第七章 通信塔の影
発信機が示した巨大な内陸都市は、乾いた平原の中央に突如現れる人工のオアシスのようだった。ガラス張りの高層ビル群、その中心には現地最大の通信会社の本社ビルがそびえ立ち、屋上には国際通信衛星とのリンク用の白いドームが並んでいる。遼は長距離バスを降りると、汗ばむ人波の中に紛れ込み、目指すビルへと向かった。
通信会社の外周には警備員が複数立っていたが、目を引いたのはビルの裏口に並ぶ貨物トラック群だった。積み荷を降ろす様子は一見すると日常業務のようだが、その中に、川上ルートで見たのと同じ慈善団体名の木箱があった。荷を降ろす男たちは手際よく木箱を分解し、中から現れた黒いケースを地下搬入口へと運び込む。
遼は、通行人を装いながらスマートグラスでその様子を記録した。ケースには英数字のコードと、衛星通信機器メーカーのロゴが印字されていた。澪への暗号通信で映像を送ると、彼女から即座に返信が届く。「その機器、国会議員会館に設置されている通信暗号化装置と同型よ」
つまり、ここから議員会館への秘密回線が構築されている可能性が高い。資金洗浄だけでなく、情報のやり取りまでもがこのルートで支配されているのだ。
遼は周囲を見渡し、通信会社の向かいにある古いビルを見つけた。屋上への非常階段を登り、望遠カメラで再び搬入口を監視する。しばらくして、背広姿の中年男性が現れ、護衛に囲まれながらケースの搬入を視察した。澪が顔認証で即座に特定する——現職の国会議員で、与党の通信インフラ政策を担当している人物だった。
遼は息を詰め、レンズ越しに議員の表情を追った。その目は、政治家というより事業家のものだった。計算と欲望が剥き出しになった視線。そしてその背後には、黒服の男が立っていた。永光会の教祖の次男であり、次期後継者と噂される人物だ。
情報と資金——二つの動脈が、この都市の地下で絡み合っている。遼は、自分が踏み込もうとしている領域が、単なる犯罪捜査ではなく国家の中枢を揺るがす闇だと、改めて痛感した。