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隠密大作戦

[本当に馬鹿なんじゃない? いや、真正の馬鹿だった]


[つける薬はないって本当なんですね~]


[想像以上で、もはや手の施しようがないというかなんというか。あいつらどうしてくれようか]


 カチャ……とフランチェスカは銀縁眼鏡のつるを押し上げた。

 サラと潜入しているのは、富裕層たちの集うティールームである。

 二人の目と鼻の先で、チャールズ・ブリッジ伯爵子息とパトリシア・ベンサム伯爵令嬢が、じっとりと見つめ合いながら器用にお茶を飲んでいた。


[ああ……。ホント気持ち悪いわあ……]


[二人の世界は個室でやれよ全くぅ、ですねえ]


 ちなみにフランチェスカとサラは異国の貴族に変装し、会話の言語も変えている。

 だから、誰も同じ空間に引きこもりのポンコツ新妻が夫の偵察をしているとは気が付かない。


[フラン様。これ、あと二か月待つ必要ありますかね?]


 フランチェスカが寝室に籠城して一か月経った。

 肺病が悪化して少量だが喀血しているようだとサラが噂を流したおかげで、誰も近づかない。


[三年待つよりましよ。今後の事を考えると、念には念を入れなければね]

 

 この結婚が現在『白い結婚』であることは、おしゃべり雀の義妹が面白おかしく語っているおかげで知らぬ人はいない。

 この国の皆が証人となってくれる。

 フランチェスカは婚姻歴を抹消することに固執せずに、スムーズかつスピーディーに彼らと縁を切ることに的を絞った。


[ま。だいたい様子は解ったから帰りましょうか。そろそろめんどくさいのがまた来る頃合いでしょうから]


[ああ~。諸悪の根源そのいちズですね]


 異国からの旅の途中と思しき中年未亡人とそのお付きの人は、真昼間からハートを飛ばし合っている不倫カップルに背を向けティールームを後にした。



 ***



「フランチェスカ……。ああ、フランチェスカ……。これは一体どういうことなの。かわいそうに……」


 叔父の妻が口元に当てていたハンカチを目元に広げ、涙をおさえるふりをする。


「フランチェスカ……。そのう。体調はどうか。そのう。お医者様はなんと?」


「それが…… ゴホッゴホッ! ゲホホホッ! グハッっ!」


 寝台の上でよろよろと起き上がったフランチェスカが身体を二つに折りたたむようにして激しい咳をすると、叔父夫婦は瞬時に後ろへ飛び退った。

 もはや扉に近い位置にまで後退している。


「おじさま……おばさま……。せっかくおふたりが……げほっ、ゲフォっ! せっかく……ガホッガホッ」


 咳が治まったところでゼイゼイと荒い呼吸しながら、口元を強く抑えていた手巾をそろりそろりと外して眺める。


「ああ……」


 フィリスは悲しそうな顔で小さくため息をついた。

 結婚前はクリクリのフワフワだったフィリスの髪はしんなりしており、色も薄汚れた人形のようになっている。

 青白い顔もからは死の影がくっきりと出て、こくんと叔父は唾を飲んだ。


「ふ、フランチェスカ、し、ししっかりするんだ。お前はまだ若い、きっと……」


「きっと? ……ゲホゲホっ」


「あ、あなた! 今日の所は帰りましょう! フランチェスカの体調はとても悪いようですし! ねえ、あなた、おねがい!」


 叔父の妻は立ち去りたくて仕方がないようで、もはや発狂しそうな勢いだ。


「あ、ああ……。すまんな、フランチェスカ。我々はこれで帰るよ」


「そうですか……。なんのお構いもできず、すみ……ゲホゲホっ!」


「じゃあな!」


 二人は扉を薄く開けてぬるりと滑るように出て行った。

 そして、バタバタと慌てて逃げ出す音が響き、やがて静かになった。


「はーっ。二度と来んな。あんの、ごうつくばりどもが」


 ネットリ仕様のかつらを外してフランチェスカは悪態をつく。


「成功報酬をなんとしてでも手に入れたいのでしょうねえ」


「いや、どんだけ鬼畜なの? 棺桶に片足突っ込んでるていの姪が、どうやってアイツと子づくりして子供産むんだってのよ」


 この家の全ての管理はザルであると、フランチェスカは足を一歩踏み入れた時に気づいていた。

 なので、ちゃちゃっと裏で手を回し、寝室に立てこもったその日からサラと二人で通いのメイドに変装してあちこち調べまわっている。

 潜入捜査の結果、叔父と義父母がこの婚姻について事細かな契約を結んでいることが分かった。


 まずは婚約成立で金貨十枚。

 次に結婚式完了で金貨十枚。

 そして初夜完遂で金貨十枚。

 さらに、妊娠、出産、子どもが男子か女子かなどでどんどん上乗せされる。


 義両親は、初恋のパトリシアに身も心も捧げて修道僧になりそうな勢いの跡取り息子の首根っこを掴んで、なんとか軌道修正させて次の世代に繋げたかった。

 ブリッジ伯爵家は割と裕福な家であったが、チャールズの執着愛が縁を阻む。

 チャールズが心に抱くのは、常に愛しのパトリシア。

 彼女は高根の花で、初恋が実らないのは理解している。

 せめて、彼女によく似た女性でないとだめだと駄々をこね続けた。

 そんな男に縁談が来るはずもなく、いたずらに年月が過ぎていく。

 両親は色々な令嬢と見合いをさせたが断られ続け、条件を下げに下げて探し回り、最後にたどり着いたのが第四王女の侍女で国外に在住のフランチェスカだった。

 身分は男爵令嬢と貴族の底辺だが、第三王女と面会した者が側近のフランチェスカはパトリシアの容姿にわりと近いと言い出し、彼らは何としてでも入手せねばとなったらしい。


 とはいえ。

 『取り寄せる』のは割と簡単だった。

 なぜなら、後見人の叔父夫婦の家計は火の車だったからだ。


 しかし、ここにきて状況が変わり、義父と叔父は険悪だ。

 披露宴に出なかったから金を返せという義父と、食中毒は義妹の『いたずら』のせいだと公表するぞと脅す叔父。

 廊下の外まで響く身分を越えた怒鳴り合いをフランチェスカとサラは使用人たちと観戦した。

 そもそも『本物』がどういうわけかチャールズの目の前に現れて、『偽物』は用済みのお荷物だ。

 こうなると叔父の華麗なる狸の皮算用計画が頓挫してしまう。

 なんとか回復して、せめて同衾してほしいのだろう。


「さいってー」


「ほんにほんに……。ジゴクヘオチロですね」


 特殊メイクを剥がしながら二人は毒づいた。




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