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フランチェスカ・ノートン

 金なしで人は生きられないが、金に人は殺される。


 それが、フランチェスカの座右の銘である。


 フランチェスカはノートン男爵家の一人娘だった。

 父親のノートン男爵は商会を営み輸入業を手広く行い、堅実な人として知られていた。

 過去形なのは、八歳の時に両親が災害に巻き込まれて亡くなり、父の部下であった叔父夫妻がノートン家を継いだからだ。

 虐待はされなかったがフランチェスカの部屋は従妹たちのものになり、数か月後には叔父に呼び出され、あることを打診された。


「第三王女の侍女にならないかと言う話が来た。受けてみないか。侍女と言っても下働きをするわけではなく、年の近い話し相手が欲しいらしいから、辛いことなどないはずだ」


 辛うじて提案の形をとっているが、子どもの意見を聞くつもりは一切ない。

 これは決定事項だろ? と両親を亡くしてからの紆余曲折ですっかり世の中を斜めに見る癖がついたフランチェスカは心の中で悪態をついた。

 厄介払い。

 身ぐるみはがされて路地裏へ放り出されるよりましと思い、黙ってうなずいた。

 持たされた荷物は子どもの持てる大きさのトランク一つだけ。

 中には両親に贈られたぬいぐるみと仕事先からのお土産という異国の置物と小さなアクセサリー。

 あと、父の万年筆が一本、母が使っていた化粧品の中の小さな香水瓶を一つ。

 母が縫ってくれた産着とおくるみ、そしてハンカチが数枚。

 それがすべてだった。

 まるで孤児院へ行かされるみたいだなと思ったけれど、文句を言ったところでもう屋敷の中の全てが彼らの物になっている。

 さすがに馬車は用意してくれたので、徒歩で入城せずに済んだが、ここで彼らとの縁は切れたとフランチェスカは解釈した。



 馬車から降ろされ、行く先々で止められては紹介状を見せて次の場所を指示される。

 十回ほど繰り返したどり着いたのは離宮と呼ばれる場所だった。


「貴方がフランチェスカ・ノートン男爵令嬢?」


 鈴を転がすような声、と言うものを現実世界で初めて聞いた。

 自分より二つ年上の少女は優雅な装飾の施された部屋でこてりと首をかしげて見せる。

 そして、その背後から更にパワーアップした美の化身が現れ、フランチェスカに向かって声をかけてきた。


「話は聞いているわ。私は第二側室のエレノアよ。この子は第三王女のマルグリット。とりあえず全ては侍女長の指示に従ってね。貴方がここの暮らしに慣れた頃にまた会いましょう」


 生きてる。

 動いている。

 喋っている


 あまりにも二人が美し過ぎて、これは夢なのではないかと思い、こっそりスカートの上から太ももをつねってみた。

 痛い。

 現実だ。

 目がつぶれそうだ、という表現も誇張ではないのだとフランチェスカは八歳にして知った。


 この国の現国王には王妃の他に三人の側室がいて、第二側室以外は全員男子を産んでいる。

 しかも同時期にポコポコ生まれたせいで、継承権争いが勃発し、色々と面倒な状態だ。

 そんな中、王女一人しか産まなかった第二側室は勢力争いの圏外の離宮でひっそりと……いくらか平和に暮らしている。

 城内唯一の安全地帯と言って良い場所らしく、その点についてはのちに叔父に感謝することになった。


 ともかく、フランチェスカは住み込みの見習い侍女を務めた。

 厨房の下働き、皿洗い、洗濯、雑用……。

 遠慮なくこき使われた。

 同じ時期に入城した貴族の子どもたちは早々と脱落して、残ったのはフランチェスカだけだった。

 帰る家はないのだから、頑張るしかない。

 途中で一つ年下のサラが加わり、彼女も郷士の家の子だくさん家族の末っ子で代替わりした兄家族から追い出されたらしく、すぐに意気投合し土臭く働いているうちに年月が過ぎた。


 二年ほど働いているうちにフランチェスカとサラは傍で控えることを許されるようになった。

 たいていはマルグリットの勉強の時に近くで立って見守る役目で、途中から二人にわざと聞かせている事に気が付いた。

 そうして見聞きして空き時間に復習することで身についていく。

 他にも数人同じ立場の少女や少年がいて、気が付けば全員側近として育て上げられていた。


 マルグリット王女が十三歳になったころ、数国挟んで東側に位置するジュネールという国へ向かうことが決まった。

 留学という名目だが、その国の第三王子との婚約がほぼ内定しており、フランチェスカたちもついていく。

 その時点で既に叔父の継いだ商会は大きく傾いていると情報が耳に入っていたが、フランチェスカはそっと国を出た。

 行ってみるとジュネール国は文化度が高く経済も安定し、とても暮らしやすい国だった。

 労働報酬が三倍に跳ね上がり、フランチェスははここぞとばかりに蓄財した。


 おかげで、その金が今、とてもとても生きている。

 例えば、医師の買収などに。



 フランチェスカは食中毒の捏造工作のため、ジュネール金貨を二枚、医師に渡した。

 ジュネール金貨は品質が良い上に世界的に信用度が高く、一枚でこの国の三枚……いや四枚分に相当する。

 せっせせっせとフランチェスカが医師に金貨を渡すため、もはや以心伝心。

 ツーと言えばカーと答える仲だ。

 あまりにも楽に買収できたため、彼がもっと高い報酬に簡単になびくことを見落としていた。




「あの……。何故貴方様がこんなところに?」


「何でって、君はいったい私を何だと思っているんだ」


 医師が珍しく薬師を連れて寝室へ入ってきた。

 見た目は、ジュネールよりさらに東の奥地にある異国の薬師。

 だが、フランチェスカは一目でわかった。


「いったい、何をなさっておいでなのです。第二王子殿下」


 どういうわけなのか。

 ジュネール国の第二王子が、いたくご立腹なご様子で、フランチェスカをじとっと見下ろしていた。



 

 

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