第1章-7
「このっ!」
ハルナはすかさず振り返り、右手のデザートイーグルをMSに向ける。
しかし、MSはあいたもう片方の手を振り、手刀でハルナの右手を弾いた。
「くっ!!」
弾き飛ばされたデザートイーグルは数メートル離れた地面に金属音を立てて落ちた。
「くそっ! なんでこのタイミングで!?」
苛立ちから歯を食いしばり、拳銃を構えるシン。
身長の低いハルナの背後には、彼女の頭二つ分程上背の大男のMS。
その顔面に照準を合わせる。
「ぐっ・・・」
MSはハルナの両腕を背中へ回して固めていた。その怪力に両腕を捩じ上げられ、ハルナは身体を震わせながら苦悶の声を上げる。
照準はMSにきっちり抑えてある。遊底側面の安全装置も親指で解除した。
しかし、引き金が引けない。
ハルナにあたるかもしれないという雑念が、指に力を入れようとすると邪魔をするのだ。
だが、このままだと、ハルナの両腕が折られてしまうのは目に見えている。
それ以前に、事態はもっと深刻のようだ。
「向こうからも来てます!」
先程までむせび泣いていた少女が、駐車場の入口を指差して叫んだ。
「なっ!?」
入口の方からは、更に7体ものMSが向かってきていたのだ。
「くそっ!」
もはや迷ってる時間はない。このままでは三人ともがお陀仏だ。だったら、行動を起こさなくては。
「当たったらゴメン!」
シンは覚悟を決めて引き金にかけた指に力を込めた。
刹那、轟く銃声。
アスファルトに空薬莢が転がった。
弾丸はMSの額中央に命中していた。狙い通りだ。
しかし、一発の弾で倒れる程MSがやわじゃないというのは、今までのハルナの戦い方を見て知っている。
だからシンは連続で引き金を引いた。
そうすれば、以前シンが捕まった時のようにMSはハルナの腕を解くはず。
一発、二発と、狙いにばらつきはあるものの、額のど真ん中を中心に弾は命中していく。
そして、4発目を撃ち込んだ瞬間、MSはハルナの腕を解放し、空を仰いでアスファルト上に倒れた。
解放されたハルナは、前のめりの状態から全速力でダッシュし、落ちていたデザートイーグルを拾い上げると、シンの隣に並ぶ。
シンは嬉しさのあまり思わずガッツポーズをとりそうになるが、途中で踏み止まった。
まだ7体ものMSがいるのだ。動きは遅いものの、確実に近づいてきている。
「一旦退く! ついてきて!」
「わかった!」
しかし、駐車場の出入口はMSの集団を挟んだ向こう側。
そこ以外は2メートル以上あるブロック塀に囲まれていて、駐車場から抜け出せそうにない。
どうしようというのか、とシンはハルナが走り出した方向を見て悟った。
ハルナは駐車場の隅に止めてあった、少女が身を潜めていたセダン車のボンネットに跳び上がると、屋根に上がり、塀に跳び移ったのだ。
「行こう!」
シンは立ち尽くしていた少女の腕を掴み、引いてみたが、動かなかった。
少女の視線の先には、亡骸と化した男。
「行こう! 早く!」
「は・はい」
シンの剣幕に圧され、少女はようやく足を踏み出した。
先にセダン車のボンネットに跳び上がったシンは、少女に手を伸ばし、彼女を引っ張り上げる。
それから車の屋根、塀へと跳び移ってから、また少女に手を貸して、車から塀に跳び移させる。
そこでシンはふと背後を振り返ると、MSの集団は踏み台にしたセダン車にぞろぞろと向かってきていた。
内、一体のMSが集団から離れて、亡骸と化した男の方へ寄っていく。
シンが顔面に銃弾を浴びせ続けたMSだ。
そのMSの振る舞いに、シンは目を見張った。
驚くことにMSは男の身体を肩に担ぐと、駐車場の出口へと向かい始めたのだ。
MSは人間を始末すると、その亡骸を回収しているようだ。
だから、この世界には亡骸が一向に見当たらなかったのだ。
次に目に入ったのが、駐車場のど真ん中で置き去りにされたボストンバッグと、ここまで乗ってきたトラック。
ちょうどその時、振り返ったまま固まっていたシンにハルナが声をかけた。
「このまま学校へ向かう!」
「え? ちょっと待て! 乗ってきたトラックは? あのボストンバッグは? 水やら食料やらがまだ残ってるんじゃ・・・」
「問題ない。人の乗ってない車を襲っているMSは今まで見たことがない。MSは人間以外は襲わない」
「そうか」
人以外には歯牙にもかけないというのなら、あのボストンバッグも漁られたり回収されたりすることはないのだろう。
ハルナは2メートル以上ある塀を飛び降りた。
駐車場の塀を越えた先は、言うまでもなく民家の敷地内だ。
後を追ってシンも飛び降りる。
ここで問題が起きた。
「ちょっ、ここを飛び降りるの?」
少女はふるふると首をふった。飛び降りるのを恐がっていたのだ。
「む~~り~~~っ!」
なんて世話の焼ける、とシンは内心でうんざりしながら、両腕を広げて受け止める体勢で塀の方へ寄ると、
「ちょっ、来ないで! パンツ見えちゃうじゃない!」
「どうしろってんだ!?」
シンが困り果てた顔でいると、
「私が受け止める」
と、ハルナが一歩踏み出す。
しかし、シンは彼女の腕を掴み、ひき止めた。
「いや、俺がやるよ」
ハルナの身長以上の高さの塀から、ハルナよりも背丈のある人間が飛び降りるのだ。
それを彼女が果たして受け止められるか、シンには危なっかしく感じたのである。
それに、少しでも彼女の役に立ってみたかったのだ。
しかし、ハルナを思っての、その愚直な行為が裏目に出てしまったのである。
「眼つぶっとくから飛べよ!」
「それじゃあ失敗するじゃない!」
それを聞いたシンは目をつむったまま嘆息した。
なるほど、こっちの世界にも、ちゃんとした怖がりはいるようだ。
ハルナのような一風変わった女子高生というのは、ごく一部の者だけなのかもしれない。
「いやっ!?」
突如少女が悲鳴を上げた。
シンはつむっていた眼を開けた。その眼前では、少女の足に手が絡んでいた。
「まずい!」
シンは少女の腕を掴もうと手を伸ばす。少女もその手を取ろうと必死に腕を伸ばした。
しかし、届くことはなく、 ・・・
刹那、少女の姿は塀の向こう側に消えてしまったのである。