第1章-8
「くそっ!」
このままでは少女がMSの餌食になってしまう。
歯を食いしばるシン。
その隣でハルナが口を開いた。
それは、決して耳にはしたくない言葉だった。
「助けにいくことは奨めない」
ハルナの冷徹な言葉が胸を貫く。
確かに彼女の言っていることは正しい。
シンが拳銃一丁持って飛び込んだところで、相手にできるMSは多くて2体が限度。
ショットガンやマシンガンなどの類を持っているならばまだ可能性はあるが、7体ものMSを全て相手にするなんてのは、明らかに無謀だった。
それに、さっきのように途中で増える可能性もある。弾だってもつかわからない。
無駄死にする確率は大いにあった。
しかし、だ。
「いやあぁぁぁぁ!!」
少女の悲鳴に、シンは引き返したい衝動に駆り立てられる。
「じっとしてられっか!!」
シンは敷地内を見渡して、塀を越えるための手頃な足場を探した。
しかし、見つからない。
「仕方ねえ!」
振り返って、背後にあった縁側に上がる。
「シン?」
つられるように、ハルナは訝しげにシンを見上げた。
今シンの眼前にある、上下に2枚のガラスが張られていたらしき左右の引き戸は、どちらも言うまでもなくめちゃめちゃに割られ、引き戸の真ん中で横に伸びる枠は、小象が体当たりでもしたかのように真っ二つになっていて、切れ端は内側にひん曲がっていた。
これもMSの仕業だ。
でも、そのおかげでシンは屋内に楽に入ることができた。
「シン! どこへ!?」
室内に入って、そこから更に先へ進もうとするシンに、ハルナは呼びかける。
「悪い! あんただけでも生き延びてくれ!」
シンはそう言い置いて、部屋を抜けて屋内の廊下を走った。
そして廊下の奥、玄関の手前で見つけた階段を駆け上がると、駐車場のあった方角に進む。
ちょうど飛び込んだ場所は、子供部屋らしい。
壁際にベッドが置かれ、その反対側には学習机がある。学習机の側面には黒いランドセルが引っ掛けられてあった。
シンは扉の真向かいにあった引き戸を開けて外のベランダに出ると、コンクリートの胸壁から下を覗き込んだ。
駐車場の隅に止まっていたセダン車が見下ろせる。
「予想通りだ。いける!」
そしてシンは、予想外な行動に出た。
胸壁に足をかけると、そこから飛び降りたのだ。
刹那、べこっとなにかがへこむような鈍い音が辺りに響く。
両足から伝わってくる衝撃にシンは身を震わせた。
シンが着地したのは、セダン車の屋根の上だった。
痛みに堪えつつ、顔を上げると、
2台のワンボックスの前で、少女は7体のMSの群れに囲まれていた。
「ちょっ!! 離しなさいよ!! このっ!!」
両手両足を掴まれて、少女の身体は宙に浮いていた。
一矢を報いることはおろか、完全に身動きができない状態だ。
「やろーっ!」
いきり立ったシンはセダン車から飛び降りると、一体のMSに弾を撃ち込んだ。
「こっちだ! 火も使えないヘッポコマシンがっ!」
弾を受けたMSと、その左右にいた2体がこちらに身体を向け、計3体がシンの方へ接近を始める。
3体のMSが離れて、左腕と左足の支えを失った少女の身体は、アスファルトに落下した。
しかし残り4体が少女を依然とり囲んでいる。
どうにかして離さなくては。
あの男の二の舞にするわけにはいかない。
もし彼女の断末魔を眼に焼き付けたなら、一生眠ることができなくなるだろう。
シンは向かってくる3体のMSに順々に弾を撃ち込む。それに弾かれたMSが後ずさりする。
しかし、ダメージを受けつつも倒れる気配はなく、段々とシンの方へ詰め寄って来る。
これでは少女に近寄れないどころか、シン自身も捕まってしまう。
3体のMSが一歩、二歩と歩み寄ると、一歩、また一歩とシンは後ずさりを繰り返す。
「くそっ!! どうすりゃいい!?」
焦りから苛立つシンの背後の方で、今しがた鈍い音が立った。
振り返ると、シンがやったように、ハルナがセダン車の屋根に着地していた。