第九章 影の連鎖
ホテルでの密談から二日後、遼は澪と合流し、記録した映像と音声を確認していた。二人は地下鉄駅近くの小さな喫茶店の奥まった席に座り、周囲に気配を漏らさぬようイヤホンを分け合う。
「この議員…やっぱり通信法改正の委員会メンバーだね。しかも、あのテレビ局の編成局長が直で出てくるなんて普通あり得ない」澪は資料をめくりながら低く言った。
遼は頷きつつも、映像の片隅に映った別の人物に目を止めた。白髪混じりの男、元高等検察庁の幹部・白井啓介。数年前に引退したはずの彼が、今も永光会のテーブルに座っていることは、司法と宗教の裏の繋がりを示す何よりの証拠だった。
「検察まで…」遼は呟く。「もし白井が現役時代からこのルートに関与してたなら、事件がもみ消され続けてきた理由が説明できる」
さらに解析を進めると、別の経路が浮かび上がった。永光会は大手製薬会社に巨額寄付を行い、その資金の一部を慈善事業に見せかけて海外口座へ移している。その製薬会社の顧問弁護士は、かつて澪の父が関わった企業買収事件に関与していた人物だった。
「これ…私の父の案件と同じ手口だ」澪の声が震える。「あのときも慈善基金を経由して金が消えていった」
遼はテーブルに広げた地図にマーカーを走らせ、政界、司法、メディア、企業を結ぶ線を引いた。それはまるで蜘蛛の巣のように絡み合い、中心には永光会の名が刻まれていた。
その夜、遼は単独で港区の倉庫街へ向かった。情報屋からの密告で、永光会関連の右翼団体が物資搬出を行うとのことだった。港沿いのコンテナ群の間に身を隠すと、黒塗りのワゴンが数台到着し、屈強な男たちが木箱を運び出していた。箱には「救援物資」とラベルが貼られていたが、隙間から覗くと中には衛星通信機器や大量の現金が詰まっている。
突如、背後で足音がした。遼が振り向くと、薄暗い照明の下に一人のホームレス風の男が立っていた。その男は意味ありげな笑みを浮かべ、「あんた、この先は命懸けだぜ」とだけ言い残し、闇に消えた。
遼は胸の奥に冷たいものを感じながら、シャッター音を響かせた。証拠は確実に集まっている。だが同時に、自分がすでに相手の視界に捉えられていることも直感していた。