セイカは先と同じ、機械の土台に敷かれた新聞紙の上に座っている。



「そうだ! 九条さんは人間なんだよな? なのにどうなってんだ? ナイフはへし折るし、血は出ないし、電撃は放つし」



 金髪ボブこと、ジュンは思い出したように開口した。



「ああ、あの子にはもう言ったが、俺の左手は義手なんだ。MSと同じものがついている。しかも、MSを一時的に麻痺させることができる電撃を放てるおまけつきだ」



 途中、九条はちらとセイカの方へ視線をやり、それから自身の胸の前まで左腕を掲げた。



「うぉ~すげぇ」



 憧憬の眼差しで見上げるジュン。



「しかし、万能というわけではない。瞬間的に大量の電流を放つが故、頻繁には使えない。充電が必要なんだ。ま、その充電にはワイヤレス電源が使われてるから、時間が経てば勝手に回復してくれるんだがな」



「ほぇー、なるほど」



 ジュンの背後で、黒髪オールバックこと、ケイトが感嘆の声を漏らしていた。



 その後の話題は、どうして九条が義手になったのか、に移った。



 当人が言うには、仕事でとある組織が関わった危険な山を扱っていた際、命を狙われてしまい、組織内で用心棒的な立ち位置にあったMSに襲われて片腕を失ったという。

 そして、義手をつける際、またMSに襲われた時の事を考え、電撃という仕掛けが施されたのだ。



 九条と不良3人組との応酬がしばらく続いていたが、やがてジュンと、赤髪パンチこと、レイは段ボールを地面に敷いて眠りについた。



 やがて九条も眠気を感じ、機械の土台に腰を据えた体勢のままで、船をこぎ始めたのである。





 それは蝉が鳴きはじめて間もない初夏の頃だった。



 民家3軒分あるかないかという広さの公園。

 滑り台にブランコ、ジャングルジムや砂場に鉄棒といった、ごく普通の遊具類の置かれたその公園は、誰もいない。



 園内のポールの上にある時計は午前10時を回ったところだった。

 そのポールに背中を預けて座っているのは、学生服に身を包んだ九条である。



 時は今から数十年前、この頃の九条は、髪を茶色に染め、整髪料で髪をピンピンに立たせていた。



 今日は平日、創立記念日というわけでもない。

 だが、九条は一人そこに座っていた。

 いわゆるサボタージュ、九条は不良だった。

 しかし、タバコも吸わない、アルコールも飲まない。

 弱者を見つけてカツアゲだってしないし、喧嘩をしたこともほとんどない。

 警察の世話になるようなことは一度だってしたことはないのだ。



 この頃、九条には友達はいなくて、ずっと一人で学校生活を過ごしていた。

 単に学校が退屈で、無味乾燥とした日々を過ごすのがいやだったのだ。



 ふと、九条は小さな足音を聞き、徐に顔を上げた。



 私服姿の、見た目10歳くらいのおかっぱ頭の少女がそこに立っていた。



「あげる」



 差し出されたのは、飴だった。



 少女の目に自分が惨めに映り、同情されたのだろうか? と、九条は胸中で苦笑しながら飴を受け取った。



「ああ、ありがとな」



 封を破いて飴玉を口に含んだ時、またも足音が聞こえた。



 おかっぱ頭の少女の背後に、彼女の姉らしき少女がやってきたのである。



 やはり私服姿だった。見た感じは高校生に思える。

 黒髪のセミロング、凛とした顔立ち、九条はその端麗な彼女の容姿に一瞬心を奪われ、思わず開いた口から飴玉を落っことしそうになった。



 彼女たちはやはり姉妹だった。

 妹は可愛く姉は綺麗という、美少女姉妹である。

 そして九条は、その姉に一目惚れしてしまったのである。



 姉は会釈して、妹の手をとると、背中を向けて去っていこうとした。



 その背中に九条は声をかける。



「人のこと言えんが、こんな時間にどうしてここへ?」



 姉妹は同時に振り返った。



「私たち、今日この街に引っ越してきたんです。ちょっと時間ができたから、少しだけ散歩しようかなって思って」



 と、姉が答えた。



「そうか」



 姉妹はどちらとも会釈して、公園から去っていった。



 それが九条の、後の結婚相手との出会いだった。

 九条の住んでいたのは、この公園の近辺で、姉妹の引っ越し先も九条宅の近所だった。

 そして偶然にも、姉の転校先は九条の通う高校で、クラスも同じだったのである。

 教室で、担任から紹介された姉を目の当たりにした九条が、目を引ん剥いたのは言うまでもない。





 うとうとしていた九条は、ぱちりと目を開くと、立ち上がった熊が威嚇するように両腕を掲げて大きく背伸び、大口開けて欠伸した。



 九条が眠りについていたのはほんの30分程だ。



 ケイトは、新聞紙を敷いた機械の土台に座って、持っていた携帯ゲーム機で遊んでいた。

 そのちっぽけなBGMが、静かな倉庫内に漂っている。



 九条はポケットからタバコを抜き取ると、火をつけて煙りを燻らし始めた。



 セイカはずっと同じ体勢だったのだろうか、土台に座って、さっきのショットガンを抱いたまま、ぼんやりと地面を眺めていた。



 残る二人の不良はダンボールの上でまだ眠りの中にいる。



 舞い上がる煙を見上げていた九条は、何かを思い出したように、起きている二人にふと尋ねた。



「そうだった。聞くだけ無駄かもしれんが、ちょっと尋ねたい」



「はい」



 セイカは俯かせていた顔を上げ、ケイトも無言のままゲーム機から視線を上げた。



「アリシア・シスクフォースという女を・・・いや、留学生を知ってるか?」



「いえ、知らないです」



 セイカの返答に続いて、ケイトも無言でかぶりをふる。



「そうか。そりゃそうだわな。何せどこに住んでるかわかんないんだ。もしかしたら、ここから数百キロも離れた場所に住んでる可能性もある。やはり見つけるのは困難を極めそうだ」



 無念そうに肩を竦める九条を見て、セイカは不思議そうに首を傾げた。



「アリシアさんという方を探して、どうするんですか?」



「ああ、ちょっくら頼み事を聞き入れてもらおうと思ってな。まあ、既に故人なら諦めるが」



「頼み事ってなんだ?」



 と、ケイト。



「コンピューターウイルスを作ってもらうのさ」



 セイカとケイトは同時に首を傾げる。

 こんな滅亡しかけた世の中になって、コンピューターウイルスを作ったところでどうにもならない。

 使い道は皆無だ。



「Uranos-code.c21、という名のコンピューターウイルスが実際に存在する。実はこのウイルス、今現在しっかりと暗躍している」



「今・・・ですか?」



 怪訝そうに尋ねるセイカ。



「そうだ。今現在起きているMSの機能低下、それが今言ったコンピューターウイルスに因るものらしい。その作者がアリシア・シスクフォースなんだ」



 そう。九条の言うコンピューターウイルスとは、パソコンに対するものではなく、MSに搭載されたOSに作用する方についてのことだったのだ。



「じゃあ、そいつに会って、今度は完全にMSを停止できるウイルスを作ってもらおうってことか?」



 ケイトが尋ねる。



「ほう。君は鋭いね。まさにその通り。しかし俺が知ってるのは名前だけで、どこに住んでるかまでは知らない。今も生きてるのか不明だ」



 その時、もぞもぞという物音が、眠りについていた不良二人の方から聞こえてきた。



「それは綾静町(あやしずちょう)に住むアリシア・シスクフォースのことか?」



 どうやら一人が目を覚ましたようである。

 上半身を起こしてレイがそう呟いた。



 国内にいる同姓同名の留学生なんてそう滅多にいないだろう。



 十中八九間違いないと見ていい。



「知ってるのか?」



「一応な。綾静町は俺が中学の頃に住んでた町なんだが・・・」



 その途端、九条は突然立ち上がったため、レイは驚いた顔で九条を見上げた。



「なんだよ? もしかして、今から会いに行こうってのか?」



「ああ。もしまだ生きてるとしたら、早い方がいいだろう?」



 セイカは驚愕の面持ちでいたが、対して無表情のケイトは冷静に開口した。



「やめた方がいいと思う。真っ暗闇の中でもしMSに狙われたら、ひとたまりもない」



「ま、確かにそうだな」



 答えながら九条は苦笑を浮かべて腰を下ろした。



「なら、君の意見に従って今日はここで寝泊まりする。そして明朝、ここを発つことにしよう」



「げっ!」



 セイカは露骨に嫌な顔をした。



「やーよ! こいつらと同じ場所で寝るなんて信じられない!」



「じゃあこうしよう。俺と神咲君は中2階、君ら3人はここで寝る、でどうだ?」



「それなら、まあ、構わないわ」



 渋々承諾するセイカ。



「まあ、信頼回復なんて無理だろうし、それでいいさ」



 とケイトがいい、残る二人も同意した。



 それから、九条が確保している、リュックに入った食糧を5人で分けて夕食を取り、前言通り二手に分かれて睡眠をとり、朝を待ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ