序章-1
それは、10年程前に、ある少年が母の郷里に帰省した時の出来事だった。
両脇を森に挟まれた、往来する車がぎりぎり行き来できるくらいの細い車道から、森の中へ少しだけ踏み入った場所。
そこでは、頭上を木々の枝葉が屋根をつくり、木漏れ日が降り注いでいた。
森の中にいたのは、小学校低学年の少年と、彼より二つか三つくらい年上の少女の二人だけ。
少年の名はシンという。
一緒にいる少女は、シンの母の実家の隣近所に住んでいる子だ。
帰省した際には、シンはいつも彼女と遊んでいた。
そして、今日も昼過ぎから少女と一緒に遊んでいたのである。
シンは自信満々に大木の前で仁王立ちした。
握り拳にした右手を大木へ向けて伸ばすと、更にそこから人差し指を伸ばし、親指を立てて鉄砲の形をつくった。
「じゃあ見ててね」
と、シンは覚えたてのマジックでも見せるかのように言った。
「うん」
シンから少し離れたところで、おかっぱ頭の少女がそれを見守っている。
人差し指の先にある大木をシンは睨み続ける。
すると不思議なことに、人差し指の先が金色に発光を始めたのである。
傍らの少女はのめり込むようにその光を見つめていた。
次の瞬間、発光したシンの指先から、光の線が稲光のようなスピードで放たれた。
まるでSF映画などに出てくる光線銃のようにだ。
光線は大木の幹に命中し、ぱんっと弾けるような音が辺りに響いた。
「わっ!!」
その現象に驚いた少女は後ずさる。
しかし、それから暫しの間をあけて少女は眼をぱちくりさせた。
「・・・ね? 何も起こらないよ?」
「う・うん」
シンは居た堪れないように、がっくりと肩を落とした。
彼女の言うように、不可思議な現象の直後には、何も起こらなかった。
大木が倒れたりすることはおろか、幹に穴が開いたり焼け焦げたりすることもなかった。
確かに少年が起こした今の現象は、人間離れしていた。
だが、こんなことができても、何の効果もないことに、シンは不満だった。
「つまんな~い」
少女が頬を膨らませるのを見届けると、シンは落胆したまま車道のある方角へと振り返った。
その刹那。
「え・・・?」
シンの背後でメキメキという音が立った。
気になって、大木の方へ振り向いた瞬間、
「危ない!!」
少女に押し倒された。
同時に轟音が轟き、砂煙が大量に巻き上がった。
しばらくしてようやく視界が晴れると、シンは轟音のした方を見やり、背筋を凍りつかせた。
シンの倒れ込んだところから僅か50センチ程隣に、標的にした大木が倒れていたのである。
メキメキという音は大木が折れる際に立てた音だった。
もし少女に押し倒されてなかったら、間違いなくシンは大木の下敷きになっていたであろう。
大木は根元から30センチ程の高さで折れていた。
しかし、シンが不思議な光線を当てたのはそれよりもっと高い位置だ。
幹が腐っていたようには見えない。
周りに立つ木々同様に見るからに頑強そうな大木だった。
偶然折れたとは到底考えられなかった。
だとすると、やはりシンの能力が関係して大木が折れたということになる。
二人は無事に済んだかもしれないが、倒れた大木は、高さ15メートルを越しているだろうくぬぎの木だ。
少し離れたところにある先述した車道を、倒れた大木が完全に塞いでしまっていた。
そのため、警察や町役場、地元土木会社のクレーン車等が動き、大騒ぎになってしまったのである。
木が倒れた原因は幹が腐っていたため、という内容で処理され、シンの能力が原因かもしれないという疑いを持っているのは、少女ただ一人だけとなった。
その事件以来、シンは能力に恐怖し、その力を封印してしまった。
そして10年の月日が流れたのである。