-鬼狩り-
「どこに…向かっているんだ?」
学校を出てから暫くは黙って彰の後を着いて行くものの、
悠には見覚えの無い道だったのか少し不安そうに目の前の背中に声を掛けた。
「え?ああ…もう着くぜ」
細い砂利道を抜けると、広がるそこには…無残にも半壊した大きい祠があった。
夜の闇にひっそりと存在するそれは、見るからに只事で無い事が起こったのを物語る。
そして周りの荒れ放題の雑草から、何も手を付けられていないのが明らかだった。
彰は祠の目の前に立つと、少しの間どこか憂いを帯びた視線でそれを眺め
一度瞳を伏せると悠の方へ振り向いて、ゆっくり口を開いた。
「悠の家…笹野家は神聖な家だ、この街でもかなり大きい神社だけあって、な」
普通の家、とはやはり悠自身は思っていない。
それは神社の大きさもあるが、何となく…雰囲気のようなものが悠をそう思わせていた。
…それを、母親に尋ねる事はなかったが。
「大きく神聖な場所故に、色々な邪なものに狙われる危険がある。
いつしか、そこで生まれた子供には守護する者を傍に置くようになった」
初耳だ。…いや、違う。
悠は驚いているものの胸の奥で何かが引っ掛かった。
そしてはっとして気付く。
幼い時…そう、学校行事の節分に出なかった日。
母親に連れられて入った重い扉の向こうには、何故か鬼の像が置いてあった。
大きいその像の背後には横一列に何本もの太い蝋燭が灯されていた。
そして母親に言われたのだ。
『鬼は守ってくれるものなのよ…』と。
「守護する者は誰でもいい訳じゃない、ある程度力を持っていないと無理だ。
力が無いと、相手が人間に成り代わっている場合そもそも人間との区別もつかない」
「あの…転校生が、そうなのか?」
「ああ、そうだ。あれは人間じゃない」
教室で見た髪の長い女子…いや、人間でないなら化物とでも言えばいいのだろうか。
言葉が見つからずに黙っていると、彰が言葉を繋げた。
「悠は人間とその他の区別を見分けられる力が強い…
だから、その眼鏡を掛けさせたんだろうな」
眼鏡を掛けたのは…いつだったか忘れてしまった。
確か母親に掛けさせて貰った思い出がある。
元々視力が悪いのもあったからか違和感なく受け取った。
悠は人差し指でそのフレームに触れた。
夜の空気に晒されたそれは、指先にも冷たい温度が伝わる。
「俺は…俺たちには、鬼の血が流れてる」
ぽつりと言ったその台詞は本当に小さく、
ここが静かな場所でなかったら近くにいる悠でも聞き取れない程だった。
「え…」
「この辺りは俺の先祖…つまり、鬼の血が流れている人種の住んでいる場所だった。
絶滅寸前っていうんかな…今は殆ど、いないけど」
見た目笑ってはいるものの、悠の目には寂しそうに見えた。
「本来、鬼は邪なものだ…節分、あるだろ?」
悠はこく、と一つ頷いた。
「昔から、その日は鬼を追い払うのが風習だったけど…
一時期は鬼狩りがされていた時期があったんだ。
この祠は、その時に俺らの人種への見せしめに壊された」
彰は視線を再度祠へと向けた。
釣られて悠もそちらへと視線を上げる。
古くからあったであろうそれは、壊れてはいるが立派なものだったと想定出来た。
「うちの家系は元々力が強くて、人間に紛れる事が出来た。
だから生き延びれた…ひっそりと生きて来た」
人に邪険にされながらの生き方はどういうものだろう…
悠は想像をして表情を歪ませた。
…きっと楽しい訳がない。
それでも、悠の知っている彰はよく笑い皆に好かれる人物だった。
こんな、目の前の寂しそうな思い詰めた表情は、出会って初めて見る。
悠は一歩彰に近づくと片手を伸ばしてその髪に触れた。
彰は一瞬遅れると驚いた表情で悠の方を振り向く。
何を言ったらいいのか分からない、無言のまま悠はさらりと何度か撫で続ける。
彰は瞳を細めると嬉しそうに笑った。
そして、二人の僅かな距離を縮めたのは彰の方だった。
突然の事で今度は悠が驚きに手の動きを止める。
彰は悠を両手で抱き締めた。
「…彰」
誰かに縋りたいのだろうか、回された腕の力は強めだ。
悠は遅れて遠慮がちに抱き締め返した。
大丈夫だ、と安心させるように。
「笹野家の…守護する者としてうちの家系が選ばれた。
影で暮らしていく世界に、光をくれたんだ」
実際に選んだのは自分でないが、悠は良かった、と素直にそう思った。
もしそれが無かったら彰と出会う事もなかっただろう。
今まで普通に生きてきた悠にとっては、信じ難い言葉の数々だった。
けれど…彰の言葉を信じたいと悠は思った。
「お前は、俺が守る」
小さな決意の言葉と共に、更に腕に力が加えられる。
悠は…何も言わずにその腕の中にいた。
鼓動が早まり、熱が上がるのを感じる。
不快だとは思わなかった。
なぜだかは…悠自身にも分からなかった。
やっと3部です。
先が長い…ような気がします(汗)
が、頑張ります…。