第1章-11
シンは眉間にしわを寄せた。
太陽は今最も高い場所に位置している。
それゆえ、強い直射日光はシンのまぶたを透けて差し、彼の意識を目覚めさせたのだ。
「・・・いてて」
上半身を起こしたシンは腰の上辺りをさすりながら、今まで横たわっていた場所を見やった。
アスファルトに敷かれた、畳まれた縦長のダンボール、シンはその上に仰向けに寝かされていた。
それから徐に首を左右にふって、変わり果てた駐車場の様相を認識する。
「そうだ! ハルナとあの娘は・・・」
シンの言葉は途中で途切れた。
「やっと目覚めたー」
まだ名も知らない少女の声を耳にしたからだ。
「よかった! 無事だったんだな?」
「私はね。でも、彼女さんはどうだろうね」
と、少女は意味深な答え方をして、シンとハルナが乗ってきたトラックを見やった。
ハルナはトラックの開け放ったコンテナの前で座り込み、なにやら思案顔で一点を見つめていた。
「無事なように見えるが・・・もしかして、さっきの爆発で記憶喪失になったとか?」
「記憶は失ってないわよ。あなた? まさか自分でしたこと覚えてないの?」
「俺、なんかしたのか? 爆発から守るためにハルナを庇っただけなんだが。その時頭に何か当たって気を失ったらしい」
だから、気を失って以降のことは、当然シンにはさっぱりだった。
自分がどうなったのか。何をしたのか。
いや、意識がないなら何もできないではないか、と胸中に少し反感を抱いていた。
「とりあえず、謝ってきなさいよ」
「謝る? 俺が? なにもやってないのに?」
「やったの。だから謝ってきなさい」
「・・・わかったよ」
少女の圧しと、体のだるさに抵抗できず、シンは億劫そうに肩を竦めた。
「私は入口にいるから。MSが来ないか見張ってるわ。・・・それに、ここにはあまり長居したくないから」
少女がちらっと視線を向けた方角は、今はもうこの世にいない男が、背を預けていたワンボックスが止まっていた位置だった。
「はあー。俺が気絶している間に何があったっていうんだよ」
嘆息しながらトラックの方へ向かうシン。
ハルナの傍らまで来て、シンはどう切り出そうか戸惑ったため、少し口ごもってしまった。
「・・・え・えっと、みんな無事でなによりだ」
「・・・そうですね」
間があいた。しかもシンの方を向いてくれずに、ただまっすぐを見つめている。
今まで素っ気なくはあったからわかりにくいが、シンには不機嫌そうに見えた。
「・・・何があったのかわからんが、ごめんなさい」
腰を深く曲げた低頭で、謝罪を述べるシン。
「謝らないでいい。気には・・・」
ハルナは淡々と答えていたが、途中で言葉がつまり、顔が急激に赤くなった。
「してない」
彼女がわだかまりを抱いているのは、誰が見ても明らかだ。
シンにはハルナに顔を赤らめられる覚えなど到底ない。
「何があったんだ? 俺、何かしたのか? よければ教えていただきたいのですが・・・」
恐縮そうにシンは疑問を述べる。
要因もわからずにただ謝るだけというのは気がひけるものだ。
教えてもらわねば、謝罪したシンだって腑に落ちないのは当然の流れ。
だが、シンの疑問を耳にした途端、ハルナは両頬に散らした紅の度合いを更に増した。
「・・・言えません」
「さいですか」
これ以上は答えてくれなさそうなので、シンは潔く引き下がった。
「そ・それより、どうして私たちは助かったのか、何があったのか教えてほしい」
アスファルトに半分埋まったMS、セダン車が激突した駐車場入り口の向かいの塀、4箇所の穴があいたブロック塀、最後にMSの残骸が散らばった直径3メートル大の穴をハルナは順々に見やり、
「爆発した跡があるし、塀に車が突っ込んでいる。この有様は尋常じゃない」
それを聞いたシンは、にんまりとしたり顔を浮かべ、
「わかった。種明かししよう」
シンは早速右手の人差し指の先に金色の光を纏わせ、そこからブロック塀目掛けて稲妻を放った。
「え・・・?」
ハルナは瞠目したままコンテナから飛び降りた。
シンは右の手の平を上に向け、人差し指を軽く曲げる。
その瞬間、稲妻でつながったブロックが、ごとっという音を立てて塀から飛び出し、空中で止まった。
シンが腕を横に振った瞬間、浮遊していたブロックは目にもとまらぬ速さで反対側のブロック塀に激突し、塀を貫いて奥の民家にぶつかり止まった。
「シン、超能力者?」
その現象の始終を目の当たりにしたハルナは、小首を傾げて尋ねてきた。
「さあ、何だろうな」
シンは自分でもこの能力を超能力と呼んでいいものか、疑問に思えた。
そしてふと、考えてみた。
幼い頃、森の中で倒れてきた大木のことをだ。
あれはやはりシンがやったものなのだ。
シンの記憶では、指先と大木との間で稲妻はつながってはいなかった。
しかし、幼くて未熟だったというべきか、それは見えなかっただけで、実は能力はしっかりと発動していたのだろう。
だからシンが振り返った瞬間、その動作で腕が振られて、大木は折れてしまったのである。
足音が聞こえたので、シンはその方角へ目をやると、名も知らぬ少女が、驚愕の面持ちで二人の方へ駆けつけた。
「すごい! それ、どうやるの?」
「知らん」
シンはそう即答するしかない。
「その変な力で、ここにいたMSを全て破壊したの?」
「変ってなんだ? 変って・・・」
眉尻をつり上げるシン。
しかし、彼の胸中では嬉しさが込み上げていた。
これなら拳銃のように弾切れしないし、一撃でMSを破壊することだってたやすい。
それを見透かしたように、ハルナが隣で囁いた。
「あなたなら、この世界を救えるかもしれない」
「んな大袈裟な。でも、MSをこの街から一掃くらいはできるかもな」
「それだけでも十分」
「そっかー。もっと早くにあなたたちに出会ってたら、おじさんも助けることができたかもしれない」
二人の応酬の中、少女はぼそっと呟いてからはっとして、
「あ、今のなし! 変なこと言ってごめん」
と、訂正した。
直前の発言で、二人に先の男を助けられなかったことへの後悔や罪悪感を覚えさせてしまうと考えたのだろう。だから少女は発言を撤回した。
そして、
「そうだ! ハルナとは済ませたけど、シンとは自己紹介はまだだったわね」
もちろん、シンの名は、あらかじめハルナから聞いていたのだろう。
「私は神咲 聖華。神が咲かせた聖なる華・・・なんて凝った名前だけど、見てくれも性格もこの程度なんだもの」
と、自分を卑下してみせる少女。
先の発言を挽回しようとして、それで場を和ませようとしたのだ。
「そうか? 名は体を表すって言葉通りだと思うが」
と、シンが臆面もなく言ったために、今度はセイカが赤面した。
「あ~・・・ありがと。お世辞でも嬉しいわ」
少し動揺してるらしい。戸惑いがちに少女は礼を述べた。
「さて、これからどうすんだ? 予定通り学校に乗り込むのか?」
「当初決めた通り、そのつもり。少し休憩を取ってから向かう」
そこへ、セイカが驚愕の面持ちで割り込んだ。
「待ってよ! 学校って、MSがうじゃうじゃいるんじゃないの!?」
「大丈夫。秘策がある。それに、いざとなればシンがいる」
「そうだった。ならいいか」
と、セイカはほんの少しだけ期待を込めたような顔でシンを見上げた。
そして20分程の休憩を取って、コンビニで調達した缶詰や栄養補助用のブロック状クッキーで昼食を済ませた後に、3人はそれぞれ立ち上がった。
「じゃあ、行きましょう」
ハルナはボストンバッグを持ち上げると、先を歩き始めたが、その出端、シンはハルナの背中に声をかけ、振り向いた彼女に右手を差し出した。
「それ、俺が持つよ」
しかし、ハルナはその言葉と挙動に、なぜか驚いたように硬直する。
(あれ? なんか変なこと言ったか?)
自分の言ったことを思い出して、反芻しながら別段問題ないよな、と再確認していると、
「・・・うん。お願い」
一拍の間を置いて、ハルナは手に持っていたボストンバッグを差し出してきた。
その際、ハルナの頬がほんの少し紅くなっていたが、シンはそれに気づくことはなかった。
ハルナからボストンバッグを受け取った時、予想していた以上にボストンバッグが重たかったため、シンは彼女の顔を見る余裕などなかったのである。
シンの所持している拳銃や弾薬がこのカバンから出てきたところを見ると、銃器や弾薬類が中に詰まっているのかもしれない。それにプラスして食料や救急セットが入っているのだ。
少し後悔、と内心では呟きながら、シンの口元には微笑が浮かんでいた。
シン自身、それには気づいていない。
これ程の重さのカバンを持ちながら彼女は移動しようとしていたのだ。
これで彼女の重荷を少しでも減らせるなら・・・、そう思っている内に無意識に出た微笑だったのだろう。
ハルナは歩き出し、後にシン、セイカが続く。
シンはふと、あいた手でポケットから携帯電話を抜き取った。そして長嘆息をついたのである。
「長い一日になりそうだ」
そう。シンがこっちにきてからまだ7数時間しか経ってないのである。
物語は始まったばかりなのだ。
やっと第1章を完結させることができました。
ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございますm(__)m
仕事の傍ら執筆しているため、更新スピードは遅く、不定期で、分量も少なめと、読む側からすれば大変読みにくかったと思います。
こんな気まぐれな駄文の作品にお付き合い下さって嬉しい限りです。
なにぶん、一人でつくったものをそのまま投稿しているため、一人よがりな作品になっているかもしれません。矛盾や誤字脱字もあるかもしれません。もしかしたら致命的な矛盾が存在しているかも>< その時は遠慮なく指摘をお願いしますm(__)m
また感想なんかをいただけると、執筆に気力が湧いて、投稿スピードが上がるかもww
読んでくれた方、本当にありがとうございました。