ハウス!
ちらりと医師を見ると、彼はわかり易くそっぽを向いた。
くそう。
わきが甘かったのは認めよう。
「……ずいぶんとやつれたな」
「特殊メイクと着やせです。ご安心を」
そもそも、第二王子殿下も超絶技巧で変装している。
よほどの知り合いでない限り見抜かれることはないだろう。
「いや。俺を甘く見るな。お前が何キロ何グラム痩せたか今ここで言おうか」
「何ですかそのいらない特殊能力」
「君限定だから安心したまえ」
「ますます不安になります」
「あのう……。感動の再会はそのくらいにした方が良いのでは。あんまり長く喋っていると不審に思った誰かが乱入してきますよ」
サラの冷静なツッコミに、第二王子殿下が「ぐっ」と唇をかむ。
「……もう、帰って来い。変な芝居なんかしていないで」
「私はこの国の者で、ブリッジ伯爵子息の妻です。どこにも行けません」
「これが、君の言う『分相応』か? 夫は結婚式の最中に他の女と熱烈に見つめ合って気もそぞろ、誓いのキスもおざなりで花嫁を負傷させ、具合の悪い妻を心配するどころか、式の翌日から今も外で堂々と逢引きしているじゃないか!」
「……ずいぶんと事細かにご存じなのですね。まさか──」
キッとサラに視線を向けると、彼女はしれっとした顔で爆弾発言をした。
「だってえ。雇い主に情報提供するのは、雇われの鉄則ですしぃ」
「は? ちょっと待って、サラ貴方、マルグリット様に雇われていたんじゃなかったの?」
同僚だったサラがフランチェスカの帰国と結婚にあたり、侍女として帯同させてくれたのは長年の主人であるマルグリット様だったはず。
彼女は確かに言ったのだ。
『お祝儀がわりにサラを専属侍女として連れて行きなさいな。とりあえず三年分の給与は私が持つから』
そこで、雇用主=マルグリット、勤務先=フランチェスカと言う、少し特殊な勤務形態でサラは共にいた。
「てへっ。だってぇ。第二王子殿下がマルグリット様のにーてんご倍の報酬を出すって仰ったのですものぉ。断るわけにはいかないじゃないですかぁ~」
「ああ……。ここにも、金で買える忠誠心が……」
本気で眩暈がしたフランチェスカは額を抑えたが、気を失っている場合ではない。
「からくりは解りました。第二王子殿下」
「シャルル」
ジュネール国の至宝とうたわれる菫色の瞳でじとりとフランチェスカをねめつけてくる。
「は」
「シャルルと呼べと百万回言ってきただろう。シャルルと……」
「ああ、ああ。わかりました、シャルル殿下」
「で……」
「シャルル様」
「よし」
満足げな微笑みを浮かべるシャルル殿下に、サラと医師は胸の前で両手を組み、目を輝かせて野次馬をしている。
心労で本当の病気になりそうだ。
「シャルル様は、いつこの国へいらしたのですか?」
「着いたのは昨夜だ。大使館に転移装置があるからな」
「ああ……魔石の無駄遣いと無断入国……。即刻お帰り下さい」
「いやだ。君が私と一緒に帰るなら話は別だが」
「正気になってください、殿下。……シャルル様。不倫駆け落ち格差恋愛がウケるのは物語の中だけです。現実世界ではフルボッコです。貴方は継承第二位のジュネール国の宝。私は第三王子妃の元侍女で、没落寸前の男爵家出身の死にかけている伯爵子息夫人です。『間違い』は許されません。──いえ。私が、許しません」
「フランチェスカ」
「それとも私に第二王子殿下を誑かした阿婆擦れ侍女の汚名を着せたいのですか。第三王子殿下と王子妃殿下にも迷惑がかかるのですよ」
「フラン──」
「即刻、お帰り下さい。でないと、私は『本当に』死なねばならなくなります」
ビシッとフランチェスカは心の中で言い放つ。
ハウス。
「私は分相応に生きていきたいのです。そうでないなら死ぬしかありません」
「……君の叔父。ちっともいい人じゃなかったじゃないか。せしめた金貨二十枚。もうほとんど使ってしまったらしいぞ」
「そうですね。なんせ我が国の貨幣価値は低いのでそんなもんです」
「どうして。どうしてそんな奴らに義理立てして結婚した。『ごうくつばりめ』って悪態突くくらいなら──」
サラがいかに事細かに報告していたかがこれで証明され、ギギギ……と頭を動かすと、サラはサッと医師の背中に隠れた。
はあ……とフランチェスカは諦めのため息を一つついて、シャルルの問いに答える。
「小さい頃はですね。よく遊んでくれたのです。両親が忙しくて寂しい私の遊び友達でした、あの叔父は」
フランチェスカの相手をすることを口実に仕事をさぼっていただけなのだろうが、嬉しかったし、楽しかったのだ。
「父が亡くならなければ、今でも叔父は商会で呑気に雇われ事務をやっていて、分相応に楽しく暮らしていたことでしょう。彼は上に立つのはとことん向いていない人でした」
神童と呼ばれた父と甘やかされてやんちゃ坊主の叔父。
仕事も学びもサボって遊んでばかりの彼にいきなり地位と名誉と金が与えられ、人生が狂ってしまった。
「父に代わって私なりの詫びをしたつもりだったのです。この結婚は」
とはいえ、叔父夫婦があんな取引を交わしていたとなると、さすがにそんな情はすっかりなくなった。
「ふうん。それで、チャールズ・ブリッジにちやほやされて口説かれて、コロッと落ちた件はどう説明するのかな?」
ヒイッとどこからかサラの悲鳴らしきものが聞こえたが、構っている場合じゃない。
「それは──。まあ、私もウブだったということで……。今までそんな経験皆無でしたし」
至宝にはさすがにかなわないが、チャールズもそこそこ見た目は良い男だ。
あの義妹がブラコンに育つのもわからなくない。
そんな男にちやほやされて、ついついホワっとなってしまっても仕方ないじゃないか。
恋人いない歴=年齢のフランチェスカなのだ。
ワケアリ結婚だとしても、仲良くやっていけるんじゃないかと思ってしまったとしても、それを責められるいわれはない。
「私がいるじゃないか! 何度もアプローチしただろう!」
「仕事先の、はるか上の方からのお誘いなんて、パワハラのセクハラだと何度も言ったではありませんか。カウント致しません」
ぶほぉっと盛大に吹き出したのが聞こえた。
ここまで秘密を知ってしまって、この医師の命は果たして大丈夫なのだろうか。
「とにかく。私はブリッジ家及びノートン家と未来永劫縁を切るために、全神経を集中しております。もし邪魔をなさると言うならば、第二王子殿下とも未来永劫縁を切らねばなりません」
今一度、フランチェスカは心の中で強く唱えた。
ハウス!
「……わかった。邪魔をして悪かった。今日は……帰る」
今日は。
という言葉が引っかかるがとりあえず時間もないので、しおしおと萎れた異国の薬師と医師には丁重にお帰り頂いた。




