ひとのふこうはみつのあじ
内緒と制限される話ほど、漏れ広がるのは早い。
特にとっておきであればあるほど。
なぜならば、人の不幸は蜜の味、だからだ。
「お義姉さま! あの女の出ていく日が決まりましたわ!」
パトリシアの元へ前触れもなしにいきなり押しかけて来たのは、ウェンディ・ブリッジ──チャールズの妹である。
「しかも、『神に召される日を待つ家』という場所がある修道院へ行くそうですわ」
部屋へ通されるなり侍女が紅茶をいれ終えるを待てず、興奮気味にぺらぺらと喋り出す。
「神に召される……? いったいどこにそのような」
「さあ? 名前までは憶えていませんが、よその国のようです。ようは、誰も看取ってもらえないような人を金を払って無理矢理受け入れてもらうってことでしょう? あんな胸を患っている女の看病なんて、我が家もごめんですもの。おかげで、うちは慰謝料払ってほしいところなのに、女を送り込むために寄付金を積んだそうですの。全く、あの疫病神ときたら!」
ウェンディは肩をすくめた。
「ウェンディ嬢、そんな言い方してはいけないわ。貴方のお兄さまの奥様なのよ?」
「あら。もうあの女はただの居候でしてよ」
「え?」
「昨日、執事があの女の元へ行って離縁届にサインさせたそうですわ。だから、もう当家とは何の関係もない、お荷物でしかありません」
「…………」
「それでですね、聞いてくださいな」
パトリシアの表情が固まっているなか、ウェンディはにいぃ……と口角を上げ、扇を唇に当て内緒話をするように声を低める。
「どうやらあの女、本当に死にかけているようです。骸骨みたいに痩せこけただけでなく、なんと、髪を平民の男のように短く刈り込んで……まるで処刑される人のようだとか。ただでさえブサイクで髪くらいしか取り柄がなかったと言うのに……」
「まあ……。お気の毒に」
「あん、もう! お義姉さまったらお優し過ぎますわ! 泥棒猫に同情なんかして! そんなことになったのは、身の程も弁えずにお兄様の妻に成り上がった罰を受けたのでしょう。あの女がやってきてから一か月あまり、毎日得意気にお兄様にくっついて、どれだけ煮え湯を飲まされたことか……」
「パトリシア、いけないわ。一時は家族だった人をそんなに悪く言っては……」
「いいのです。私はブリッジ伯爵家の令嬢。あの女は没落しかけの男爵家の孤児でしかも侍女だった上に、叔父に売り飛ばされたのですよ? 情けは無用ですわ」
買ったのはブリッジ伯爵家だと言うことは全く念頭にない。
「そう言えばあの女。図々しいことに執事にお願いごとをしたそうで、絆された執事がその話を両親にしているのを小耳に挟んだのです」
「ウェンディ……」
「どうやら、病んだ醜い姿を見せたくない故に修道院行きを決めたようで、屋敷を出る時もお兄様に見られたくないとねだったそうなのです。図々しいですわ」
「まあ……そうなの……。フランチェスカ様はチャールズ様をお慕いしていたのね」
「だからこそ、ですわ。これは絶対に会わせるべきだと思いません?」
「え?」
「あの女の望みを叶えてやる義理なんて、こちらにはこれっぽっちもありませんわ。むしろその姿をお兄様にはっきりと見せて、恥をかかせてやるべきです。無残な姿を多くの目に晒してこそ、あの女の執着も断ち切れるってもんですわ」
フランチェスカ・ノートンの情報は、なかなかパトリシアの元に届かなかった。
まずは、両親が亡くなって叔父家族に家を明け渡し、幼くして王宮の侍女になったこと。
王女を産んだ時に子供を産めない身体になった第二側室の離宮で働き、最初は下働きだったこと。
王女マルグリットの婚約及び留学の為、ジュネール国へ渡る時に一緒についていき、以来一度もヨド国へ戻っていないこと。
それだけだ。
パトリシアの記憶では、第二側室は跡継ぎ候補を産まなかったため勢力争いの圏外で、閑散としていた。
社交の場でも身体が弱いなどと母子ともにほとんど姿を現さず、側近たちの顔ぶれもわからない。
第二側室は妃たちの中で最も美しかったはずだが、好色な王が次々と女性に手を付けていくうちに忘れ去られ、王女マルグリットがジュネール国第三王子と成婚し、妊娠して悪阻に苦しんでいるという知らせが届くやいなや、見舞いのために出国して帰らないままだ。
やがていつの間にか離縁が成立し、第二側室の離宮は新たな愛妾の物となった。
この国において第二側室と王女と帯同した者たちはすっかり忘れ去られている。
それにもかかわらず、叔父に呼び戻されて緊急帰国したのがフランチェスカ・ノートンで、彼女についてわかるのは結婚式までのおよそ一ヶ月間の様子のみ。
チャールズがよく外へ連れ出していたらしく、目撃情報はそれなりに手に入った。
ウェンディはほんの数か月あまり年上のフランチェスカを義姉と認めがたく、あげつらっては口汚く罵るが、周囲の評判は悪くなかった。
背格好は確かにパトリシアに似ていたかもしれないが、明るい金髪の巻き毛と濃い青の瞳は似て非なるもので、夏の花のように溌溂として明るく、王女の専属侍女にまで上り詰めただけあって所作も優美だったと聞いている。
美人と言うより愛嬌のある娘だったと、見かけた人は語った。
何と言っても。
フランチェスカはパトリシアより五歳も若い。
それが、パトリシアの中に重くのしかかる。
「チャールズ様はずっとフランチェスカ様とお会いしていないのね?」
「ええ。結婚式の直後に私室へ駆け込んでからずっと」
「チャールズ様はお優しい方だもの。ずっと気にかけておいででしょうね」
ほう、と、パトリシアは悩まし気にため息をついた。
「大丈夫ですわ、お義姉さま。万事私のお任せくださいな」
胸を叩いて見せるウェンディに、パトリシアは春の日差しのように柔らかく微笑んだ。
「貴方のような義妹を持って、私はなんて幸せなのでしょう」
「お義姉様……」
ウェンディはうっとりと目を潤ませた。




