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さてさてどうする、こうしよう。

「あのー。ちょっとここで耳寄りな情報があるのですが、どうされますか? 御入用でしょうか?」


 ソファ席でクッキーとキャロットケーキとコーニッシュパスティをバリバリ食していた医師が手を上げる。

 彼がこうも呑気に滞在できる理由は、使用人たちが屋敷の東棟に集中しているからだ。

 まず、時々血を吐いている噂のフランチェスカの部屋へ近づきたくないのが一番の原因だが、実は東棟の大型改装が始まっており、人海戦術にて短期間で仕上げようとしているらしい。

 義妹の声が大きいのであっという間に理由が分かったが、ようはパトリシアとチャールズの新婚部屋を造ろうとしているとのことで、呆れを通り越してフランチェスカは爆笑した。

 使用人たちが浮足立っているおかげで、色々管理が雑になり、変装したフランチェスカたちはゆうゆうとティーセットをちょろまかすことができるのだ。

 そのお食事の数々を医師はとてもとても美味そうに食している。


「耳寄りな情報とは」


「お安くしときます。ついでにご提案もセットプランでありますが如何でしょう」


 この老年に足を突っ込みかけた医師は、営業能力にも長けていた。


「確か……君は。ロジャーと言ったな」


「名前を憶えていてくださり恐悦至極にございます」


 金の価値をよく知る医師、ロジャーはにこりと笑う。


「それで。耳寄りな情報とはいったいどこから入手したものかな?」


「まあ、私のように貴族の皆様の元へ呼ばれる医師は、別室で待たされることが多くございましてな。その間、色々と聞こえてくるわけです」


「なるほど」


 医師ロジャーとシャルルが向き合い会話を続けているのを、フランチェスカは傍観することにした。

 シャルルがいち早く情報の買い取りに動くなら、彼に払わせてもいいかという気になってきた。

 今後の事を考えると、一銭でも懐に残した方が良いのだから。


「それでですな。いやあ、フランチェスカさまはただ今売り手市場なのですなあ。こういうのって、『モテモテ』とか『モテ期到来』って若者なら言うんですかな」


「ああ?」


 寝台に座ったまま、思わずどすの効いた声を上げてしまうフランチェスカをサラが慌てて「まあまあ、落ち着いてくださいフラン様」と、とりなす。


「んん……。ごほん。ロジャー、その、どういうことかな売り手市場とかモテ期とか」


「どうです? 私の情報、価値がありますかな?」


「買う。いい値で買うぞ。いくらだ」


「……わかりました。それにつきましては後程。病人にはストレスが一番の大敵ですので」


 ロジャーのずいぶんな狸ぶりに、フランチェスカはくるみ割り人形のように目をかっと見開き歯をガチガチならした。


「おお、こわ。……どうか安静になさってくださいね」


「それで。ロジャー」


「はい。フランチェスカ様は婚約者としてブリッジ家に滞在している一か月の間、チャールズ様とよくお出かけになりましたね。主な目的はお買い物でしたが」


「ああ……。そんなこともあったわね」


 フランチェスカにとっては遠い昔の記憶だ。


「ですです。ありましたありました! あちこちのドレスメーカーで着せ替え人形みたいにたっくさんドレスを着せられて、美術館だの植物園だの、ティールームだの、連れまわされました!」


 投げやりなフランチェスカに代わって、サラが答える。


 今となっては、黒歴史もいい所だ。

 チャールズは率先してフランチェスカの部屋を整え、ドレスやアクセサリーを買ってはそれを身に着けさせ、デートだと手を引かれてあちこち出かけた。

 熱のこもった眼差しで見つめられ、指先にキスをされたり、髪にキスをされたりと、恋愛小説でよく見かけるシーンを色々と経験した。

 そんなことは初めてだったので、あっという間にフランチェスカも舞い上がってしまったのだが、ようは『パトリシアとやりたかった事』をされていたにすぎない。


「注目の的だったようですね、フランチェスカ様の美しさは。お若いことも相まって、チャールズ様はチャールズ様で、羨望の眼差しを受けて大得意になられていたとか」


「──は?」


「はあ? どういうことだ、サラ、ロジャー!」


「しー。声が大きすぎます。さすがに誰かが気づいてしまうかもしれませんよ?」


「す、すまない。それで、フランチェスカの魅力を知ってしまった男たちが……まさか」


「さすがは第二王子殿下察しが良い。パトリシア様とチャールズ様が再婚されるなら、フランチェスカ様は独り身に戻られる。しかも……」


「傷ものなら入手しやすく、さらに手垢がついていない状態で放り出される、という点でプレミアがついたとか?」


「フラン!……ん、ぐぐ……」


 またもシャルルが大声を上げかけて、三人に「シー」とたしなめられる。


「私、死にかけているって情報も出てるのに? 鬼畜ね……」


「ノートン男爵が『きちんと栄養を取り落ちついた環境で療養すれば治る程度』と触れ回っているので、まあ、それなら……といった所でしょうか」


 ブリッジ家で暮らしが針の筵だから悪化するのだとも言っているらしい。

 まあ、一理あるのだが、フランチェスカの設定上そうでもあるのだが。

 だがな!


「あんの、ごうつくばり……。やってくれたわね」


 売り主は叔父夫婦。

 目の前であれ程重病の演技を披露しても、生きてさえいればまだ換金できると算盤をはじいたのか。

 予想以上の堕落っぶりに、流石のフランチェスカも泣けてくる。

 フランチェスカは叔父との美しい思い出をぐしゃぐしゃに丸めて異次元ポケットに投げ込んだ。


「そのようなわけで。どうでしょう。私、サンニーニ修道院に伝手があるのですが」


「サンニーニ修道院?」


 三人の視線がロジャーに集中する。


 それは北の隣国の、大きな湖の真ん中に浮かぶサンニーニ島と言う所にそびえたつ、戒律の厳しい修道院だ。

 出入りの規制が厳しく、世捨て人の集う島と呼ばれている。

 理由の一つが、余命いくばくのない人間を受け入れて看取ることを、神から与えられた使命の一つとしているからだ。

 そして亡くなった者は必ず島の礎として合祀される。

 葬儀に参列ために入島することは禁じられ、故人の遺言で遺品を残す事は出来るが、受け渡しも島の外という徹底ぶりだ。


「ああ……その手があったのね」


「さすがはフランチェスカ様。のみこみが早い」


 ぱちぱちとロジャーは賞賛の拍手を贈った。


「そもそも追い出されたらそのまま旅に出て、どこかで死んだことにしようと思っていたのだけど。その様子だと、離縁した途端叔父の迎えがやってきて、次へ送り出されると言うわけね。でも、サンニーニ修道院が私を受け入れてくれるかしら?」


 死を偽装することに加担してもらうことになるが、清廉潔白を良しとするならば拒否されるだろう。

 

「問題ありません。神はいつでも救いを求める者を優しく守ってくださるものでございます」


 まるで自身が修道僧かのような口ぶりだ。


「──ほう。私のようなものでも?」


「もちろんでございます。実は、私の妻が昔あそこでお世話になりまして。それに偶然ですが、長男があそこで医療の修業しております。なので連絡は簡単に取れますよ」


「ああ……なるほど。それで」


「はい。ただし、あちらも慈善事業ばかりでは運営できませんから。ある程度ご用意いただくこととなります」


「ようは、こういうケースは珍しくないと言う事ね?」


「私の口からは何とも」


 にこにこと狸は人の好い笑顔を浮かべる。


「医師である私の診断および紹介で、サンニーニ修道院の修道女が迎えに来れば……。なかなか良いプランではございませんか?」


「……乗ったわ。前金としてジュネール金貨十枚。修道院は別途で、貴方への報酬よ」


「有難き幸せにございます」


 かくして契約は成立した。



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