第2章-2
2014年10月14日、時間は昼2時を過ぎた頃。
彼らから逃げるべく、少女は急勾配の坂道を走っていた。
追いかけてきている彼らというのは、実はMSではない。
ただの人間、3人組の男からだった。
一人は金髪のボブカット、中肉中背の体格。
一人は赤髪パンチパーマ、背は金髪ボブカットより少し低く細身。
一人は黒髪オールバック、こちらも細い体躯をしているが、3人の中では一番上背だ。
服装は皆一様に白のカッターシャツに黒のズボンという学生服の恰好。
体格からして全員が高校生だということが窺い知れる。
そして、3人が全く同じ学生服を着ているところを見ると、同じ学校に通っていたのだろう。
しかし、金髪ボブの右手には、学生には不相応な物が握られていた。
バタフライナイフである。
警察も法律もなくなった今、女性にとってはMSだけではなく、たちの悪い人間からも逃げなくてはならなかった。
こつこつと紺のローファーを鳴らしながら、腰まで伸ばした薄茶色の長髪を振り乱して走る少女の顔は、女子高生にしては少し大人びた顔立ちをしていた。
真っ白なワイシャツの胸元には赤いネクタイリボン、紺のプリーツスカートの下には、同じく紺のニーソックスを履いていた。
彼女の名は神咲 聖華。
そう。これから始まる物語は、シンがハルナに出会う前日にまで遡った、セイカと一人のジャーナリストを中心とした物語である。
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セイカが坂道を下り終えると、交差点に着いた。
交差点の角には、お弁当のチェーン店やガソリンスタンド等があったが、人気は全くない。
その交差点を右に曲がると、全速力で緩やかな上り坂を駆け上がっていく。
息も切れ切れになりながら、それでもセイカは走ることをやめない。
「そんな逃げんなよ! どうせみんな死ぬんだから、最後に俺らと気持ちいいことでもしようや!」
金髪ボブがそんなことを言うが、3人が3人とも体力はそんなにないのだろう、セイカとの距離は次第に開いていく。
あいつらに捕まって玩具にされるくらいなら、MSに捕まって殺される方がマシだ、セイカはそう胸中で叫んでいた。
それ以前にだ。あいつらがMSの手にかかればいいんだ、とさえ思っていた。
セイカ自身も、運動は得意ではないために、体力に限界がきていた。
そんな時、ふと彼女の尻目にある建物が映った。
外見は学校の体育館のように奥行きのある建物、大きさも同じか少し大きいくらい。
この中に入れば、もしかしたら身を隠すことができるかもしれない。
(MSがいたなら、それはその時だ。追いかけてきたあいつらも道連れにしてやればいい!)
セイカは緩やかな上り坂の左側にある、幅5メートル程ある開け放たれた白い門を潜り、建物のある敷地内に踏み入った。
建物の入り口は建物側面にあり、ビルの建築現場の入口にあるような、カーテンを思わせる、折り畳み式の白いサッシのような引き戸で仕切られていた。
以前はこの引き戸を開いて、トラックなどが建物を出入りしていたのだろう。
カーテン状の引き戸の左隅には、屈めば潜れるくらいの小さな扉がはめ込まれたようにあった。
小さな扉には鍵はかかっていない。
セイカは扉を開けて潜り、中に入ると、ぴたりと足を止めた。
隠れる場所は多分にあった。
なにしろ、地面を埋め尽くすかのように、人間の背丈を裕に超える工作機械が置かれていたのだから。
ここは使われなくなった機械を格納した倉庫のようである。
倉庫の入口の周りだけは何も置かれてなくて、少しだけ空間があった。
入り口入って右手側に、今述べた山ほどの機械、そして左手側にはシャッターで閉ざされた別の部屋への入口があった。
シャッターで閉ざされたその部屋は、倉庫の屋根までの高さはなく、その部屋の上には中2階のような空間が広がっている。
大きなロフトと言えばイメージしやすいだろう。
シャッターの隣には鉄骨でできた階段が備え付けてあり、そこから中二階へ上がれるようになっていた。
また、今セイカのいる1階の開いた空間の中にはフォークリフトがあり、天井にはクレーンが吊ってあった。
昔はこれでトラックの積荷を積み降ろししていたのだろう。
少女は、入り口入って右、機械と機械の間に開いた一本の道を奥へと入っていった。
機械が所狭しと置かれているため入り組んでいて、まるで一本道の迷路だ。そのわずかな隙間を掻い潜り、先へと進んでいく。
この中のどこかで身を潜めて少しの間三人組をやり過ごし、呼吸を整えてから、隙をついてここを出よう、セイカはそう考えた。
途中で見つけた、高さ2メートル以上もある工作機械の下に僅かな空間見つけ、セイカはそこへ身を潜めた。
幸いか不幸か、倉庫内にMSがいる気配はない。
相手はロボットだけに、気配なんて元々ないのだろうから、もしかしたらいる可能性もあるかもしれないが、そんなことセイカにはどっちでもよかった。
息を殺し、じっとしていると、
「こん中に隠れたか」
「絶対見つけ出してやんよ」
3人組は中へと入ってきたようだ。
「このシャッター開かねえな」
「よし、京斗は階段の上を、鈴はここで見張ってろ。俺はこの奥を調べてくる」
「おーけー」
京斗と呼ばれた黒髪オールバックと、鈴と呼ばれた赤髪パンチパーマが同時に返事する。
直後、こつんこつんと鉄骨でできた階段を上がる足音がセイカの耳へ届いてきた。
続いて聞こえてきたのは、セイカと同じルートを辿って近づいてきている男の声。
「確かにこの建物に入ってくのを見た。絶対この中にいるはず、ふおぉぉぉっ!!」
突如奇声があがった。
「いってーーー。このっ! うぎゃっ!」
立て続けに二度目の悲鳴。
少女は思い出した。
道の途中で、直径5センチ程の鉄の棒が伸びていたことを。
おそらく、男はそれに足をぶつけて奇声をあげたのだろう。
そして二度目の悲鳴は、
「何やってんだ、馬鹿! そんなもの蹴飛ばしたら痛いに決まってるだろが!」
中2階にいた黒髪オールバックが上から見下ろしていたようだ。
どうやら、怒りから男は鉄の棒を蹴飛ばしてしまったらしい。
しばらくして足音が大きくなってきた。
バタフライナイフを持った金髪ボブカットだ。
金髪ボブは少女が身を潜めた機械の横を素通りしていく。
その時、
「ひっ!?」
セイカは微かに悲鳴を漏らしてしまった。
すぐ近くにネズミがいたのだ。
慌てて口元を押さえるが、時既に遅し。
「今の音・・・あそこか!」
金髪ボブがセイカの隠れた機械に近づく。
と、ちょうど彼の眼前を先のネズミが横切っていった。
「けっ、なんだネズミかよ」
幸運にも勘違いしてくれたらしい。
金髪ボブは舌打ちしながら更に奥へと進んでいった。
ナイフを所持した金髪ボブをやり過ごした。
少しだけ休めたから、また走ることもできる。
ここを出るなら今だろう。
でないと、今度は3人で丹念に探し出そうとするはずだ。
今動かなくては、次は見つかる可能性は高い。
中2階にいる黒髪オールバックに発見されないように、セイカは身を低くしたまま、元来たルートを辿り始めた。
さて、入口付近に差し掛かったところで、見張りをしている赤髪パンチと中2階の黒髪オールバックをなんとかしなくてはならない。
どうすべきか、と歩きながら悩んでいたところで、
「あうっ!!」
先程金髪ボブがつまずいたのと同じ鉄の棒に足をとられ、転倒してしまった。
「今の声! いたぞ! こっちだ!」
入口で見張っていた赤髪が駆けつける。
「んもうっ!!」
自分のドジさ加減に歯を食いしばりながら立ち上がると、なんとか赤髪をかわして外へ出ようと試みる。が、あっけなく捕まってしまった。
そこへ、残り二人も駆けつけたのである。
万事休すだった。