第1章-6
そこにいたのは、血まみれになって座り込んでいる、30代後半と思われる男性だった。
ワンボックスの側面に背中を預け、両足を投げ出すように伸ばしていた。
それを目の当たりにしたシンは言葉を失い、握っていた拳銃を落としかけた。
男はスーツを着ていたが、元は真っ白だったと思われるカッターシャツは、ほとんど赤に染まっていた。
両腕がまくられ、肘から下がのぞいていたが、そこも肌色ではなく、赤い絵の具の筆を走らせたように血に染まっている。
額からも出血していて、鼻の周りを伝い、唇から顎先に向かって筋を描いて、胸元に垂れ落ちていた。
「最後に・・・人間に出会えた。賭けは俺の勝ち・・・だな」
男は苦し紛れに、時折痛みに耐えるように唇を噛み締めながら、搾り出すようにして途切れ途切れに声を発した。
「しゃべるな! 血がよけい吹き出る!」
そうは言ったものの、どこから出血しているのかわからない程に全身を真赤に染められているのだ。
そんな様相を呈しているだけに、シンは止血をするべきだと思いながらも、どこをどう手をつければいいかわからなくなっていた。
「あん? これだけ血まみれになりゃ・・・もう気にしてねえよ」
それにこの男自身が、もう助からないことを悟っている。
シンは隣に立つハルナに、戸惑いを交えた視線を送ったが、彼女は無言のままかぶりを振った。
「俺のことは気にすんな。そんな・・・ことより、プレゼントだ」
男は血まみれの右手を頭上へ掲げると、誰かを呼ぶようにゆっくりと手を振ったのである。
すると、駐車場の一番奥にあったセダン車の後部座席左のドアが開き、シンとハルナは同時に背後を見やった。
セダン車から出てきたのは、一人の少女だった。
薄い茶髪は腰まで伸びている。顔立ちは少し大人びているが、体躯はハルナに同じく華奢だ。
しかし、少女の方がハルナより5センチほど背は高いだろう。見た目からでは、少女はハルナとの年齢差が3つ程あるように窺えた。
着ていたブレザーの学生服は、シンには見覚えのないものだった。
真っ白なワイシャツの胸元には赤いネクタイリボンが付いている。
紺のプリーツスカートの下には、同色のニーソックスを履いていた。
「彼女を・・・」
男が苦し紛れな声で呟いたので、二人はまた男の方へ振り返る。
「頼む。じゃあ・・・そろそろ行くわ」
上げたままだった腕が、虚ろな眼でセダン車から出てきた少女を見上げていた男の顔が、同時にかくんと下がり、前屈みになったまま動かなくなった。
「お、おい・・・?」
シンは無駄だと思いながらも声をかけた。が、やはりもう返答はなかった。
シンは鉛の塊でも呑み込んだかのように、胸の中が重く感じた。
眼の前で人が死ぬ瞬間を目の当たりにするなんて、医者にでもならなければ滅多に遭遇なんてしないだろう。
「おじさん!!」
大声を上げてシンとハルナの間に割って入り、男の元へ寄り縋ったのは、セダン車から出てきた少女だった。
しかし男はもう息絶えていた。再び動くことはなかった。
嗚咽が聞こえてきた。少女は男の傍らで蹲り、泣いていた。
ハルナは咽び泣く少女の肩に手をかけようとしたが、何を思ったのか寸前で引き戻してしまった。
そして、そのまま立ち尽くしてしまう。
彼女のその挙動を見て、シンは顔を俯かせ、握っていた拳銃を更に強く握り締めた。
そして改めて今世界を襲っているこの窮地に身を震わせた。
どうして自分はこんな世界に飛ばされてしまったのだろうか? 今更ながらシンは恐怖と後悔を感じ始めた。
死と背中合わせの恐怖を日々感じながら、これから先も生き抜いていかなくてはならない。
それは元いた世界で暮らしてきた中で、日々感じてきたどんな絶望感よりも、はるかに胸を締め付け、恐怖が足を竦ませる、生まれて此の方感じたことのない程の絶望感だった。
そんな絶望感に満たされていたから足をすくわれたのだ。
「きゃっ! しまった!」
背後からMSが接近していたことに気づけなかった。
MSはハルナの左腕を掴みとっていたのである。