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常磐の旅鳥‐Truth Magic‐  作者: 蜜柑 宵薫
序章 「オスラン焼滅事件」前日譚
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第三話 紫炎の魔人

 突然、隣を走っていたザルドを追い抜いたことに気付かず、遮二無二(しゃにむに)驀進(ばくしん)していたアランの足が止まった。まるで自分に張り付いた黒い影(シルエット)に隠れ潜む怪物に足を掴まれ、そのまま地面に引き()り込まれているように、(はなは)だしい恐怖で足が(すく)む。

 この思いもよらない沈黙(ちんもく)の棒立ちに、(きょ)を突かれたザルドは、追い越しざまに足を踏ん張らせて立ち止まり、バッとアランの顔に目を向ける。


 魔力圧…いや、()れ出ているだけ…?息の仕方さえ忘れてしまいそうな…息苦しさ…。間違いない…そこに、何かがいる…。


 アランは首筋に垂れた冷や汗が乾くことを祈るように、ゆっくりと息を呑んだ。

 そのとき、パリッパリッと枯葉(かれは)を踏みしめる音が静寂を破り、心臓を打ちつける鼓動に拍子(ひょうし)(そろ)えるように、刻々と近づいてくる。そして、気味の悪い薄暗闇に(まぎ)れた真っ黒な影が、ゆっくりと二人の方へと伸びていく。血染めの鋭い眼光をギラリと光らせ、ついに、その姿を現した。

 それは、黒い衣で身を包んだ人型の魔物、〈魔人〉だった。その怖気(おぞけ)(かたど)ったような手は、全身が黒焦げとなった人間の頭を掴み上げていた。

 アランは睫毛(まつげ)が反り上がるほど目を見開き、足の震えを抑えようと、コンバットパンツの太もも部分をシワくちゃになるほどギュッと鷲掴みにする。

 

 人間?いや違う。未知の魔物…予兆の正体?救援…どころじゃない。あぁそうか…ケルベロスは、こいつから逃げてきたんだ。いや…今はとにかく、二人で生き残る策を…。


「チカイナ…ユエツガミエル…。アァ…アワレダナ。ヨワイトイウノハ。ククッ…また見つけた。ニンゲン…人間だ」


 その空気を(にご)らせる(おぞ)ましい声は、アランの張り詰めた背筋をキュッと凍らせ、全身の肌を粟立(あわだ)たせた。


 喋った…のか?どうする?どうすればいい?俺に何ができる?(おび)えるだけで…何もできない。声も出ない…。何か…何か俺に…。


「アラン、逃げろ!」

──お前だけでも生きて帰れ。大丈夫。お前は強い。


 ザルドの喉奥から振り絞った必死の叫びが、アランの閉ざしかけていた鼓膜に落雷の如く轟き、ハッと目が覚めたように、肺を()じ開ける勢いで息を吸い込んだ。


「ダメです、ザルドさん!」

──もう…間に合わない。俺は…何のために…。どうしてこうなる…?


 ハァハァと乱れた息を吐きながら胸を押さえるアランが、ザルドの声が聞こえた方を振り向くと、紫色の炎が視界を覆っていた。彼の瞳に一瞬だけ映り込んだザルドは、苦悶(くもん)とした面持ちで悲痛の涙を浮かべながら、アランの方へ手を伸ばしていた。

 炎の轟音が響く最中(さなか)、瞬きをした直後、その視界に再び映ったのは、全身が黒焦げとなったザルドの姿だった。

 そのとき、アランの頭に(よぎ)ったのは、夜遅くまでトレーニングをするようになった頃に、ザルドから掛けられた言葉だった。


「何を抱えてるのか知らんけど…。アラン、お前は誇っていいんだぞ?俺にとって、お前は自慢の後輩だ。俺に頼れとは言わん。けどな、お前が強いってこと、俺は知ってるからさ…それだけは知っててくれよ?」



 まるで大粒の黒い涙を流しているかのような、燃え尽きた炭肌がボロボロと剥がれ落ちていくザルドの姿を、アランは呆然と見ていた。そして、ついに足を支える力すらも無くなり、鎖を切られた天秤のように、地面に膝を落とした。


 ザルドさんが…殺された…。俺も殺される…逃げなきゃ…。俺だけでも生き残って、本部に報告を…。でも足が…足が動かない。体の震えも止まらない。もう…無理だ…。


「また真っ黒になった。もう終わりか。(みなぎ)る邪悪が愉悦を欲しているというのに…。眠っていたからか、知らぬ間に随分と変わったようだ。ククッ。やはり…人間は弱いな」


 その(あなど)りの籠った冷たい声音が、アランの弱まりつつあった血の巡りに(いきどお)りの熱を煮え立たせ、全身の震えがピタリと止まった。


 弱い?そうだ…思い起こせ。一人で背負おうとした弱さの未練…。ソナに誓った思いは今でも変わらない。たとえ離れていても…愛する二人を守る。そのために、俺は強くなったんだ。


 澄んだ瞳で立ち上がるアランは、空気を吸い上げるように大きく深呼吸をし、腰の(さや)から片手剣(ブロードソード)を引き抜く。そして、切先を横向きに構え、魔力を込めた左手を剣身の平地に添える。


「逃げても無駄なのは分かっている。背は見せない。最後まで不器用に…証明しろ。炎魔(ヒート·トラ)法纏い(ンスミッション)


 左手の指先で剣の(つば)から鎬筋(しのぎすじ)をなぞり、ボワッと燃え上がる茜色の炎を密に纏わせる。その高熱を帯びた鋼の刃は、煙に混じる僅かな金属臭を鼻に残し、琥珀色に煌めく。

 アランは力強く大きな一歩を踏み出すと、腰の低い姿勢で足跡を残しながら、猛然と魔人に向かって突進した。そして、夜空に堕ちる星屑が放つ閃光の如く、炎の轟音を尾に引かせ、粉骨砕身に剣を振るった。

 しかし、キンッと鋼鉄が(こす)れる音が響くと、束の間もなく魔人はアランの剣を片手で掴み、その勢いをあっさりと止めていた。


 二級魔法を凌駕する俺の渾身(こんしん)を…軽々と…。この硬度…それに、炭化した匂い…炎への耐性…。衣じゃなかった。これは…焼け焦げた皮膚?


 アランの瞳に大きく映った魔人の手から、超高温の熱風を吹かせる紫炎が噴き出し、剣身がドロドロと溶け始めた。その熱は、瞬く間にアランの手に伝わり、針で刺されたような鋭い痛みが走った。


「ぐぁぁぁ…。ゔぅ…」

──熱い熱い…痛い…。


 そう唸りながら、アランは反射的に柄から手を離し、右手首を左手で握り押さえる。

 その目線の先には、剣身を握り潰され、ガラクタと化した鍔と柄だけの残骸が、地面に(むな)しく転がっていた。

 その光景を冷笑の目つきで見下ろす魔人は、すぐさま手をアランの頭の上から被せ、自然な毛流れの黒髪をジリジリと強く引っ張りながら足を浮かせるほど掴み上げた。


「え…?や、やめろ…。やめろっ!まだ死ぬわけには…いかないんだ…。やめてくれ…」


 そのアランの空疎(くうそ)な絶叫が、届く耳もない静寂な魔界に響く中、魔人の手から紫炎が放出され、彼の全身を食い荒らす勢いで覆い尽くした。


※この作品は初作品「エリシオン·アル·レーヴ」の改訂版となっています。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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