第五章 陸の影
東南アジアの港町に降り立った朝霧遼は、貨物の引き渡しが終わるまで機体の横で待機していた。灼熱の陽射しの下、コンテナを積んだ大型トレーラーが滑らかに滑走路脇へと入り、封印を解かれた木箱が無言で積み込まれる。荷台には地元警察の護衛車両もつき、まるで国家機密の輸送のようだった。
その場を離れることは許されなかったが、遼は遠くのフェンス越しにナンバープレートを記録する。そのプレートは現地で最も有力な建設会社「サハラ・グループ」の所有車両だった。同社は最近、日本の大手ゼネコンと共同で巨大港湾施設の建設契約を結んだばかり——背後に永光会の影がちらつく案件だ。
翌日、遼は操縦士としての任務を終え、港町の安宿に身を置いていた。夜更け、部屋の窓から港を見下ろすと、例のトレーラーが湾岸道路を北へと走り去っていく。遼は咄嗟にレンタカーを借り、尾行を始めた。
舗装の甘い道路を走るトレーラーは、都市部を避け、ジャングル沿いの国道を抜けていく。途中、警察の検問所があったが、護衛車両の合図で難なく通過した。遼はヘッドライトを落とし、距離を保ちながら進む。
二時間後、彼は広大な空き地に建つ古びた倉庫群に辿り着く。外壁には企業ロゴも看板もなく、入り口には武装した男たちが立っていた。トレーラーが倉庫に消えると、重いシャッターが下り、あたりは再び静寂に包まれる。
遼は双眼鏡越しに、隣の倉庫から出てくる別のコンテナを確認した。それは日本語のステッカーが貼られ、港に向かって運ばれていく。中身が何かは分からない。しかし、この陸路の流れは、空路で運ばれた物資と繋がっている——直感がそう告げていた。
宿に戻った遼は、妹の澪に暗号めいたメッセージを送る。「道の先は海じゃない」送信後すぐ、既読がつく。澪からは一言だけ返ってきた。「なら、川を探して」
彼は地図を広げ、川沿いに広がる工業地帯と水運のルートを指でなぞった。その先には、国際的な自由貿易港と、永光会の支部がある都市の名前が浮かび上がっていた。