第六章 水の道
永光会の影が差す自由貿易港の名を確認した遼は、翌朝、川沿いの港湾都市へ向けて出発した。地図で示された水路は、国境を越える密輸ルートとして知られるが、正式な記録にはほとんど残らない。大型貨物船は入港せず、代わりに中型の貨物船やタグボートが絶えず出入りしているという。
港町に着いた遼は、漁船の修理工場を装った倉庫を見つけた。そこには見覚えのある護衛車両が停まっており、制服姿ではないが明らかに組織的な動きをする男たちが荷物の積み下ろしをしていた。木箱の表面には、慈善団体を装う団体名が印字され、その下に小さく永光会の紋章が刻まれている。
遼は倉庫近くの屋台で時間を潰しながら、出入りする人間を観察した。地元漁師の中に混じって、日本語を話す男女の姿があった。彼らは短く符丁のような会話を交わし、木箱の一部を川沿いの船着き場へ運び込む。船はタグボートに曳かれ、上流へと消えていった。
その晩、遼は古びた宿の一室で、澪との暗号通信を続けた。澪は日本国内で永光会の資金流れを追っており、今回の川上ルートが、政界と結びついた新しい資金洗浄の経路だと突き止める。「港から川を経て、議員会館まで金が流れる」と澪は送ってきた。
遼は翌朝、倉庫街に戻り、護衛車両の一台に小型発信機を取り付ける。発信機が示した行き先は、国境の橋を渡った先にある巨大な内陸都市だった。その都市は、現地最大の通信会社の本社を抱え、日本のテレビ局や大企業とも取引があるという。
遼の胸に、不安と確信が入り混じった感覚が広がった。水の道はただの密輸ルートではない——政財界、メディア、宗教が交差する血管のような生命線だと気づいた瞬間だった。