第壱話『茶の香り』 石田三成 × 大谷吉継
【今回の戦国マンは、この二人!】
石田三成
豊臣五奉行の一人。幼少より秀吉の小姓として仕え、
秀吉の天下人としての台頭と共に名を上げる。
秀吉の死後、五大老筆頭として天下を伺う徳川家康
と悉く敵対、ついには関ケ原に向けて挙兵する。
謹厳実直で融通が利かない面はあったが、秀吉への
忠節は家臣団でも随一。領地佐和山では飢饉のとき
年貢を免除するなど善政を敷き、領民に慕われていた。
大谷吉継
石田三成と共に、幼少より秀吉の小姓を努めていた。
賤ヶ岳の戦いやその後の朝鮮出兵で才知を発揮する。
業病を患っていたが、智勇兼備で、人望も厚い名将。
政治的には穏健な現実派で徳川とも懇意にしていた。
家康に同道して会津征伐に向かう途上、立ち寄った
佐和山城で、三成から挙兵の意志を知らされる。
慶長五年(1600年)文月(七月)近江 佐和山城
琵琶湖の水面を望む一室。
石田三成が、旧友・大谷吉継と対峙している。
「刑部…… 久しいな」
「一別以来。三成、変わりないか」
「む…… お主、その目は…… ?」
「ああ…… 思いのほか、病が進んでな。
もはや、お主の顔も、ほとんど見えぬ」
「まさか、そこまでひどいとは…… その体で、
上杉討伐※に出陣するのか?」
「無論。この大谷刑部、体は病み衰えても、
気力はまだまだ、誰にも負けぬつもりだ」
「ふふ…… その意気や良し。相変わらずだな」
「ときに三成、隼人正殿は、幾つになられた?」
「隼人ならば昨年十五を数え、元服を迎えたが…… 」
「うむ…… ならば、どうだ? こたびの会津遠征にて、
倅殿に初陣を飾らせぬか?」
「…… やはり、その話であったか…… 」
「そうだ。佐和山に留め置かれ、参陣の叶わぬお主に
代わって、及ばずながら、このわしが、隼人正殿を
しっかりと後見する。安心しろ」
「刑部…… 心づかいは痛み入るが、すまぬ…… 断る」
「何故だ? 晴れがましい初陣、病もちの大谷刑部の
もとでは、さすがに心許ないか?」
「違う…… そうではない」
「では、何故…… ?」
「刑部…… 聞いてくれ」
「何だ?」
「私は…… 兵を挙げる」
「…… !?…… 」
「家康を、討つ!」
「…… 三成…… やめておけ。無謀だ」
「無謀なものか! 太閤殿下亡き後、家康の無軌道な
振舞いは、目に余るものがある。秀頼公をお守りし、
盛り立てるどころか、権勢に物を言わせ、傍若無人、
天下を簒奪せんが如くだ。これ以上、家康の専横を
見過ごしていては、義が廃れ、再び世が乱れる!」
「三成、頭を冷やせ…… 目の見えぬわしに見えている
ものが、目の見えるおまえに、なぜ見えぬのだ?
かまえて軽挙妄動に走るな。秀頼公の御為を思い、
ここは自重せよ」
「何を言う、だからこそ挙兵するのではないか。
災いの芽は、早い内に摘み取らねば!」
「わしとて、幼き秀頼公を蔑ろにする内府※のやり方、
ときに腹に据えかねることもある。しかし、好むと
好まざるとに関わらず、今や徳川の力は、比類なき
天下人のもの。お主やわしが立ち向かったところで、
蟷螂の斧※…… 万に一つの勝ち目も、ありはせぬ」
「老いたな、刑部…… 太閤殿下が、百万の兵を与え、
采配させてみたいと申された希代の軍監も、やはり
病と、寄る年波には勝てぬか」
「三成、まだ分からぬか…… では、致し方なし。
忌憚なく言わせてもらおう。竹馬の友からの諫言だ。
仮に今、お主が立って檄を飛ばしても、世の大名の
多くは、お主の元に集うまい。何となれば、お主の
人望は、大事を為すには、いかにも不足だからだ」
「な…… 何だと?」
「確かにお主の才知、誠意、義侠心は、天下に並ぶ者
とてあるまい。高潔な人品も申し分ない。しかし、
そのことと、人望や器量は、また別の話だ」
「む…… どういうことだ? 聞かせてもらおう!」
「お主は常日頃、挨拶や作法が横柄で、諸侯や下々の
者から、すこぶる評判が悪い。太閤殿下は、どんな
相手にも怖めず臆せず意見する、お主の度胸を高く
買われていたが、そんなものは所詮、諸刃の剣だ。
高飛車な性格が災いして武断派※から目の敵にされ、
命まで狙われたのも、わしから言わせれば、お主の
自業自得でしかない。つまり…… 」
「つ、つまり…… 何だ?」
「お主は総大将の器ではないのだ。相手は五大老筆頭、
所領二五〇万石の徳川内府。それに対して、お主は、
石高も二〇万石足らずの、失脚した小大名に過ぎぬ。
天下に号令したとき、どちらの陣営に人が集まるか、
火を見るより明らかではないか」
「う…… それは…… そうかも知れぬが…… しかし!」
「やめておけ、三成。殿下のご厚恩に報いようとする、
お主の心掛けは立派だが、今お主がいなくなったら、
まだ頑是ない秀頼公を、誰がお守り申し上げるのだ?」
「くっ……!」
「悪いことは言わぬ。共に会津へ行かぬか、三成」
「なに…… この私に、家康に加担しろというのか!?」
「そうではない。わしとお主で、徳川と上杉の諍いを
仲裁しようと言うておるのだ。お主の働きで両家の
面目を立てることがかなえば、内府もおさおさ粗略
には扱うまい」
「刑部…… すまぬが、それは…… できぬ相談だ」
「ぬ、何故だ?」
「できぬものはできぬ…… できぬのだ!」
「何故そこまで頑なに…… まさか、三成…… お主……?」
「いかにも…… 上杉とはすでに、気脈を通じている」
「では、こたびの上杉の動きは、お主が…… ?」
「うむ…… 私と直江殿で、考えたことだ」
「何と……! 三成、お主は自分がやろうとしている
ことが、分かっているのか?」
「すでに、矢は放たれた。もはや、誰にも止められぬ」
「会津に声を掛ける前に、なぜ目と鼻の先の敦賀に……
このわしに、文を寄越してはくれなかった?」
「すまぬ…… お主に説き伏せられることを懼れたのだ。
許してくれ」
「無念だ…… わしは、お主とは何もかも分かり合うた
つもりになっていた」
「刑部…… ここまで打ち明けたのは、他でもない……
私と共に、戦ってはくれぬか?」
「何度も言わせるな。勝ち目はない…… 自滅するぞ」
「刑部…… しかし…… 」
「三成」
「うむ、何だ?」
「喉が渇いた…… すまぬが、茶をくれぬか」
「茶? あ、ああ、これはうっかりしていた……
少し待っていてくれ」
三成、自ら茶を点て刑部に差し出し、
「不手前ながら、一服…… 」
「かたじけない…… ん…… これは…… ?」
「さすがだな、分かるか? 京から取り寄せた新茶だ」
「そうか…… この香り、太閤殿下の茶会を思い出す」
「ああ、金箔を張り巡らした、それは豪華な茶室で…… 」
「…… 三成…… 」
「ん? おお、すまぬ。熱かったか?」
「三成。今、心を決めた……是非もなし。
わしのこの命、お主にくれてやろう」
「何と! 刑部! ま、まことか? 私と共に、
戦ってくれるのか?」
「それほど驚くことでもあるまい。
お主の目論見どおりではないか」
「しかし…… 私は、もはや、お主の合力はかなわぬと、
諦めていた……」
刑部の見えないはずの目が、
三成の目をまっすぐに捉える。
「お主の点ててくれた、茶の香りで、思い出したのだ……
昔、大阪城で茶会が催された。わしは当時、すでに
業病を患っていたが、太閤殿下は何の屈託もなく、
当然のように、茶会の席に招いてくだされた。
しかし、濃茶の飲み回しで茶碗が回ってきたとき、
わしの顔から茶碗に、不覚にも一滴の膿が垂れた……
居並ぶ諸侯は茶碗には口をつけず、飲む振りをして、
茶碗を回し続けた…… 病が移ることを怖れたのだ。
致し方なきこと…… 分かってはいた。しかし、まだ
若かったわしには、つらかった。居たたまれぬ思い
がした。面目を失い、堪えがたき恥辱に、このまま
我が身が消えてなくなればよいと、祈りさえした。
そのとき、三成…… お主の声が、わしの耳に
飛び込んできたのだ…… 」
『早く回してくだされ! この三成、不躾ながら、
喉が渇いてたまりませぬ!』
「…… そういって、お主は、待ちかねたように茶碗を
受け取ると、ほとんど減っていなかった茶を一気に
飲み干し、わしに、晴れ晴れとした笑顔を向けた……
もしも、この両の目が、いまひとたび光を取り戻し、
何かを見ることが叶うなら、わしは、あのときの、
お主の笑顔が、もう一度見たい……
それ以来、わしは誓ったのだ。この男のために命を
捨てよう。たとえ天上天下の全てが、この男の敵と
なっても、ただ一人この大谷刑部だけは、治部少輔
三成の味方であり続けよう、とな…… 」
「刑部…… よいのか、そんなことで私に命をくれて?」
「そんなこと、とは?」
「あのとき私は、ただ当たり前のことをしただけだ……」
「当たり前のこと?」
「ああ、あれくらい、当たり前のことではないか……
私たちは、友なのだから」
「そうか…… そうだな。ははは、これはいい!
気に入ったぞ、三成!」
「刑部……?」
「では、わしにも当たり前のことをさせてくれ……
三成と刑部は、友なのだから」
※脚注
上杉討伐(会津討伐)
豊臣秀吉亡き後、五大老筆頭として台頭した徳川家康は、
やはり五大老であった会津の上杉景勝に謀反の疑いあり
として申し開きの上洛を促す。しかし上杉家の直江兼続
が激烈で挑発的な文面の書状=直江状を送って拒否した
ため、激怒した家康は諸侯を率いて、会津に向けて出陣。
これを上杉討伐(会津討伐)という。
関ヶ原の前哨戦となるところだったが、三成挙兵の報に
家康が急遽引き返したため、武力衝突はなかった。
内府
家康が朝廷から受けた「内大臣」という官位の通称。
ちなみに秀吉の「太閤」は太政大臣のことで、
信長の「右府」は右大臣のこと。
大谷刑部の「刑部」も石田三成の「冶部」も同様に
朝廷から受けた官職の通称。
蟷螂の斧
蟷螂=カマキリの鎌状の前足。カマキリが前足を上げて
大きな車に立ち向かった故事から弱者が身の程も弁えず
強大な敵に向かっていく無謀さのたとえ。
武断派
豊臣政権内の二派閥のひとつ。加藤清正、福島正則など、
おもに朝鮮の役で活躍した武将の一派。
石田三成、小西行長ら文治派と対立。秀吉とそれに続く
前田利家の死後、諫める者のいなくなった対立は激化して
武力抗争に発展。天下を狙う家康に巧みに利用され、
関ヶ原の合戦の大きな要因となった。
大一大万大吉♪
【作者言訳】
ところでなぜ「戦国武友伝」から「戦え!戦国マン」なんて
キッチュ?なタイトルに変えたかというと、この先も読んで
いっていただくと分かるのですが、対話する武将と武将との
関係に「友」のニュアンスがあるのはほぼ今回の三成と吉継
くらいで、あとはほとんど主従や敵対や血縁やライバルなど。
「武勇」に掛けた「武友」という造語はかっこいいのだけど、
必ずしも内容にそぐわないかもだと違和感を覚えていたので、
今回の小説化にあたってタイトルも一新することにしました。
しかし自分で考えてみてもなかなかいいのが出てこないので
(特に名は伏しますが)土○武志パイセンに相談したところ、
即座に「それいけ!戦国マン」というアイデアが…… 何これ?
愛と勇気だけが友だちのあいつみたいじゃん!ふざけてるの?
とむっとしかけましたが…… いやしかし、ちょ、待てよと。
このシリーズお話はどれもガチでシリアスだから、ギャップ
萌えではないけれど、看板はこれくらい敷居を下げて親しみ
やすく、入りやすくした方が、良いのではないかと。実際に
読んで思ってたのと違ったとしても、そんなの後の祭りだし、
料金ぼったくるわけでもないからコンプラ的にも無問題かと。
しかしそう思ったエコルンが「ありかも」と返信する直前に、
〇井パイセンからLINEで修正案が…… やっぱりさすがにあれ
はふざけ過ぎたかもだと、ハビタ(※土○さんの源氏名)も
反省したのねと思うたら……
>「戦え!戦国マン」(笑) 同じ漢字がダブっててダサい(笑)
ちょ、待てよ。ダブっててダサいならダメなんジャマイカと。
反省どころか酷くなってるわ!いいかげんにしてよね、もう!
というわけで、長時間(約20分)の試行錯誤と紆余曲折を経て、
「戦え!戦国マン」に決まりました(←決まったんかーい)
これからもよろしくね!
(タイトル画面も土井さんに作成していただきました多謝)
☆予告☆
さーて、次回の戦国マンは?
日ノ本一のツワモノ! まさかまさかの真田幸村だ!
もう一人の戦国マンは、まさかまさかまさかの猿飛佐助!
お楽しみにねん! 君は、生き残ることができるか!?
CHAT-GPTによる大谷刑部エコルン。ちょっと可愛い?




