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常磐の旅鳥‐Truth Magic‐  作者: 蜜柑 宵薫
序章 「オスラン焼滅事件」前日譚
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第二話 魔界

 銀煤竹(ぎんすすたけ)色に()せている古びた木製の門扉(もんぴ)が、ギチッギィィと()びた蝶番(ちょうつがい)(きし)む音を立てながら、アランの(たくま)しい右手で重々しく押し開かれる。

 そして、アランとザルドは、〈アテン王国〉を囲む不揃(ふぞろ)いな凹凸(おうとつ)のある白い石材が一枚岩のように連なる聖壁(せいへき)を通り抜け、(おだ)やかで少し冷たい風が吹き抜ける広大な緑一面の平原に足を踏み入れた。

 その奥に見えていた黒い地平線が、歩みを進めるに連れて二人に(せま)り、まるで()れた黒色パステルで紛然(ふんぜん)と塗り潰された霧に包まれていくように、段々と辺りが暗闇に(いざな)われる。やがて、陰影を描いていた割肌(わりはだ)の聖壁さえも、彼らの背後から(おお)い隠されるように見えなくなっていった。



 両耳を丸めた手で覆い(ふさ)がれたような静寂(せいじゃく)(しず)み、両肩に()し掛かる物憂(ものう)げな空気に押し戻されているような閉塞(へいそく)感が、毛髪をソワソワと過敏(かびん)に揺らがせる不気味さを、より一層際立たせていた。

 この世界の名は〈魔界〉。──古い文献(ぶんけん)に記されている歴史では、今から千年以上前、突如(とつじょ)として現れた魔王によって()べられたとされる世界。そこは、高濃度の自然魔力により太陽の光が薄く遮られている。

 ザッザッと乾いた砂礫(されき)の土道を、エメラルドグリーンのような濃緑(こみどり)色のコンバットブーツで踏みしめる二人の足音が、辺りに響いていた。そして、遠くからは魔獣の咆哮(ほうこう)(かす)かに聞こえてくる。

 アランはザルドの歩調に合わせるように、少し大きな歩幅で歩きながら、魔力が湧き上がる左手のひらを上向かせた。


「ザルドさん。(あか)り、出しますね。三級炎魔法、ファイアブライト」


 ボッと音を立てて(ひらめ)く炎が、紅緋べにひ色の光彩を暗闇に()き散らしながら、(ちゅう)に舞い上がる。そして、その火種はメラメラと激しく燃え上がり、渦を成しながら一点に(とど)まる。それは、まるで小さな太陽のような玉となり、ピカリと(まぶ)しい光を放って周囲を照らす。

 そこは、緑葉の()れ合う音が霧雨(きりさめ)のようにサワサワと降り注ぐ森の小道。

 そのまま二人が足を踏み進めていると、木々の隙間に潜む暗闇から、「グルルル…」と喉を怒りで震わせたような魔獣の(うめ)き声がした。

 その瞬間、不意に立ち止まったアランは、浮かべる炎の灯りを、手のひらで誘導するように、ゆっくりと暗闇の奥へと運ぶ。

 その光が照らしたものは、銀色の光沢が反射する鋭い爪。さらに、黒い毛皮で包まれた大きな体と、地面を()るように重く振る三つの尻尾、牙を()き出しにした三つの頭が(あら)わになった。

──狼種の二級魔獣〈ケルベロス〉。


「討伐対象確認。早速、始めますか。二級炎魔法、ファイアフラッシュ」


 アランは右手のひらで作り出した炎の玉を、ケルベロスの頭に目掛けて、大きく腕を振る勢いに乗せて放ち、その目の前で、琥珀(こはく)色の火花をピカッと炸裂(さくれつ)させた。

 ザルドは、目を(くら)ませたケルベロスの動きが止まっている一瞬の隙を狙い、魔力を込めた右手で背中の両刃斧(ラブリュス)を引き抜く。


「落とすぞ。二級土魔法、グラウンドブレイク」


 その斧を両手でガッシリと握りながら素早く振り上げ、ガンッと勢い強く地面に叩きつけた。

 すると、食い込む刃先から大地に深い亀裂が入り、梅雨空を走る稲妻のように地鳴りを轟かせながら、ケルベロスの腹下まで鋭く裂け崩れる。それは瞬く間に大きく陥没(かんぼつ)し、雪崩(なだ)れる土砂と共にケルベロスを飲み込んだ。

 間髪を入れずに走り出したアランは、淡香(うすこう)色の砂埃(すなぼこり)が高く噴き舞う割れ目の断崖(だんがい)を目の前に立ち止まり、その奥を見下ろす。


「頭部三点を確認。二級炎魔法、トリプル·フレイムアロー」


 魔力が込められた右手から燃え盛る炎は、熱せられた空気を揺らしながら三つに分岐し、瞬く間に細長く伸びる。その炎の矢は、爪で断崖を掻き崩しながら藻掻(もが)くケルベロスの三つの頭を射て貫く。

 砂埃が落ち着き、両刃斧(ラブリュス)を背中に収め直したザルドは、フゥと一息つき、周囲を見渡しながらアランの(そば)に歩み寄ると、眉を(ひそ)めた。


「まずは一匹。しかし妙だな。ケルベロスは群れで行動するはず。いつもなら、血の匂いを()ぎつけて次々に出てくるのにな…」


 それを聞いたアランは、紫の血を垂れ流すケルベロスの死骸を眺めながら、(あご)に指を当てる。


「あぁ…確かに…。こいつだけ群れから(はぐ)れたんですかね?いや、そんなこと今まで一度も…。あ、そういえば、遭遇するのが少し早い気がしました。ザルドさん、大げさかもしれませんが、これは何かの予兆なんじゃ…」


 アランが周囲の気配を探ろうと耳を澄まし、息を潜めようとした、そのときだった。


「ゔぁぁぁ」


 不意に、血を凍り付かせるような恐怖に満ちた誰かの悲鳴が遠くから響いてきた。

 アランとザルドは、肩をビクッと硬直させたまま顔を見合わせると、互いの瞳が訴えかける臆病な躊躇(ちゅうちょ)心を映し合う。そして、二人は恥じらう暇もなく、悲鳴のあった方向に走り出していた。


 今の声、別の調査隊か?何にせよ只事(ただごと)じゃない。一体何が起こった?とにかく情報が必要だ。状況が分からない以上、見過ごすわけにはいかない…いや、何より救援優先…だよな…。


 アランは、まるで段々と脈打ちの早まっていく鼓動が、肺に焦燥(しょうそう)(むち)を打っているかのように、ハァハァと荒々しい息を吐きながら走り続けている。そして、その全身に纏わりつく冷気が本能の扉を強く叩く。そこに近づいてはいけないと。


※この作品は初作品「エリシオン·アル·レーヴ」の改訂版となっています。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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