-過去-
祠のある小道を出た後、彰に着いて行くと一軒の家の前にたどり着いた。
二階建ての壁の白が綺麗な家だ。
悠には見覚えが無い。
平然と扉を開ける彰に悠は一瞬驚いた。
「お帰りなさい、…あら?」
恐らくキッチンにいたのであろう、出てきた女性はエプロンを着けている。
彰を一度見るもその後ろにいた悠を見て驚きの表情を見せた。
「…俺の母さん。ごめんな、一度会わせたくて」
悠は慌てて頭を下げて「初めまして」と同時に発した。
まさかいきなり彰の家族に会うとは思わなかった。
今まで一緒にいたものの、お互いの家族に会った事は無かったからだ。
彰の母親であろうその女性は優しく微笑みを浮かべて床に膝を着いた。
「彰の母です。笹野…悠くんね?いつも彰がよくして頂いて」
名前を呼ばれて驚いた。彰が話しているのだろうか?
もしかしたら守護する家系において既に悠の事を知っているのかもしれない。
「母さん…俺、悠を送ってくるから…」
「え、何言ってるんだ?そんな事しなくても帰れるから」
片手を左右に振ると悠は女性から悠へと視線を移した。
女性は穏やかな表情で小さく頷いた。
「いいのよ悠くん…うちの彰に送らせて頂戴」
そうだった、悠と彰は今までの関係とは違う。
彰にとっては今も出会った当時も守護する、されるの存在だったんだろう。
けれど悠はその事実を今さっき知った。
関係は深くなったはずなのに、悠はどこか彰が遠い存在になった気がしてならなかった。
「悠、ちょっとここで待ってて貰っていいか?」
彰に問われると一つ頷いて返す。
彰は履いているものを脱いで中に入ると、どこかの部屋へと入った。
後には彰の母親と悠だけが残る。
元々会話のコミュニケーションが苦手な悠は沈黙に少し焦った。
そんな表情を把握してか、女性はゆっくりと両手を伸ばして悠の右手に触れた。
包まれる体温に悠は驚くと目の前の女性を見つめる。
「彰を…よろしくお願いします」
祈りのような言葉だった。
悠が何かを返す前にすぐに手は離され、その背後から足音が聞こえた。
「ごめんな、それじゃ行こうか」
彰が再び靴を履くと玄関を出ようと悠を促す。
「……っ、…」
悠は何かを言いたそうに一度女性を見るも
その変わらない笑みに何も言えなくなってしまった。
悠は暫くすると一つ頭を下げて玄関の外へと出た。
手渡された何かを、そっと制服のポケットへと入れながら。
二人の姿が見えなくなるまで、母親はその背中を見つめていた。
「さっき…何かしてたのか?」
自分の知っている道に安堵の息を着くと、悠は隣を歩く人物に問い掛けた。
先程彰がどこかの部屋に入ったものの、少ししてすぐに出て来たのが気になっていた。
彰は「ああ…」と口にすると何か悩むように小さく唸る。
話す事を躊躇しているようにも見える。
「父親に、線香あげてきたんだ」
彰の家庭の事情を知らなかった悠は驚いた。
父親が不在の母親が健在、というのは悠自身の環境と似ているからだ。
そう思った矢先…
「俺の父親、悠の…、…父親の、守護してたんだ」
「え…」
歯切れの悪い口調で彰はそう言った。
驚いて思わず彰の方を向くと、彰も悠へと視線を返す。
笹野家は代々、生まれた子供に守護をつけると言っていた。
考えてみれば当たり前かもしれない。
悠の父親は婿養子でも何でもない、れっきとした笹野家の人間だった。
「俺の父親は笹野家自体は守ったよ…けれど、犠牲になった。
ああ、責めてる訳じゃないんだ。…その…」
彰は更に歯切れ悪くさせて後ろ髪を掻いた。
視線を少し俯かせてから再び上げる。
「悠の父親は、俺の父親と…死んでしまったんだ」
思わず悠の足が一瞬止まった。
続きを促すように悠はじっと彰を見つめた。
小さい頃の記憶は曖昧だ。
けれど、とても優しい父親だったのは覚えている。
悠が物静かな性格からか、叱られた記憶は全く無かった。
「…何かに、襲われた時に…って事か?」
神聖な場所故に邪なものに狙われる事が多い、と彰は言っていた。
彰はゆっくりと頷いた。
止めていた足を無理やり前へと動かす。
悠の事を気遣うかのような視線を向けながら、彰はその背中を傍に見つめた。
「詳しくは分からない…ただ、悠の家と、悠の母親は無事だったとしか。
相打ちに、なったのかもしれないな」
確かに悠の家は壊れた様子も無ければ母親も健在だ。
父親がいなくなったのが彰の父親のせいだとは微塵も思わない。
邪なもの…悠はレンズの奥の瞳を細めた。
思考を巡らせている内に悠の自宅へと辿り着く。
神社の本堂へ向かう為の長い階段を登る頃には、空は暗くなっていた。
玄関に辿り着く手前、彰は足を止めてその大きく聳える神社を見上げた。
まだまだ続きます。