プロローグ
違和感が確信に変わったのは、神父の一言だった。
「それでは、誓いのキスを」
隣に立つ夫──未来の夫と言うべきか。
それとも婚約者?
とにかく、夫になるはずの男がぴくりと肩を振るわせたのを、フランチェスカはヴェールへの僅かな振動で感じ取った。
こいつ……。
動揺してやがる。
結婚式の真っ最中に、この男はずっと上の空だった。
覆いかぶさるヴェールのせいで視界が悪く、はっきりとは見えないが、彼の視線が花嫁であるはずの自分にない事、そしてどこか一点ばかりを熱心に見つめている事に気付いていた。
そして、『くそ』をつけたくなるほど意地悪な彼の妹が、気味悪いほど満面の笑みをずっと浮かべている事にも気付いていた。
「どうしましたか?」
石のように固まっている男──チャールズ・ブリッジに神父は声を低めて先を促す。
そこで正気に戻ったのか、しばらく躊躇したのち『ええい、ままよ』と言わんばかりに花婿──チャールズはフランチェスカの方へ向く。
仕方ないのでフランチェスカもゆっくり彼の方へ身体を向けた。
まるでこの世の終わりかのような悲壮なため息を一つついて、彼はヴェールをめくる。
フランチェスカに目に映ったのは、哀愁たっぷりに目を潤ませた男の顔だ。
そして。
「ガっ!」
勢いをつけて唇を合わせたせいで、歯と歯がぶつかった。
その音を知ってか知らずか、出席者たちから拍手が沸き起こる。
「これにて、二人は夫婦となりました。彼らの門出に幸あれ」
締めくくりに神父が祝福を述べると、拍手の音が倍増される。
祝いの言葉があちこちから投げかけられた。
そんな中。
「てめえ……覚えてろよ」
フランチェスカの地を這うようなドスの効いた呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。




